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雑記

六角義賢や六角義治と言われても、僕にはピンとこない。


そもそも六角家が日本の歴史でどのような役割を果たしてきたのかもほとんど知らない。

僕の中では完全なモブ扱いである。


僕の中でそのような扱いになった原因は、おそらく初代N-BASIC版(PC-8001用)のゲーム「信長の野望」に六角が登場しなかったからである。

織田信長が活躍する戦国時代に僕が興味を持ったきっかけが、この初代「信長の野望」だったのだ。


六角家は歴史的には南近江を治めていた戦国大名なのだが、初代「信長の野望」の配置では、近江が南近江と北近江に分かれておらず、近江はまとめて浅井領の扱いとなっていたことから、ゲームには登場していなかった。

このゲームに六角の名が出ていれば少しは印象が違ったはずであるが、出ていないものは出ていないので仕方がない。


とはいえ、いま見直してみても、六角家が歴史に残した業績には目ぼしいところがほとんど見つからない。

目立った業績としては、六角氏式目を制定した、という程度である。


これが仮に、全国に先駆けて制定した画期的な式目、とかだったら「おぉ」となるのだが、別にそういうこともなく、なんなら今川や武田はそれに相当する制度をもっと早く導入しているし、正直「六角氏式目」なんて誰が知ってるんだ、という程度の話でしかない。


また、もしも六角家が信長と全面的に争い、戦場で華々しく散っていたりとかしていれば、それなりに見どころがある人物として歴史に名を残していたであろうが、六角家は信長に攻められそうになった途端、居城である本願寺城を放棄して逃げ出してしまった。

これでは斬られ役にもならない。


要するに、僕の印象だけに限らず実態としても見事なまでのモブキャラであり、信長の歴史に付随して語られるザコキャラという立ち位置にいるのが、この六角家なのである。


というわけで、僕が六角家について書けるのはせいぜいこの程度で、他には特に書きたいことも無い。


ちなみに、僕は六角家と書いたが、先ほど見た「六角氏式目」にもあるように、正式には六角氏という呼び方が正しいようである。


これまで僕は、家と氏との関係について特に意識したことは無く、自分のとって単純にしっくりくる(聞き慣れている)呼び方で自由に書いてきた。

これについて簡単に調べてみると、どうやらこんな感じらしい。


氏:一族全体、歴史上の氏族。

家:その一族の中でも、家督を継ぐ本家や、ある特定の家系。


つまり集合論的に言えば、「氏>家」という関係のようである。

(本来は集合の包含記号に従って「氏⊃家」と書くべきなのだが、プレビューで見ると小さい「つ」の「っ」みたいに見えて違和感があったので、ここではあえて「氏>家」と書いています。「コイツ、集合の記号も知らないのかよ」とか思われるのも癪なので、一応注釈)


ただし、氏と家はそれほど明確に区別されているわけではなく、あまり気にする必要は無さそうだ。


そういえば、僕の高校の同級生に「氏家」という苗字の人がいた。

氏なのか家なのか、ハッキリして欲しい。

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