エリオットへの別れの言葉
私はステラが鳴き示した場所、つまり祭壇の上を見た。
祭壇の上には、あの短い棒を横に、長い棒を縦に組み合わせた何かのシンボルのような像と、パンと、果実酒が置かれている。
そしてステラは次に隠し部屋のあちらこちらに置かれた、中に白い蝋燭が立てられた銀の燭台を見て、メーッと鳴いた。
そのつぶらで可愛い目で、私に何かを一生懸命伝えようとしている。
「ステラ、この蝋燭をどうにかすれば良いの?」
「メメッッ!」
私は自分から一番近くにあった、壁にかけられた銀の燭台を取りに行った。
何歩か歩き、手を伸ばして銀の燭台の取手を掴み、壁から外した。
するとステラは私の服の端をくわえ、祭壇の前へと引っ張っていった。
「メメー」
ステラは再び祭壇の上を見ながら鳴いた。
「ステラ、祭壇の上で蝋燭に火を灯せば良いの?」
「メッ、メッ」
ステラは祭壇の上の像を見つめてから、私の方を向き、何か伝えたそうに鳴いた。
「この像の前で火を灯せば良いの?」
「メー!!」
やった、正解したようだ。
私は像の前に銀の燭台を置いた。
そしてベッドの横に置かれた簡素な物入れへと歩いて行ってそこからマッチを取り出した。
その間、ステラは祭壇の下のヌッちゃんに羊語で何かを伝えていた。
ヌッちゃんはまたしてもステラの言葉を理解したようで、「了解〜」と言いながら祭壇の下からエッサエッサと這い出て来た。
私はマッチを持って祭壇の前に立った。
石の扉はドォン、ドォンというような音を鳴らしながら大きく揺れている。
まるで扉の向こう側から何本もの太い丸太で強く突かれているような音だ。
おそらくもう時間は無い。
この守られた隠し部屋の結界を破る力が、今のエリオット、もしくはあの蔓、または私を呼ぶ燃えるような声にはあるのだ。
とてつもなく強い守りの力を、上回る力が。
「さあリッちゃん、マッチで火、つけちゃって!」
わたしはマッチをマッチ箱にこすり付けて火をつけると、像の前に置いた銀の燭台に火を灯した。
火は燭台の蝋燭へと勢いよく灯り、像を照らし上げた。
そして祭壇の後ろの石の壁に、照らされた像の影が大きく浮かび上がった。
短い棒が横に、長い棒が縦に組み合わされたその形は、壁いっぱいに広がっていった。
そして天井にまで届いた。
まるで隠し部屋全体を包み込もうとするように、その形は大きく大きく広がった。
すると、あのギギギギギギギという音がピタリと止まった。
そして、ギギギーーーーーーーーという死にかけたセミが発するような音が鳴り始めた。
それは断末魔のような、ひどく苦しそうな音だった。
同時に、石の扉が大きく揺れる音も止まった。
ステラに教えてもらってした今のこの行動が、なんらかの影響を及ぼしたようだ。
「リ、リシュリー……リシュ……リー」
しかし、私を呼ぶ声は止まらなかった。
苦しそうな声ではあるものの、私を呼び続けている。
その声の様子から察するに、きっと何らかの影響はあったのだろうが、声を止めるまではいかなかったようだ。
しかし、とりあえず石の扉が破られることは少しの間は無さそうだ。良かった。
「すごい! あの音が止んだ。
教えてくれてありがとう、ステラ」
「まじ!? すごーい、ステラっち! 物知り!
……ん? いや、もっと早く教えてくれても良かったんじゃない? ステラっち〜」
「ンッメエ」
ステラはヌッちゃんを見て、若干馬鹿にした感じで鳴いた。
「おやまっ? 今あたし馬鹿にされた?
全てのことには意味があるのよ、って上からな感じで言われた気がするわ!
あらっ、やっぱりあたし、羊語わかっちゃってる! 理解しちゃってる!
