第十四話 森へ帰る方法
「まず準備します」
そう言った俺に対して、ヴァルガスはしばらく何も答えなかった。
「……一応聞いておく」
「はい」
「何の準備だ?」
「森へ入る準備です」
「やっぱりか……」
深いため息。
何でそんな顔をするんだ。
「昨日、金級指定のグレイヴエイプを倒したからって、森の奥へ入っていい理由にはならねえぞ」
ガレスも呆れたように言う。
「それは分かってます」
「本当か?」
「だから準備するんですけど」
「そういう問題じゃねえ」
話が噛み合わない。
俺としては、森へ戻らないという選択肢がない。何しろ――家がある。
ギルドハウス《ミステイク》。
俺たちと一緒にこの世界へ転移してきた、唯一と言っていい帰る場所だ。この街で宿を借り続けるわけにもいかないし、アイテムや設備の確認もしたい。何より、あそこを何日も放置する方が不安だ。
ただし。
(「森の奥に家があるんで帰ります」とは言えないよな……)
迷わずの森へ入った白金級冒険者すら死ぬ。そんな話を聞かされた直後である。
「こちらとしても、調査を行わないわけにはいかん」
バルトが口を開いた。
「守備隊から斥候を出す。ただし森の外縁部までだ」
「《赤狼》も同行する」
ガレスが続ける。
「俺たちは森に慣れてる。少なくとも新人だけで歩かせるよりはマシだ」
「新人……」
横を見る。
マイン。サラ。エル。夏。マジカ。
新人冒険者。
間違ってはいない。
ただ、ものすごく違和感がある。
「君たちも同行するなら許可する」
ヴァルガスが俺を見る。
「ただし条件がある。勝手に奥へ行かないことだ」
「……」
「何だ、その間は」
「いや」
困った。
奥へ行きたい。
というか、奥へ行かないと帰れない。
「分かりました」
「本当だな?」
「はい」
嘘は言っていない。
勝手には行かない。
できれば、何か自然な理由を作って行きたい。
「あるじ様」
マインが小さく呼ぶ。
「何?」
「いえ。何でもございません」
微笑んでいる。
嫌な予感がした。
その後、俺たちは冒険者ギルドの資料室へ案内された。
迷わずの森について調べたいと言ったら、ローデンが特別に許可してくれたのだ。
「これが、現在確認されている生息域だ」
机に広げられた地図を見る。
森の外縁。
鉄級から銀級相当。
浅部。
銀級から金級。
そこから先。
金級。
白金級。
そして――。
「ここから何も書いてないですね」
「分からないからだ」
ローデンが答える。
「調査記録がないんですか?」
「ある」
「じゃあ何で?」
「帰ってきた記録がない」
「……なるほど」
地図を見る。
空白地帯。
俺たちのギルドハウスがあるのは――。
(この辺だよな)
思いっきり空白地帯だった。
「あるじ様?」
マインが覗き込んでくる。
「俺たちが最初にいたの、この辺だよな」
声を潜める。
「はい。位置関係から考えれば、おそらく」
「最危険地帯じゃん」
「そのようですね」
「全然気づかなかった」
「あるじ様にとっては、些末な違いなのでしょう」
「いや、そういうことじゃなくて」
マインが微笑む。
「それにしても……」
もう一度地図を見る。
空白。
未知。
誰も調べられていない。
つまり。
「モンスター、結構いるのかな」
「……はい?」
「いや。ゲームの時みたいに大量にいるなら、狩りやすそうだなって」
マインが黙った。
「何?」
「いえ」
なぜか少し嬉しそうだ。
「この世界の者たちが死を恐れて近づくことすらできぬ地を御覧になって、まず狩りの効率をお考えになるとは……」
「昔の癖だよ」
「さすがでございます」
「褒めるところじゃないから」
翌朝。
ガルディア東門。
《赤狼》の五人。
守備隊の斥候四人。
そして俺たち六人。
合計十五人が集まった。
ガレスが全員を見渡す。
「目的はあくまで調査だ。魔物との戦闘は可能な限り避ける」
全員が頷く。
「特に――」
ガレスが俺を見る。
「お前」
「俺?」
「俺から離れるな」
「はい」
素直に答えた。
横を見る。
マインたちが何とも言えない顔をしている。
「……何?」
「いえ」
「何でみんなそんな顔してるの?」
「あるじ様がお決めになったことであれば」
マインが答える。
「我々に異論はございません」
「そう?」
「はい」
後ろでマジカが小さく鼻を鳴らした。
笑ったように聞こえたのは気のせいだろうか。
「行くぞ」
ガレスの声。
東門が開く。
その向こう。
薄暗い森が見える。
迷わずの森。
人類が恐れる場所。
そして――。
(さて)
俺は森を見ながら考える。
(どうやって家まで帰ろうかな)
俺たち十五人は、森へ向かって歩き始めた。




