街での騒ぎ、可愛いサリーナ
私達は訓練場を出て、シュルツ様と別れ、街に戻ってきた。
「何か欲しいものは?」
「用事は終わっているのです。アルと公園で遊ぼうと思っていたのですが、訓練場で飛んで満足したみたいですね。」
そう言ってアルを見ると、弾んだ声が返ってきた。
“楽しかったよ~。”
“良かったわね。私もリーナに構ってもらったから、今日は満足よ。”
パールも機嫌が良さそうだ。
「それなら、少し街なかを歩こうか?」
「はい。」
私達は目的なく、店を見ながら大通りを歩いた。
「こういうの久しぶりな気がします。」
「そうなのか?」
「ずっと忙しくて出来ていなかったので。」
この世界でほとんど経験はないが、言葉から何か察してくれたのだろう。深く聞かれることはなかった。
ウィンドウショッピング。
前は苦手だったけど、ザック様とならこうして街を回るのも楽しいわ。
その時、何やら騒がしくなった。
「どうしたのかしら?」
「行ってみよう。」
騒ぎが起こっているだろう所には、人集りが出来ていた。
人々の視線の先には剣を持ち、向かい合う男と騎士達。
「何をしてるんだ?」
ザック様が呟くと、野次馬のひとりが教えてくれた。
「破落戸が暴れて、騎士団が来たんだが、決着がつかないんだ。どうなってんだかな。」
アイザックは冷静に状況を見る。
破落戸三人に、騎士が二人。
周りを囲む野次馬は破落戸の近くにもいる。
「…囲んでいる市民に被害がいかないようにセーブして戦っているのか。」
市民を人質にされたら、手を出せなくなるものね。でも…
「破落戸達は、まだ人質をとっていないんですね。」
私はザック様だけに聞こえるように言った。
「そうだな。」
こう言っては何だけど、野次馬を傷つけて道を作り逃げる事も、人質を取って言うことを聞かせることもできるのに、何故それをせず向き合っているのかしら?
「とりあえず、行ってくる。」
「はい。いってらっしゃいませ。」
ザック様は、一歩出した足をそのままにこちらに振り向いた。
「…なんか良い。」
「はい?」
「リーナに『いってらっしゃい』と言われるのは。」
「………早く行ってあげてください。」
サリーナは、アイザックの背を押した。
「改めて…行ってくる。」
「はい。」
アイザックは後ろにいた騎士に、破落戸の様子を見ながら、小声で話しかけた。
「第2部隊のアイザックです。これはどんな状況ですか?」
「あ、アイザック殿下。私達は第3部隊です。斬り掛かって周りに被害が出たら…」
第3部隊ってリオン兄様の所?
「これだけ騎士がいるのに、何故あちら側に騎士がいないのです?」
「こちらから来たもので…」
「ふたりとも?」
「…はい。」
「はぁぁ。」
アイザックは、大きな溜息をついた。
そんな話をしていると、前にいた騎士が何を血迷ったか破落戸に斬りかかった。
「アイザック殿下!来てくださったなら、話してないで援護お願いします!」
「は?」
ガツン
騎士の剣と破落戸の中のひとりの剣がぶつかる。
その衝撃で破落戸の剣が折れた。
一発で折れる剣って何!?
そして、その折れた剣先はサリーナのいる方へ飛んできた。
「リーナ!」
ゴツン!
