7-4:選ばなかった記憶
7-4:選ばなかった記憶
夜が深くなるにつれ、玲央の中で、いくつかの記憶が浮かび上がってきた。
長い間、忘れていたものだった。
忘れていたというより、思い出す必要がなかったもの。
日々の生活に支障はなかった。
仕事にも影響しなかった。
幸福安定指数を大きく下げるものでもなかった。
だから、記憶の奥に沈んだままになっていた。
最初に思い出したのは、子どもの頃のことだった。
玲央は、絵を描くのが好きだった。
今の自分からは、少し意外に思える記憶だった。
幼い玲央は、白い紙の上に街を描いていた。
家や道や駅や橋を、思いつくままに描いた。
人が住んでいる場所。
誰かが歩いている道。
どこかへ向かう列車。
空へ伸びる階段。
学校の授業で描いた街の絵を、教師が褒めたことがある。
それは、よくある言葉だったのかもしれない。
上手だね。
面白い街だね。
ここを歩いてみたいね。
ただそれだけの言葉。
けれど、そのときの嬉しさを、玲央ははっきり覚えていた。
胸の奥が、ふわりと明るくなった。
自分の中にあったものが、外の誰かに届いた気がした。
家に帰ってからも、紙に架空の街を描いた。
曲がりくねった道。
小さな店。
空に浮かぶ橋。
現実には存在しない駅。
迷路のような路地。
どこへつながっているのか分からない階段。
行き止まりに見えて、実は裏側へ抜けられる細い道。
その街には、効率的な道などなかった。
最短経路もない。
生活導線も整理されていない。
安全性を考えれば問題だらけだったかもしれない。
けれど、描いていると楽しかった。
どこへ行くか分からない道を描くのが楽しかった。
誰かが迷い込むかもしれない路地を考えるのが楽しかった。
地図にも載らない場所を、自分の手で作るのが楽しかった。
ある日、ORACLEの学習支援プログラムが表示した。
空間構成能力は良好。
ただし、芸術分野への進路適性は中程度。
社会安定性を考慮すると、創作活動は趣味範囲での継続を推奨します。
玲央は、その通りにした。
絵をやめたわけではない。
誰かに取り上げられたわけでもない。
描いてはいけないと言われたわけでもない。
ただ、少しずつ描く時間が減った。
学習効率の高い課題が優先された。
将来の適性につながる分野へ時間が配分された。
創作は、疲労回復や感情安定のための活動として扱われるようになった。
描きたいから描くのではなく、リラックスのために描く。
そう分類された瞬間、何かが少し変わった。
玲央は、いつの間にか描かなくなった。
最後に描いた絵がどんなものだったのか、もう思い出せない。
次に思い出したのは、大学時代のことだった。
一人、よく話す相手がいた。
同じ授業を取っていた女性だった。
名前は覚えている。
声も、少し覚えている。
講義後の廊下で、端末を片手に立ち止まり、玲央に話しかけてきた姿も覚えている。
彼女は、管理社会の仕組みについてよく議論した。
ORACLEの支援を完全には否定していなかった。
むしろ、必要なものだと認めていた。
けれど、どこか距離を置いていた。
「正しさだけで生きると、人は退屈になる」
彼女はそう言って笑った。
玲央は、その言葉を当時は理解できなかった。
正しいことは良いことだ。
失敗しにくいことは望ましいことだ。
人が傷つかないように社会が整えられるなら、その方がいい。
退屈。
その言葉の意味が、当時の玲央にはうまく掴めなかった。
それでも、彼女と話す時間は嫌いではなかった。
むしろ、予定より長く話し込むことが何度もあった。
講義のあと、次の予定までの空き時間。
図書スペースの隅。
駅までの道。
雨の日の屋根付き通路。
彼女は、よく問いを投げかけた。
自分で選んだって、どうすれば分かるんだろう。
間違えない人生って、本当に良い人生なのかな。
不安がないことと、納得していることは同じなのかな。
玲央は、その問いに明確には答えられなかった。
だが、考える時間は嫌いではなかった。
彼女と話していると、いつもより少し頭の奥が熱くなるような感覚があった。
答えが出ないまま、言葉を重ねる時間。
それは非効率だった。
だが、どこか心地よかった。
ある日、ORACLEが通知を出した。
当該人物との交流は、感情変動を増加させています。
学習集中度への影響が認められます。
接触頻度の調整を推奨します。
玲央は、その通りにした。
会う回数を減らした。
返信を少し遅らせた。
雑談を短くした。
講義後に話しかけられても、次の予定があると伝えるようになった。
相手は最初、不思議そうにしていた。
何かあった?
