間話・前編 森の王、初めての敗北
このエピソードはどうしても入れたかった。
長くなったので前後半でお楽しみ下さい。
一気に投稿します。
森には序列がある。
弱き者は逃げる。
強き者は奪う。
そして最も強き者が、最も豊かな土地を得る。
彼女は長い間、その頂点にいた。
人間たちが《エルダー・ベヒモス》と呼ぶ存在。
森に生きる者たちは、ただ《王》と呼んだ。
彼女は雌だった。
だが、番はいない。
必要なかった。
彼女の種にとって、番とは自らより強き者でなければならない。
弱い雄などいらない。
何度か雄が挑んできた。
叩き伏せた。
角を折った。
逃げた。
それだけだった。
いつしか、挑む者すらいなくなった。
だから彼女は一頭で森を支配していた。
あの日までは。
三日前。
突然、森に異物が現れた。
巨大な建造物。
木々を倒して建てられたのではない。
次の瞬間には、そこにあった。
理解できない。
だが、問題は建物ではなかった。
中にいる。
六つ。
強い。
彼女の全身が警告した。
一つでも危険。
それが六つ。
しかも五つの気配が、一つへ従っている。
王は理解した。
勝てない。
恐怖ではない。
森の頂点で生き続けたからこそ分かる。
戦えば死ぬ。
それだけだった。
縄張りなど、また奪えばいい。
命は一つしかない。
王は去った。
そして今日。
再び出会った。
六つ。
やはり強い。
逃げる。
その判断に迷いはなかった。
しかし。
一つが追ってきた。
気づけば目の前にいた。
速い。
六つではない。
一つ。
ならば。
王は足を止めた。
逃げる理由がなくなった。
これは一対一。
強き者が土地を得る。
弱き者が去る。
森の理。
王は吠えた。
挑んだ。
そして。
届かなかった。
右。
いない。
左。
いない。
後ろ。
いた。
振り向く。
もういない。
速い。
理解できないほどに。
それでも王は戦った。
何百年も。
自分より強い者などいなかった。
尾を振るう。
避けられる。
爪。
空を切る。
牙。
届かない。
そして――。
何かが飛んできた。
王は死を覚悟した。
だが。
飛んだのは角だけだった。
痛み。
それ以上に。
理解した。
外したのではない。
狙った。
殺さなかった。
殺せたのに。
殺さなかった。
目の前の者が近づいてくる。
王は動けなかった。
敗北。
生まれて初めてだった。
そして。
不思議だった。
悔しくない。
怒りもない。
ただ。
胸の奥。
知らない何かが騒いでいた。