結構な勢いで当たり大きな音もしたが、サリーナは無傷だった。
「リーナ、大丈夫か?」
破落戸を魔法で確保しながら、アイザックはサリーナへ向かって叫んだ。
「びっくりはしましたが、大丈夫ですよ。バリアを張っておいてよかったです。」
サリーナは、微笑んだ。
ふぅ…訓練場に入る前に張って、解除してなくて良かった。
実は、あまりに楽しくて解除を忘れていたのよね…。
◇
「お前らは騎士になって何を学んだんだ!!!」
第3部隊長の怒声が響く。
私達は騎士団の詰め所にいた。
「えーと、あの…」
「はっきりしろ!!!全く…。本当に申し訳ありませんでした。きちんと教育し直します。」
第3部隊長は騎士に怒りながら、こちらへ向かって頭を下げた。
「僕も再教育にきっちり関わらせてもらうよ。隊長、良いですよね?」
「もちろんだ。」
話を聞いて駆けつけたリオン兄様も静かに怒っているのが分かる。
しかし、私に向き直ったリオン兄様は優しい顔で頭を撫でた。
「リーナ。よくバリアをしてたね。良い子。」
「子供のようで恥ずかしいのですが…。」
「可愛い妹はいつになっても可愛い妹だし、まだ成人してないでしょ。」
「そうですね…。」
「あとは僕達の仕事だから、ザックとリーナは帰ってもいいよ。ですよね、隊長?」
「ああ。…今日は迷惑をかけました。」
第3隊長は再び頭を下げた。
「ザック。リーナは自己防衛できるから大丈夫だと思うけど、気を抜くなよ?」
「ああ。」
ザック様が真剣に頷く。
今回の事を気にしている様だ。
「あ、あの、でも!」
「「ん?」」
「ずっと気を張っていられると、私も落ち着かないので、変に気にしないで欲しいです。」
「しかし、今日…」
「あの時は、あれで良かったのです。怪我もないですし。私といる時のザック様には、どちらかと言うと安心していて欲しいというか、和む?ん?違う…?とにかく、私を信じてください。怪我1つ負いません!」
「リーナ、すごい自信だね。」
「頼もしいな。」
リオン兄様もザック様も笑っている。
私は、少し恥ずかしくなった。
「………言いすぎました。」
「リーナも気負わず、俺にも守らせてくれ。」
「お願いします…。」
「では、帰ろうか。」
「はい。」
私達は、用意してもらった馬車に乗って、詰め所を後にした。
「馬車でなくも良かったのに…。」
「街へは、また今度行こう。」
「………デート。」
「ん?もう一度言ってくれるか?」
ザック様に、私の小さな声は聞き取れなかったようだ。
ずっと口を開かなかったパールとアルが呆れたように話し出す。
「全くアイザックくんは!デートの途中だったじゃないの。」
「リーナはもっとデートしたかったんだよ~。」
「まだ、手も繋いでないし、チュウもしてないのに、デートもなにもないわよねぇ。」
「え?」
「パ、パール!?」
「………リーナ、そうなのか?」
「ゔーーー、そんな事ありません!」
サリーナは何か葛藤した後に、顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。
「リーナ、隠し事はなし。」
アイザックは、サリーナの膝に置かれていた手を握る。
「チュ、チュウ云々は置いておいて、デートはもう少ししたかった…です。」
更に真っ赤になるサリーナを見たアイザックは…
バッ!
勢いよくサリーナから視線を反らし、口元を抑えたままブツブツと何かを唱え始めた。
「あと3年…あと3年…あと3年…あと3年………」
「ザック様?」
何を言っているか聞き取れないリーナが不思議そうにしていると、パールが優しく言った。
「放って置いてあげなさい。」
その後、街には行かずスウィーティー家で一緒に夕食を食べる事になった。
アルには、その旨をロンドに伝える為に、馬車の窓から飛んでもらった。
「このまま終わりだと思っていたので、もう少し一緒にいれて嬉しいです。」
にっこり笑うサリーナ。
「リーナ…俺を殺す気か?」
「え?今までのやり取りで何がどうなれば、そうなるのですか!?」
「心臓が止まるかと思った…。」
「それは、大変です!すぐに病院へ!」
サリーナは御者に目的地の変更を伝えようと立ち上がった。
「危ないから座って。」
アイザックはサリーナの手を引き、自分の膝の上へ座らせた。
「ザック様!?」
「病院は大丈夫だから、このまま…。」
「あ、あの…あの…」
「あ、臭うか?訓練場を出る時に、汗を流してきたから臭わないと思ったが…。」
アイザックは、自分の身体をクンクンと嗅ぎ、確認する。
「臭いません!むしろ、ザック様の良い匂いです!」
「そ、そうか?」
「はい!」
私が返事をした後のザック様が微妙な顔をしている。
………あっ!?
「ち、違います。変態ではありませんから!」
更に訳のわからないことを言ってしまった。
「変態?………ははははははっ!」
「ザック様…。」
「いや…ははははっ。はぁ…笑った。」
「…」
「俺もリーナの匂いが好きだよ。透き通って凛とした香り…。」
アイザックは、サリーナの首元に鼻を近づける。
「り、リリーの石鹸を使っています…。」
「………そう。」
反応が…。
また何かやらかした!?
