↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/42

間話 あるじ様の知らない夜

「ところで君たち、今夜の宿はどうする?」

 ローデンにそう聞かれたのは、ヴァルガスへの使いが出てしばらくしてからだった。

「宿?」

「ああ。ヴァルガスが来るのは明朝になるだろう。話の続きはそれからだ」

「あー……」

 考えてなかった。

 ギルドハウスに戻れば寝る場所には困らない。食料もあるし、風呂もある。何より自分の部屋が一番落ち着く。

 ただ――。

 迷わずの森。

 人類が近づくことすら避ける危険地帯。

 そこから現れた俺たちは、ただでさえ怪しまれている。

 今から普通に「じゃあ家に帰って、明日の朝また来ます」なんて言ったらどうなる?

 しかも今は、フォレストゴブリンやグレイヴエイプの異変まで起きている。

 森へ気軽に出入りできることを知られるのは、あまり得策ではない気がする。

「……宿に泊まります」

「そうした方がいい。紹介状を書こう」

「ありがとうございます」

 俺も少しは、この世界での自分たちの異常さが分かってきた。

 目立たない。

 常識を知る。

 できるだけ普通に行動する。

 大事だ。

 その三十分後。

「六名様ですね。お部屋はいくつ御用意しましょう?」

 宿の主人に聞かれた。

「そうですね。三部屋くら――」

「二部屋で結構です」

 マインが遮った。

「え?」

「一部屋でも私は構いませんよ?」

 エルが笑顔で追加する。

「私も異論はございません」

 サラまで。

「いや、狭いだろ」

「あるじ様と同じ空間であれば、床でも」

「床で寝るなよ」

「では、私は外で」

 低い声。

 振り返るとマジカだった。

「お前も床以前の問題になってるじゃん」

「ですが、この身体では……」

 虎ほどもある巨体だ。

 普通の宿屋に入るだけでもかなり無理がある。

 しかし。

「お前、また一人だけ外に行こうとしてるだろ」

「……」

「全員で来たんだから、今日くらい一緒でいいだろ」

「あるじ様……」

「そんな顔するなって」

 あの城門前でも似たようなやり取りをしたばかりだ。

 マジカだけを外へ置いていくつもりなんて、最初からない。

 宿の主人が恐る恐る手を挙げた。

「あ、あの……大部屋でしたら」

「あるんですか?」

「冒険者の団体向けです。十人ほど泊まれますし、そちらの……魔獣の方も、まあ……何とか」

「魔獣ではない。私は麒麟だ」

「マジカ、威圧するな」

「申し訳ございません」

 結局、大部屋を一室借りることになった。

 案内された部屋には六台のベッドと大きなテーブル。思ったより広い。

「結構いいな」

「あるじ様がお気に召されたのであれば、この宿を――」

「買わないからな、エル」

「まだ何も言っておりませんのに」

「言おうとしてただろ」

 エルが楽しそうに笑う。

 荷物を置いたところで、俺は自分の服の匂いを嗅いだ。

 森。

 戦闘。

 街まで徒歩。

「風呂入りたいな」

「でしたら私が御背中をお流しいたします」

「必要ありません!」

 なぜかマインが即答した。

「……マイン?」

「はっ」

 マインが固まる。

「何でお前が答えるの?」

「それは……」

 見る見る顔が赤くなっていく。

 サキュバスとは何なのだろう。

「マインは恥ずかしいのでしょう?」

 エルが面白そうに覗き込む。

「私は平気ですよ? あるじ様がお望みなら、前でも後ろでも――」

「一人で入ってくる」

「あら」

 俺は逃げるように部屋を出た。

 しばらくして、湯を浴び終えて部屋へ戻る。

「……生き返った」

 宿の浴場なのでギルドハウスほど豪華ではない。それでも温かい湯に浸かれるだけで十分だった。

「ただいま」

 扉を開ける。

 そして止まった。

 女性陣も既に湯浴みを終えたらしい。

 問題は格好だ。

 エルは身体の線が分かる薄い寝間着。濡れた髪を片側へ流し、ベッドに腰掛けている。

 サラも普段の装備を外しており、黒い翼を畳んだ姿は妙に無防備に見えた。

 夏は白い寝間着をきっちり着込んでいる。

 そしてマイン。

「……」

「……」

 目が合った。

 マインが胸元を押さえる。

「あるじ様……あまり見つめられますと……」

「ご、ごめん」

 反射的に目を逸らす。

 何だこれ。

 ゲームの画面で散々見てきたはずなのに。

 実物になると破壊力が違いすぎる。

「あるじ様」

 耳元で声がした。

「うわっ」

 いつの間にかエルが隣にいた。

 腕へ柔らかな感触が押しつけられる。

「見てくださって構いませんよ?」

「近い近い」

「嫌ですか?」

 上目遣い。

 ずるい。

「嫌というか……」

「でしたら問題ございませんね」

「ある」

 エルの額を押して離す。

「残念」

 絶対楽しんでる。

 視線を感じて横を見る。

 サラだった。

「……何?」

「いいえ」

 少し頬を染めながら、どこか期待するような目で俺を見ている。

 嫌な予感がする。

「サラも何か企んでない?」

「命じていただければ、何なりと」

「今日は何も命じない」

「……残念です」

 なぜ残念そうなんだ。

 そして夏だけは、いつも通り涼しい顔をしている。

「夏はまともだな」

「はい」

 少し安心した。

「私は、あるじ様がお望みになるまで待ちますので」

「お前もそっち側か」

 駄目だ。

 全員駄目だった。

 夜。

「……何してるの?」

 ベッドに入ろうとした俺は、四人の女性陣から見つめられていた。

 マジカは床に伏せているが、こちらを気にしているのが分かる。