そう聞かれたこともある。
玲央は、特に問題はないと答えた。
実際、問題はなかった。
喧嘩をしたわけでもない。
嫌いになったわけでもない。
何かを傷つけられたわけでもない。
ただ、接触頻度を調整しただけだった。
そのうち、向こうから話しかけてくることも減った。
廊下ですれ違えば、軽く挨拶をする。
同じ授業に出ていれば、必要な話はする。
それだけの関係になった。
大きな別れはなかった。
別れの言葉もなかった。
ただ、関係は静かに消えた。
それが寂しかったのかどうか、玲央は当時よく分からなかった。
ORACLEは、感情変動が安定したと表示した。
学習集中度も回復した。
睡眠効率も改善した。
生活リズムも乱れなかった。
そして玲央は、それを良いことだと思った。
今でも、それが間違いだったとは言い切れない。
彼女と深く関われば、感情はもっと揺れたかもしれない。
勉強に影響が出たかもしれない。
傷つくこともあったかもしれない。
ORACLEは、玲央を守った。
ただ、その先に何があったのかは、もう分からない。
さらに、社会人になってからの記憶も浮かんだ。
一度だけ、仕事を休んで遠くへ行きたいと思ったことがある。
理由はなかった。
特別に疲れていたわけではない。
大きな問題があったわけでもない。
職場に不満があったわけでもない。
ただ、知らない海を見たいと思った。
管理保養区ではない海。
安全柵の位置も、歩行ルートも、休憩時間も、食事も、すべて整えられた場所ではなく。
天候によって色が変わり、風が強ければ砂が舞い、波の音も一定ではないような、予測できない海。
玲央は、なぜそんなことを思ったのか、自分でも分からなかった。
端末で休暇申請をした。
ORACLEは、休暇の取得自体は認めた。
疲労指数は軽度上昇しており、短期休養は有効と判断された。
ただし、移動先として推奨されたのは、心身回復に適した管理保養区だった。
水質、気温、湿度、食事、睡眠環境、歩行負荷。
すべてが整えられた海辺の保養施設。
玲央が見たかった、予測できない海ではなかった。
それでも玲央は推奨先へ行った。
安全で、清潔で、静かな保養区だった。
海は穏やかだった。
遊歩道は歩きやすく、風は強すぎず、日差しも適切に遮られていた。
食事も睡眠も完璧に整えられた。
滞在中の活動量も、心身回復に最適化されていた。
帰る頃には、疲労指数も改善していた。
職場復帰後の集中度も上がった。
休暇は成功だった。
だが、その海の色を、玲央はほとんど覚えていない。
覚えているのは、帰宅後に表示された改善データだけだった。
睡眠効率、向上。
疲労指数、改善。
職務復帰適性、良好。
海そのものではなく、海へ行った結果だけが記録に残っている。
玲央は、ベッドの上で目を閉じた。
自分は多くのものを失ったわけではない。
絵を描く道を本気で選んだわけではない。
大学時代の彼女と深い関係になったわけでもない。
知らない海へ行ったわけでもない。
だから、失ったと言うのは大げさなのかもしれない。
ただ、選ばなかった。
描くこと。
話し続けること。
行きたい場所へ行くこと。
どれも人生を大きく変えるものではなかったかもしれない。
それでも、それらは確かに、自分の中から出てきた小さな望みだった。
誰かに植えつけられたものではない。
社会から求められたものでもない。
ORACLEが推奨したものでもない。
自分の中に、ふと生まれたもの。
玲央は、それを自然に諦めてきた。
強制されたわけではない。
禁止されたわけでもない。
ただ、非推奨だった。
そして玲央は、非推奨という言葉の前で、ほとんど迷わず手を離してきた。
そのことに気づいたとき、玲央は初めて、自分の人生が少し薄く見えた。
不幸ではない。
破綻もしていない。
大きな後悔もない。
安定している。
けれど、その安定の中で、いくつもの小さな望みが静かに消えていった。
消えたことにすら気づかないほど、静かに。
玲央は目を開けた。
天井の染みが、昨日より少しだけはっきり見えた。
あの子どもの頃に描いた街には、曲がりくねった道があった。
行き止まりに見える路地があった。
どこへ続くか分からない階段があった。
効率的ではない街。
迷うことを前提にした街。
玲央は、ふと思った。
もしかすると、自分はずっと昔から、迷える場所を描いていたのかもしれない。
その記憶は、胸の奥で小さく痛んだ。
それは大きな後悔ではない。
人生を壊すほどの悲しみでもない。
だが、確かにそこにある痛みだった。
玲央はその痛みを、今度はすぐに消そうとはしなかった。




