湖底の神殿
ヌッちゃんと息をぴったり合わせながら、もんのすごく頑張って扉を開けた。
今まで生きてきて開けた物の中で、圧倒的に重くて、断トツに開けにくかった。
扉の向こう側から風が吹いてくることも、扉を開けるのを余計難しくした。
ギギーーッという嫌な音が何度も出たが、私はそれに耐えながら、頑張って何度も扉を押した。
私一人では決して開けられなかっただろうと思った。
その音は聞けば聞くほど、私の頭の中で記憶の扉が閉まっていく音に似ていた。
まるで、この扉と全く同じ扉が自分の頭の中にもう一つあるのではないかと本気で思うくらいだった。
更には、もしかしたら私達は今、私の頭の中にいるのではないかという、訳の分からない考えまで浮かんでくるほどだった。
「ヒエーーー! 一応予想はしてたけど、なんて重くてかったい扉なのよ〜
あたしとリッちゃんの、か弱いペアで開けられるのかしら? あーん、ステラっちも手伝ってよ〜」
ヌッちゃんが情けない声を出した途端、ステラが猛然とヌッちゃんのお尻を自分の頭で押し始めた。
「キヤアーーー! ステラっち、な、なにすんのよ〜!
ん? でもなんか、めっちゃ力が出てくるわ!
この勢いで、ひらいちゃえ、扉〜
ウオーーーーー」
ヌッちゃんからこれまで聞いたことのない野太い声が出た。
すると、扉が今までよりも断然開きそうになった。
グラグラしている。
私もヌッちゃんを見習って、野太い声を出して扉を押した。
そうして頑張っているうちに、錆び付いた、古い巨大な扉はひらいた。
開かれた扉の先にあったのは、とても不思議な正六角柱型の空間だった。
その空間は、部屋と呼ぶにはやや広く、思いつく中では、神殿、というのが一番この空間を表現するのに適している気がした。
その空間は、私達が今開けた両開きの扉と、それと同じサイズの五枚のとても大きなステンドグラス、そして天井の正六角形のステンドグラスに囲まれていた。
つまりこの正六角柱型の空間は、扉の面以外は全ての面がステンドグラスなのだ。
そして、驚くことにステンドグラスの向こう側は、水で満たされていた。
この空間への光の差し込み方が、地上とは明確に違うのだ。
空気の中を進むよりもっとゆったりとした進み方でによって、光がこの空間へと到達したことが感じられる。
ゆらゆら揺れる、おっとりとした光がこの空間に降り注いでいた。
そのせいか、時間の進みも地上よりゆったりしている気がした。
「なんだかものすごい場所を発見しちゃったみたいね、あたし達……本当に大冒険じゃないの!
きっとここ、キノル湖の底ね。光が真上からさしてるし、天井のステンドグラスに貝みたいな、岩石みたいなのがちょこちょこ乗っかってるし。
キノル湖の湖底に、こんな所があったなんて……
おったまげ〜!」
ヌッちゃんが言った。
その口からは、またもや驚きのヨダレが出ていた。
「うん。そうだね。
でもヌッちゃん、ステンドグラスって、こんな強度がある物だったっけ?
私も良く知ってるわけじゃないけど、海や湖って深くなればなるほど、物凄い水圧がかかるんでしょ?
ガラスなんてすぐにパリンしちゃいそうだけど」
「言われてみれば、そうよねー!
あたしが知る限り、そこまでの強度を持ったガラスなんて存在しないはずだけど……
ま、この世界には不思議なことがいーっぱいだから、そんなこともあるってくらいに思っておきましょ!
だって、実際ここにあるんだもんね〜」
「確かに、そうだね。
この世界は不思議なことだらけだなー。
それにしても、綺麗なステンドグラスだね。
一体なんの絵なんだろうね」
「……そうね。なんの絵なのかしらね」
私はステンドグラスを見つめた。
ステンドグラスは一枚一枚、違う絵柄だった。
色合いや、雰囲気もバラバラだった。
まず、扉の左隣に接しているステンドグラスは、赤と青が絶妙なバランスで混じり合ったような、不思議な絵柄だった。
私はなんとなくその赤と青は、火と水、を表していると感じた。
火と水が、睦み合うようにして混じり合うその様子は、なんだか乙女チックな表現であるが、火と水が愛し合っている風景のように私には見えた。
その隣に接するのは、緑色がその大部分を占めるステンドグラスだった。
おそらくその緑色は、緑の大地を表していた。
そして、緑色の中に沢山の何かが所狭しと描かれている。
近付いて良く見ると、それは人間や動物のように見えた。
しかし奇妙なことに、描かれている人間には角が生えていた。
山に住むヤギが持つようなクルリとした角が、両耳の上から生えている。
動物も、現実の動物とは似てはいるものの、良く見ると皆少しずつ違っていた。
例えば、羊のような動物には羽根が生えていた。
だが、姿は違っても、人間も動物も緑の上で笑いあっていて、見ているこちらの心を和ませるような、のどかで平和な風景だった。
しかし、その隣の、扉の真正面に位置するステンドグラスの絵柄は、平和でのどかな風景とはかけ離れたものだった。
そのステンドグラスには、大きな火山が噴火している風景が描かれていた。
大きな火山は黒い噴煙を上げ、火口からは真っ赤な溶岩が流れ出て、緑の大地や、角の生えた人間達や動物達、そして人間達が住む大きな街をのみ込んでいた。
とても恐ろしく残酷だけれど、ある種の雄大な風景だった。
次のステンドグラスに描かれた模様には見覚えがあった。
それは、隠し部屋の石の扉に彫られた模様と全く同じものだった。
真ん中に大きな円があり、そこからその円を囲むように位置している十数個の円へと直線が伸びている。
そしてその幾何学的な模様の周りには、カラフルおケツちゃんと思われる数羽の鳥が、自らを誇るように羽根を大きく広げる様子が描かれていた。
これまでのステンドグラスとは、どこか趣向の違う絵柄だと思った。
そして一番最後の、扉の右側に接しているステンドグラスには、たくさんの娘達が描かれていた。
背景は美しいエメラルドグリーンだった。
イハの海のエメラルドグリーンと何もかも全く同じ、エメラルドグリーンだ。
それは、海の中のようにも見えたが、空の上のようにも見えた。
娘達はそのエメラルドグリーンの中のあちらこちらで、眠ったり、踊ったり、歌ったりしている。
何人かはヴェネラ貝を持ち、それで遊んでいる。
娘達の表情は皆気ままで、自由で、心から楽しそうだった。
しかし、どの娘達も、その顔や体がところどころ焼けただれていた。
少ししか焼かれていない娘もいれば、ひどく焼かれている娘もいた。
眠っている娘達の顔や体は、特にひどく焼けただれているようだった。
眠る娘達は、ヴェネラ貝の貝殻の中で真珠のように眠っていた。
そして娘達を守るように、あの一角の海蛇と思われる存在が、娘達の周りを自らの巨大な体でグルリと囲んでいた。
そして最後に天井のステンドグラスを見た。
そこには、星が描かれていた。
何個かの、大きさの違う星々が、意図的に配置されている。
この星の並びを知っていた。
これは、双角海蛇座の星の並びだ。
この星々を正しい順番で結べば、立派な二つの角を持つという伝説の海蛇が現れる。
神の眷属とされる双角の海蛇が、その姿を現すのだ。