「どなたがあるじ様のお隣で休むのか、まだ決まっておりません」

 エルが答えた。

「一人で寝るよ?」

「……」

「何その顔」

 マインまで少し残念そうなのはなぜだ。

「あるじ様」

 夏が静かに口を開く。

「眠られるまで、少しお話をいたしませんか?」

「話?」

「はい。私たちは……あるじ様のお話を、もっと伺いたいです」

 そう言われると断る理由もない。

「いいよ」

 全員でテーブルを囲む。

 話題は自然と、昔のことになった。

「マインはかなり育てたな」

「覚えておられるのですか?」

「そりゃ覚えてるよ。装備もスキルも優先してたし」

 マインが胸の前で両手を握った。

「……そう、なのですね」

「何で泣きそうなの?」

「何でもございません」

 マインは俯く。

 少しして、静かな声で続けた。

「私たちは、あるじ様にとっては遊戯の中で作られた存在だったのでしょう」

「……」

「ですが、私にとっては違います」

 顔を上げる。

「この髪も。この姿も。私が使える力も。与えていただいた装備も。私という存在を形作る全てに、あるじ様がいらっしゃいます」

 いつものマインとは違った。

 恥ずかしがることもなく、まっすぐ俺を見ている。

「ですから私は……あるじ様に作っていただけたことを、心より誇りに思っております」

「……そっか」

 どう返せばいいのか分からない。

 すると夏が小さく手を挙げた。

「私は雪女なのに、夏と名付けられました」

「……それはごめん」

「しかも火属性魔法ばかり覚えさせられました」

「それもごめん」

「ですが」

 夏が微笑む。

「今は、この名前が好きです」

「え?」

「世界中を探しても、雪女へ夏という名を与える方は、あるじ様だけでしょうから」

「褒められてる?」

「もちろんです」

「火属性魔法も?」

「気に入っております。雪女でありながら炎を操る。それが私です」

 何となく、胸の奥がむず痒い。

 俺が効率やノリで決めたものを、こいつらはこんなに大切にしていたのか。

「私は無料券でした」

 低い声がした。

 マジカだ。

「……そこまで知ってるの?」

「はい」

 マジカが静かに頭を下げる。

「私は皆様より新参です。あるじ様と過ごした時間も短い」

「そんなの気にしなくていいだろ」

「今は、そう思えます」

 マジカが顔を上げる。

「あるじ様から、仲間だと仰っていただけましたので」

 城門の前で交わした言葉を思い出す。

 俺としては当然のことを言っただけだった。

 だがマジカにとっては、そうではなかったらしい。

「私はあの御言葉を、生涯忘れません」

「……大袈裟だなあ」

「大袈裟ではございません」

 全員が俺を見ていた。

 そこで、ようやく少しだけ分かった気がした。

 俺にとって、こいつらはゲームで作ったNPCだった。

 でもこいつらにとっては――。

 俺が、始まりなのだ。

「あるじ様」

 エルが俺の肩へ頭を乗せる。

「私は?」

「エル?」

「はい」

「……エロく作りすぎた」

「まあ」

 嬉しそうに笑った。

「最高の褒め言葉です」

「褒めてない」

「では、あるじ様のお好みに育てていただければ」

 さらに身体を寄せてくる。

「近いって」

「今さらでは?」

「今さらって何だよ」

 マインがエルを引き剥がす。

「エル! あるじ様がお困りです!」

「マインも本当はくっつきたいのでしょう?」

「なっ……!」

「顔が真っ赤ですよ?」

「私はそのような――」

 騒がしくなる。

 サラまでなぜか俺の反対側へ寄ってきた。

「サラ?」

「私は静かにしております」

「距離の話なんだけど」

 夏が小さく笑った。

 マジカまで喉の奥で低く笑っている。

「……まあ」

 悪くない。

「俺も、お前たちが一緒に来てくれて良かったよ」

 静かになった。

「……え?」

 誰も喋らない。

「何で黙るの?」

 マインが俯いている。

 エルから笑顔が消えていた。

 サラは胸元で手を握っている。

 夏は目を伏せた。

 マジカまで顔を背けている。

「俺、変なこと言った?」

「……いいえ」

 マインが答えた。

 その声は僅かに震えていた。

「これ以上ない御言葉でございます」

 俺には、やっぱりよく分からなかった。

 その夜。

 俺が眠りについた後も、五人はしばらく眠らなかった。

「では」

 マインが声を潜める。

「改めて確認いたします」

 四人の視線が集まる。

「あるじ様は、世界中を御覧になりたいと仰いました」

 誰も異論を挟まない。

「そして、この世界はあるじ様にとって未知の場所。ならば――」

 マインの瞳から、先ほどまでの純情な少女の色が消える。

 五人を束ねる者の顔になる。

「あるじ様が御自ら歩まれる道を、我々が事前に整えます」

「賛成です」

 サラが即答した。

「危険となり得るものも、先に調べておくべきでしょうね」

 エルも続く。

「迷わずの森の異変もあります」

 夏が言った。

 マインが頷く。

「まずは情報です。国家、種族、軍事力、魔法、宗教。そして――あるじ様に害意を持ち得る存在」

 マジカが静かに目を閉じる。

「必要とあらば排除を?」

「いいえ」

 マインは首を横へ振った。

「あるじ様の御意向を確認せず、勝手な真似は許しません」

 そして微笑む。

「我々は、あるじ様の御意思を実現するために存在しているのですから」

 五人が眠る主人へ視線を向ける。

 あるじ様は、きっと御存じない。

 その何気ない一言だけで。

 自分たちが、この世界の全てを敵に回せるほど幸福になれることを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。