あたしが羊語辞典作っちゃおうかしらっ」
「メーッ」
小声でまくし立てるヌッちゃんと私の方を見て、ステラが鳴いた。
「ん? 祭壇の方を見ろ、ですって?」
ヌッちゃんがそう言った途端、ゴゴーッという、何かが開くような音がした。
その音は、祭壇の下から聞こえてきたような気がした。
私はかがみ込み、祭壇の下を見た。
そうしたら、なんと、祭壇の下に今までは無かったはずの穴があいていた。
「ヌッちゃん、祭壇の下に穴があいている」
「えっ! 見せて見せて」
ヌッちゃんは私の横に来て、私と同じようにかがみ込んで祭壇の下を見た。
「あら! 穴があいてるわ!
マジー!? 隠し部屋に、隠し穴?
ってか、ジャイム様、なんでこのことあたしに教えてくれてないわけ〜」
「メーッ、メーッ」
ステラがかがむヌッちゃんのお尻を頭でグイグイ押した。
ヌッちゃんはバランスを崩してドテっと転んだ。
「ちょ、どしたのステラっち。
ふむ? 早く穴に入れ?
ま、でもきっとそのための隠し穴なのよね。
そうと決まれば、おレッツ〜!
リッちゃん、まずあたしが入るわね。
大丈夫そうだったら呼ぶから、入ってきてオッケーよ」
ヌッちゃんはそう言うと、ほふく前進で祭壇の下に入って行った。
そして、「ソイヤッ!」というような、自分自身に気合いを入れるような声が聞こえてきた。
「リッちゃーん、大丈夫よん!
穴に入ってきて〜! ちょっとカビ臭いけど」
気合いを入れる声が聞こえてきてからすぐ、ヌッちゃんが私へとそう伝える声が聞こえてきた。
声が反響している。
それほど大きな穴なのだろうか。
それとも、あの穴はどこかへと続いているのだろうか。
「分かった。今から行くから待ってて」
私はヌッちゃんが呼ぶ方へとすぐ進もうとした。
しかし、足を踏み出しかけて、止めた。
そして石の扉の方を見た。
「……リ、シュリー」
あの声は、まだ私を呼び続けている。
……ダメだ。そう思った。
私は意を決して、石の扉の方へと歩いて行った。
足は震え、心は恐れで満ちていた。
もしかすると今からしようとしていることは、とても残酷なことなのかもしれない。
カインが夢の中で言っていたように、私は本当は非常に残酷な人間なのかもしれない。
しかし、このまま行ってしまうことは、いけないことだと思った。
エリオットに何も伝えず行ってしまうのは、ダメだと思った。
ステラが私の様子をじっと見ているのを感じた。
石の扉の前に立つと、私は出来る限り気持ちを強く持って、自分が出しうる最大のしっかりとした強い声を出した。
「私は、あなたの呼ばいには決して答えない。
私は、あなたに決して私の何も取らせない。
私は、あなたを決して私の領域に侵入させない」
「………………………」
声がやんだ。
「でもね、エリオット。
エリオットが私の大切な幼馴染みだということに変わりはないよ。
私がエリオットを大事に思うこの気持ちは、何によっても変えることは出来ない。
その蔓にも、朱いアザにも、呼ぶ声によっても。
私達がシエラとカインだった頃の悲しい記憶によっても。
私のこの気持ちは絶対変わらない。
きっと、しばらく会えなくなる。
でも、きっと帰ってくるから。
シエラの悲しみに決着をつけて、自分の中にいるシエラを癒してくる。
私がこの世界に本当に生まれることが出来ていない原因の一つに、シエラの悲しみが消化されていないことがあるんだと思う。
無理矢理生まれさせられたとかもあるかもしれないけど、シエラの悲しみについてどうしても気になるの。
多分、この悲しみが力を持ち続ける限り、シエラも私の中で生き続けているんだと思う。
私が私として本当にこの世界に生まれて来るためには、シエラをちゃんと私の中に吸収しなければいけない気がするの。
それはとっても難しいことかもしれないけど、私なりに頑張ってみる。
私はエリオットやみんなと過ごしたこの世界が大好きで、この世界に本当に生まれたいと思うから。
じゃあ、行ってくるね」




