寝つけない夜
その日の夜
眠れない…。
魔法を使いすぎたせいかしら。
サリーナは初めて、多くの魔法を使った事で興奮が冷めず、眠れないでいた。
向かいの席を見るとメルが気持ち良さそうに寝ている。
「起こさない様に、そっと…。」
サリーナは馬車の外に出た。
「リーナ、どうした?」
扉の近くには、ルーフがいた。
「ちょっと寝れなくて…。」
「散歩に行くか?」
「そうね…。心配させちゃうから、それはやめておくわ。」
「分かった。」
「今の火の番は誰?」
サリーナが火のある方を見ると、そこにはアイザックとパールの姿があった。
「ザック様?」
「リーナ?どうしたの?」
「眠れなくて…。ザック様こそ。」
「僕も眠れなくて。公爵と変わったんだ。パールもいてくれるしね。」
ザック様はパールを優しく撫でた。
「そうですか。可愛がっていただいているようで、良かったです。」
「本当に良くしてもらっているわよ。リーナの契約獣だもの、当たり前だけれどね。」
「パール、貴方は本当に…。」
「ん?」
「…なんでもないわ。ザック様、隣よろしいですか?」
「もちろん。あ、ちょっと待った。」
ザック様は、ポケットからハンカチを出し大きめの石の上に敷いてくれた。
「どうぞ。」
「ありがとうございます。」
火に向かって左から、パール、ザック様、私、ルーフの順だ。パールとルーフは、伏せて目を閉じた。アルは、私が出てきた馬車の上にいる。メルを守ってくれているようだ。
「今日は楽しかったよ。こんなに魔法が楽しいと思ったことはない。」
「そうなのですか?」
「魔力はあるのに、力を入れても発動するのは小さな物ばかりだったからね。…兄上は少数派と言われるくらいなのに。」
やっぱり、気にしていたのね…。
「それが、今は力を入れなくてもスムーズにできるんだ。これからは剣の他に魔法も頑張るよ。」
「…それでは、私の仕事がなくなってしまいますね。」
「仕事?」
「魔法でザック様を守る、というやつです。」
「あぁ、前に言っていた…。リーナ、僕は魔法ができるようになっても、君に勝てる気は全くしないよ。それでも、僕は強くなりたい。そして、リーナの傍に居たい。」
「ザック様…。」
「リーナ…。」
ふたりは見つめ合い、顔が近づく。
え?え?これって!?
サリーナは、ギュッと目を閉じた。
チュッ。
アイザックは、サリーナのおでこに軽くキスをする。
「…おでこ。」
「あ…うん。少しずつということで…。」
「そ、そうですよね!」
ザック様の顔が赤い。
きっと、私も…。
…と言うか、デコチューってこんなに恥ずかしいものだったっけ!?
「…」
「…」
か、会話…。
お互いに顔が赤いまま俯き、話が再開しない。すると、それに焦れたように、パールが伏せていた顔をあげた。
「全く…。せっかく寝たふりしたのに、それだけ?」
「「パール!?」」
「おい!」
ルーフも顔をあげる。
「ルーフも!?」
「…」
ルーフは、何も言わずそっぽを向いた。
バツが悪そうだ。
アイザックはパールを撫でながら、声をかけた。
「気を使わせたね。」
「そりゃそうよ。あんだけリーナ、リーナ言っているのに、この旅で二人で話すことがほとんど無いんだもの。」
「ちょ!パール!」
ザック様は、焦ったようにパールの顔を両手で挟む。
「ちょっと、何をするのよ。」
「いや、あの…」
「格好つけてないで、素のほうがリーナも喜ぶわよ。」
「格好つける?」
ザック様は、また顔を真っ赤に染めた。
「…ザック様、可愛いですね。」
「!?」
「私、そんなザック様も好きです。」
「リ、リーナ!?」
「ふふっ。」
「からかわないでくれるかな…。」
「本当の事です。」
「ほらね!」
「パール…。僕だって好きな子の前で格好つけたいんだよ…。」
「ふぅ~ん。」
「でも、今のザック様の方が身近に感じます。」
「ほらね!」
「パール。」
サリーナが、パールを見るとパールは肩をすくめた。
「いや。パールのおかげで、リーナの気持ちが聞けたし、……キスもできたし。」
「ザック様!?」
「そうそう!素直が一番よ~。」
パールが横で頷いている。
「もう…。」
「ははは。あ、そろそろ、交代の時間かな。ロンドさんを起こさなきゃ。」
ザック様は内ポケットから懐中時計を出した。それは、婚約の印として私が贈ったものだった。
「使ってくださっているのですね。」
「もちろん。…リーナもつけてくれているんだね。」
私の指には、ザック様が約束通り贈ってくれたダイヤの婚約指輪が光っている。
「昼間は無かったから、ちょっと気にしていた。」
「料理もしましたし、魔法が初めてでしたので、指輪に傷をつけるのは嫌ですし、念の為外しておりました。」
「そっか。石が邪魔になってしまうか…。あ、だから結婚指輪もあって、シンプルな物なのか!聞いてはいたけど、今実感したよ。」
「ふふふっ。そうですか。」
「結婚指輪はふたりでつける物だったよね?えーと、結婚前に一緒に見に行こう。」
「まだ先ですね。」
「そうだけど、約束。」
「はい。約束ですね。」
私達は微笑み合い、穏やかな空気が流れた。
ゴホン。
咳払いが聞こえて振り返ると、そこにはロンドがいた。
「おふたりで過ごされている所申し訳ございませんが、私の時間になりましたので、声をかけさせて頂きました。もし、まだお話があるようでしたら、ここは私が見ておりますので、夜の散歩でも行かれますか?」
私達は顔を見合わせる。
「「少しだけ…。」」
私達は、護衛としてパールとルーフに付いてきてもらい、散歩にでかけた。
私達は、森の中を歩く。
只々、歩く。
どこまで行くのかな?
