間話・後編 森の王、恋を知る
王は森を歩いていた。
折れた角が痛む。
だが、その痛みすら不思議と嫌ではなかった。
思い出す。
速さ。
力。
魔力。
そして。
自分を殺さなかった。
強き者。
自分より。
圧倒的に。
強い。
足が止まる。
胸が騒ぐ。
身体が熱い。
病か。
違う。
王は本能で理解した。
番。
彼女の種族は、強き相手を求める。
自分より強い雄。
ただそれだけ。
しかし何百年探しても、そんな存在はいなかった。
だから忘れていた。
自分にも。
番を求める本能があることを。
王は顔を上げた。
遠く。
あの者の魔力が残っている。
追った。
木々の間を進む。
やがて見つけた。
遠くから見る。
あの雄。
そして周囲。
雌。
雌。
雌。
雌。
一頭だけ雄。
王は考える。
四頭の雌を従えている。
やはり強い。
「あるじ様」
聞こえた。
雌たちが頭を下げる。
王には人間の細かな習慣など分からない。
だが理解できる。
群れの長。
あの雄が。
全ての中心。
胸がさらに熱くなる。
王は自分の身体を見る。
大きい。
あの雄とは姿が違う。
このままでは番になれないのだろうか。
ふと。
古い記憶が蘇る。
長く生きた同族が使える力。
姿を変える。
人の姿。
王は今まで使ったことがなかった。
必要がなかったからだ。
人間の姿など弱い。
小さい。
意味がない。
だが。
今は意味がある。
魔力が身体を包む。
骨が縮む。
四肢が変わる。
視界が下がる。
「……」
失敗した。
腕が太すぎる。
角も残っている。
尻尾もある。
もう一度。
今度は小さすぎた。
違う。
もう一度。
何度も。
何度も。
そして。
やがて森の中に、一人の女が立っていた。
長身。
褐色の肌。
鍛えられた身体。
黒い髪。
頭には、どうしても消えなかった一本の角。
王は自分を見る。
分からない。
これが美しいのか。
あの雄が好むのか。
ならば調べればいい。
王は再び遠くを見る。
雄の姿。
その隣に立つ女たち。
学ぶ。
そして。
奪う。
森では、それが当然だった。
だが。
あの雄は、自分を殺さなかった。
勝ったのに。
奪わなかった。
森の理とは違う。
王はしばらく考えた。
ならば。
自分も、ただ奪うのでは駄目なのかもしれない。
初めてそう思った。
まずは知る。
あの雄が何を好むのか。
どうすれば自分を見るのか。
そしていつか。
自分を、番として選ばせる。
王の胸の奥で、初めて一つの意思が形になる。
欲しい。
あの雄が。
強く。
優しく。
自分を圧倒した、あの雄が。
王はまだ、その名を知らない。
だが遠からず知ることになる。
その名を――ノアルという。




