第十九話 鉄級冒険者の帰還
ガルディアの東門が見えた頃には、空が茜色に染まり始めていた。
「帰ってきた……」
思わず声が漏れる。
森へ入ったのは今朝のことだ。それなのに、ずいぶん長く感じた。
「お前が疲れたみたいな顔すんな」
隣を歩くガレスが言った。
「疲れましたよ」
「どこがだ」
「ずっと歩いたじゃないですか」
「森の王相手に遊んでた奴が言う台詞か?」
「遊んでないです」
「じゃあ何だ」
「ちょっと戦っただけです」
「その『ちょっと』で森の王の角が飛んだんだよ!」
何だか今日一日で、ガレスの突っ込みが上手くなった気がする。
東門へ近づくと、門番たちがこちらに気づいた。
「開門! 調査隊が戻ったぞ!」
重い門が開く。
街へ入った瞬間、肩の力が抜けた。
安全な場所に帰ってきた――と言いたいところだけど。
(本当の家は森の奥なんだよな)
何とも妙な気分だ。
そのまま俺たちは守備隊の詰所へ向かった。
待っていたのはヴァルガスとローデンだった。
「無事だったか」
「はい」
「それで?」
ヴァルガスがバルトを見る。
「何があった」
バルトは少し黙った。
俺を見る。
ガレスを見る。
また俺を見る。
「……どこから報告すべきか」
「最初から頼む」
「では」
バルトが話し始める。
グレイヴエイプ複数の痕跡。
白金級相当のアーマード・バジリスクの死骸。
ハイ・フォレストゴブリンの集団。
森の王と呼ばれるエルダー・ベヒモス。
そこまで聞いたところで、ヴァルガスの眉間には深い皺が刻まれていた。
「待て」
「はい」
「ハイ・フォレストゴブリンは何体いた?」
「少なく見積もって三百」
「……よく生きて帰ったな」
「彼らに敵意はありませんでした」
「は?」
バルトが再び俺を見る。
嫌な予感がする。
「この者と何らかの意思疎通を行い、最終的には従属する意思を示しました」
「ちょっと待ってください」
「事実だろう」
「そうですけど」
従属。
改めて言われると大袈裟すぎる。
「そして森の王についてですが」
バルトが一度言葉を切った。
「彼が単独で退けました」
沈黙。
「……誰が?」
ヴァルガスが聞く。
「彼です」
全員の視線が俺へ向く。
「退けたとは?」
「戦闘になりました」
「討伐したのか?」
「いえ」
ガレスが横から答えた。
「殺してねえ。角を一本吹っ飛ばして、追い返した」
「……」
「俺も自分で何言ってるのか分からねえから、そんな顔すんな」
ローデンが俺を見る。
次に俺の首から下がっている冒険者証。
「鉄級……」
「はい」
「……」
「何ですか?」
「いや」
ローデンが額を押さえた。
「これをどうしたものかと思ってな」
「これ?」
「君の階級だ」
「鉄級ですよね?」
「そういう意味ではない」
俺は首を傾げた。
「少なくとも俺より強い」
ガレスが言った。
「じゃあ銀級?」
「お前、冒険者の階級を何だと思ってるんだ」
「強さじゃないんですか?」
「強さもだ。だが実績や信用も必要だ」
「なるほど」
それなら納得できる。
「だから正式な手続きが必要になるが……」
ローデンが俺を見る。
「飛び級での昇級審査を申請する」
「飛び級?」
「鉄級から銀級だ」
「おお」
銀級になれば受けられる依頼が増えるらしい。
報酬も上がる。
悪くない。
「ただし、今回の件はそれだけでは済まん」
ヴァルガスが言う。
「領主への報告が必要だ」
「森の異変ですか?」
「それもある」
嫌な予感。
「君たちについてもだ」
「俺たちも?」
「当然だ」
(目立たないようにしてたはずなんだけどな……)
どこで間違えたんだろう。
「報告書を作る。名前を確認させてくれ」
バルトが紙を取り出した。
「君の名は?」
「あ」
そういえば。
冒険者登録の時には当然書いたが、こうして皆の前で名乗った覚えはない。
「ノアルです」
「ノアル……」
バルトが書き込む。
「家名は?」
「ないです」
「ノアル、か」
ヴァルガスも呟く。
その瞬間。
隣にいたマインの眉がほんの少し動いた。
「マイン?」
「何でもございません、あるじ様」
いつもの笑顔。
でも何となく分かる。
他人に名前を呼ばれるのが気に入らなかったらしい。
(面倒なところで忠誠心高いんだよな……)
「それと」
俺はローデンを見る。
「お願いがあるんですけど」
「何だ?」
「今後、俺たちだけで迷わずの森へ入ってもいいですか?」
「……」
また沈黙。
「森に?」
「はい」
「なぜ?」
「まあ、色々と」
家に帰るためです。
とは言えない。
ローデンがガレスを見る。
ガレスは肩を竦めた。
「俺はもう止めねえぞ」
「いいのか?」
「今日一日で分かった。あいつらに森は危険だなんて言う方が馬鹿らしい」
「ガレスさん」
「ただし」
指を突きつけられる。
「何か見つけたら報告しろ。勝手に森を焼き払ったりすんな」
「しませんよ」
後ろで夏が視線を逸らした。
……夏?
「分かった」
ローデンが頷く。
「ギルドとしても認めよう。ただし自己責任だ」
「ありがとうございます」
これで。
ようやく帰れる。
俺は窓の向こうを見る。
夕日に染まる迷わずの森。
人類が恐れる魔境。
その最深部。
俺たちの家が待っている。