と思っていたら、ザック様が立ち止まった。
「ザック様?」
「…ごめん。」
「はい?」
「改めて時間ができたのに、何を話せばいいか…。」
「そうですね。私もです。……手紙のやり取りをしていた時は、1日にあった事や今している事などを話していましたよね?」
「そうだね。」
「では今も、思っている事や、したい事を話してみましょうか。」
「今、思っている事…。」
「はい。」
「リーナが可愛い。横に並んで歩いているだけで幸せ。」
「!?」
サリーナの顔は一気に赤くなる。
「手を繋いでもいいかな?」
「は、はい!どうぞ…。」
サリーナは、顔を赤くしたまま手を差し出す。アイザックは、優しくその手を取った。
「リーナは?」
「はい?」
「今、思っている事。」
「ど、ドキドキしていて、今は何も…。」
「そう。」
「すみません。」
「いや、謝ることでは…」
その時、何かがサリーナの目の前に飛んで来た。
「きゃ!」
思わず避ける。…が、それが頭に止まったのが分かった。
さっきの見た感じと、頭の上の感触からして大きな虫………。
サリーナは、身体を強張らせる。
「ざ、ザック様、私の頭に…」
「そのまま。」
「な、何ですか?」
「リーナは知らない方がいい。今、取るから。」
「お、お願いします!」
「はい。取れたよ。」
「ふぅ…、ありがとうございました。」
一気に身体の力が抜けた。
「本当に、リーナにも苦手な事があるんだね。」
「…当たり前です。」
「なんか、安心したよ。…実は、少し焦っていたんだ。」
「?」
「完璧なリーナに相応しくなるためには、どうすればいいのかばかり考えていた。」
「完璧では…」
「うん。虫の嫌いな普通の女の子だった。」
「…ザック様こそ、苦手な事があるんですか?」
「あるよ。魔法とか…」
「でも、もう苦手ではありませんよね?」
「他にも、堅苦しい行事とか…」
「私は、まだ7歳なので出た事がありませんが、王族は強制参加ですものね。」
「そうなんだよね…。」
国の行事は、7年生から参加が許可される。自由参加ではあるが、付き合いがある為、ほとんどの貴族は参加する事になる。そして、王族は他の貴族とは違い、学校へ入学した年から強制参加だ。
「でも、パールが来てくれてから、少しは気が楽かな。」
「そうなのですか?」
「うん。煩わしい挨拶回りが楽になった。」
「挨拶回りが?」
「親が娘を勧めてくる事がなくなった。」
………あ、結婚したい人トップ!