「あ、あの!」
「うん。」
「『うん』ではなくて。」
「何?」
「えーと…少し離れませんか?」
「何故?」
言いながら、流し目をされる。
「何故!?」
ザック様が、何かのモードに入った。
色気が…色気が…!
普段は大型わんこの様なのに…。
「デートの続きだろ?手を繋いだり、キスしたり…」
「こ、この状況はキスをするより恥ずかしいのですが!?」
「そうか?」
「そうです!」
「では、リーナからキスしてくれるか?」
「どうしてそうなるのですか!?」
「恥ずかしくないのだろ?」
「!!」
「リーナ?」
「……ザック様は、たまに意地悪です。」
「?」
サリーナは、アイザックへキスをした。
そして、意趣返しの意味で、離す時に下唇をチュッと吸った。
「!?」
アイザックは驚き、目を丸くした。
その顔を見て、溜飲が下がったサリーナは微笑んだ。
その姿を見たアイザックは、時が止まったように感じ、『この世に、こんなに美しいものは他に無い』と思ったのだった。
◇
サリーナは私室でソファに座り、サラの部屋用の刺繍をしていた。
足元ではルーフが伏せていて、窓辺ではアルが羽繕いをしている。
サリーナは刺繍をしながら、昨夜のアイザックの事を思い出す。
ザック様は、食事の時もボーッとしていることが多かったけれど大丈夫かしら?
やっぱり疲れていたの?
言ってくれればいいのに…。
アイザックはサリーナを想い、その様な状態であったのだが、そんな事は知る由もないサリーナだった。
疲れは取れたかしら?
差し入れでも持っていく?
…でも、昨日の今日よ?迷惑よね。
「リーナ、手が止まっているぞ?」
「昨日のザック様が気になって…。」
「昨日?」
「ボーッとしていることが多かったでしょう?こちらへ着くまでは、そんな事なかったんだけど…。」
「そうだったか?」
「そうよ。…やっぱり、食事に誘わない方が良かったかしらね?」
「気になるなら、聞けばいいんじゃないか?」
「う~ん…。」
「僕、聞いてこようか?」
「アルが?」
「ん!暇だし!」
「でも、わざわざ聞くことでも無い気がしなくもない…。」
「でも、気になるんだろう?」
「そうなのだけれど…。」
「じゃあ、パールに聞けばいいんじゃないかな?」
「そうか、そうよね、そうするわ。アル、ありがとう。ルーフも聞いてくれてありがとう。」
「僕、散歩に行ってきて良い?」
「うん。気をつけてね。」
「は~い。」
アルは窓から飛び立っていった。
「俺もちょっと走ってくる。身体が鈍る。」
「分かったわ。」
「そんなに遠くには行かねぇから、何かあったらすぐ呼べ。」
「家にいるのだから、何もないわよ。」
「そうか?じゃ、行ってくる。」
「いってらっしゃい。」
ルーフも窓から外へ飛び降り、きれいに着地した。
「玄関から出ればいいのに。……玄関まで回るのは、面倒くさいか。さてと…」
“パール。”
“リーナ!”
“聞きたいことがあるの。”
“なぁ~に~?”
“ザック様の事なんだけど…。”
“ん?”
“疲れてたりしない?”
“全然!調子良さそうよ?”
“そう。それなら良いの。”
“どうかしたの?”
“昨日疲れてそうだったから…。”
“昨日?………あ。”
“何か思い当たるの?”
“あれは、疲れていたんじゃなくて…。”
“なくて?”
“とにかく、大丈夫よ。”
“気になるのだけれど。”
“言ってもいいけど、恥ずか死ぬわよ?”
“………え?”
“あのね、”
“ちょっと、待って!…やっぱりやめておこうかな。”
“良いの?”
“うーん…。因みに、それは良い事?悪い事?”
“リーナが愛されているって事。”
“そう…。よく分からないけど、聞かないことにする。ザック様が元気ならそれで良いわ。”
“それは、もう!”
“パール、ありがとう。”
“どういたしまして。”
“この事は、ザック様には…”
“言わないわよ~。”
“あ、でも、身体に気をつけてください、と伝えて。”
“は~い。”
サリーナは、再び刺繍を始めた。