サリーナは、ナンシーの言葉を思い出していた。その為、少しの沈黙ができた。
その沈黙を勘違いしたアイザックは、急いで否定する。
「僕はリーナだけだから!」
「あ、はい。ありがとうございます。」
「…反応が軽くない?」
「えーと、ザック様を疑う要素はありませんので…。」
「?」
「結婚相手として人気がある事は聞いておりましたし、女性に理由なく近づくことがないとも…。」
「誰がそんな事を?」
「ナンシー様です。入学当初、何も知らない私に教えてくれました。」
「そう。」
「それに今、ザック様はご自分で『煩わしい』と話してくださいました。」
「そっか。」
その時、パールが足元にすり寄ってきた。
あたかも、私も忘れないでと言うようだった。
「パールもいますしね。」
サリーナは、パールに向かって微笑んだ。
「まかせて!」
元気な返事が聞こえる。
「しかし、パールに監視させているようで、少し気が引けますが…。」
その言葉でパールが静かにアイザックを見る。
「監視?…考えたことなかった。リーナとの繋がりができて嬉しかったし、パールのアドバイスもありがたい。良い事しかないよ。」
「それならいいのですが…。ん?アドバイス?」
「……あ、結構な時間だね。戻ろうか。」
ザック様は、わざとらしく懐中時計を出し確認する。
嘘とか隠し事も苦手なようね。
パールのアドバイスも悪いことではないだろうし、知らないままでいましょうか。
「ふふっ。はい、戻りましょう。」
私達は手を繋いだまま、元いた場所へ戻った。
◇
戻ってきたサリーナとアイザックを迎えたのは、メルだった。
私達の姿を見るや、速歩きで近づいてくる。
「サリーナ様、アイザック殿下。おかえりなさいませ。」
「ただいま。」
火の近くでは、苦笑いしているロンドが見える。
ん?なに?
「サリーナ様、心配いたしました。」
「ごめんなさい。メルはよく寝ていたし、ロンドも知っているから大丈夫だと思ったの。それにひとりで出かけたわけではないわよ?」
「だからこそです!」
「「?」」
私とザック様は、顔を見合わせる。
「メル、どういうこと?」
「アイザック殿下は信用おける方です。しかし、男性に変わりはございません!もし、万が一、可愛いサリーナ様を目の前に理性を失って、無体を働くなんてことも!」
「「え!?」」
「何ですか?その反応!…まさか!?」
「いやいや、何もしていない…こともないか?」
「やはり!」
「ザック様、混乱しますから余計なことは…。メルも落ち着いて。」
「私の可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛いサリーナ様が…。」
メルが頭を抱える。
私の?
それに、可愛いが多くない?
メルはどうしてしまったの?
私は、ちらりとロンドを見る。
ロンドは溜息をついて、メルに静かに声をかけた。
「メル。全てが駄々漏れだが、良いのか?」
「え?」
ロンドの声が聞こえたのだろう。メルは、目を見開きこちらを見た。
「ゴホン。…し、失礼いたしました。」
メルは何も無かったように、凛とした立ち姿を取る。
いつものメル…なのかな?
私たちは、ロンドに近づき小声で聞いた。
「どういうことかしら?」
「メルは病気か?」
ルーフまでそんなことを言い出した。
「サリーナ様が、大好きだということでございます。」
「それでは、説明が足りないような気がするわ…。」
「サリーナ様。」
「はい!」
後ろからメルに呼ばれて、思わず声が大きくなる。
「そろそろ遅い時間でございます。馬車に入りましょう。」
「分かったわ。」
そこで、サリーナはアイザックと手を繋いだままな事に気がつき、アイザックをみた。
「リーナ、おやすみ。」
「おやすみなさい、ザック様。パールもおやすみ。ルーフも行きましょう。」
ふたりは、そっと手を離すと、サリーナは、メルと馬車へ入っていった。
「騒がしかったですね。」
「公爵。」
サリーナがいなくなって、すぐにジャックがテントから出てきた。
「旦那様、起こしてしまいましたか。失礼いたしました。」
「メルの声のようだったが?」
「はい。アイザック殿下とサリーナ様の夜のデートに興奮したようです。」
「何!?リーナは眠ったのではなかったのか?」
「僕が火の番をしていた時に、寝付けないと起きてきました。」
「そ、そうですか。………あの。」
「はい?」
「いえ、何でもございません。」
「?」
「旦那様も何かあったのでは、と心配しているのですよ…。」
「ロンド!」
「アイザック殿下。父親というものは、娘が大事で仕方ないのでございます。そして使用人達はサリーナ様のことが大好きです。メル等は異常とも…ゴホン…とにかく、覚悟なさっていた方がよろしいかと思います。」
「覚悟?」
「そのうち分かります。」
「ロンド、お前はどちらの執事だ?」
「サリーナ様の気を煩わせることが、無いようにしているまでです。」
「私よりもリーナか…。」
「主は旦那さまでございますが、サリーナ様には嫌われたくございません。」
「リーナに嫌われる!?」
「あまりに心配しすぎると、そのような事もあるかと。」
「リーナはそんな事で嫌わないと思いますが…。」
「そうですよね!アイザック殿下、分かっていますね。ロンドは考えすぎだよ。」
「それなら良いですが、旦那様は家族に対して少し…。」
「少し?」
「アホでございますから。」
「アホ!?」
そんなこんなで時間が過ぎていった。




