揺れる扉
石の扉は、かなりの重量があるはずだった。
この重い扉をすんなりと開けるには腕の力の使い方と慣れのようなものが必要だと、初めて扉を開けた時に感じたのだ。
私は目の前の石の扉を見た。
カタカタ、カタカタと地震の最初の揺れのように小刻みに揺れている。
とても重いものがこんな風に揺れるのだろうか。
ふと、違和感を感じた。
良くは分からないが、昨日の地震の時はこの石の扉は少しも動いていなかった。
この揺れ方は何かがおかしい。
エリオット一人が扉の向こう側から押して揺らしているというような力のかかり方ではない気がする。
一人が強く力をかけているというよりも、無数の小さな何かが、それぞれ別々に扉を開けようと揺らしているような、分散した力のかかかり方だ。
そうでなければ、こんな揺れ方はしないはずだ。
私はたじろぎ、一歩下がった。
ステラが心配そうに私の顔を見上げている。
長いまつ毛を揺らして私を見ていた。
ステラの顔を見たら恐怖が少しだけ消えた。
私はステラの頭を撫でた。
私は前を向いた、
よく見ると石の扉には彫刻がされていた。
それは幾何学模様のような、何かのシンボルのような彫刻で、見ていると不思議な気持ちになった。
扉の中心に大きな円があり、そこから十本より少し多いくらいの直線が等間隔に伸びている。
直線の先には中心にあるものより少し小さな円があった。
なんとなく、星座のようにも見える。
きっとこれは守りのシンボルのようなものだという気がする。
なんらかのまじないが施されている気がする。
少なくともただの模様ではないだろう。
これが隠し部屋を守ってくれるはずだ。
揺れ続ける扉を見ながら、決してこの扉は破られない、と少し強引に信じた。
「リシュリー、扉を開けて!
扉を開けてよ!!
僕をそちら側に入れて!」
エリオットはずっと同じような言葉を繰り返し叫んでいた。
一言一言言葉が積み重なるごとに、扉の向こうに感じる炎の気配の勢いも強くなっている。
「開けて! 扉を開けて!!」
その時グッ、と左手の薬指が痛んだ。
何かに強く締め付けられた時の痛みだ。
左手薬指を見ると、朱いアザが鮮やかに発色していた。
まるでそこだけ別の血が通っているかのように、朱くなっている。
そして、朱いアザが手首の方へと何センチか伸びた。
伸びたのはほんの少しだけだったが、恐怖と気持ち悪さで鳥肌が立った。
マズい、と思ってその場所を右手で押さえる。
なんの意味も無いとは分かっていたが、そうせずにはいられなかった。
ふと顔を上げた。
すると、前には見えなかったものが見えていた。
石の扉の向こう側に、無数の蔓が張り付き、蠢いている。
しかし、すぐそれがおかしなことだと気が付いた。
当たり前だが、扉の向こう側なんて普通なら見えるはずがない。
普通なら、扉のこちら側しか見えるはずはないのだ。
しかし、見えている。
扉のこちら側が普通に見えていると同時に、扉の向こう側にはびこる蔓も見えている。
石の扉が半透明になっているようなイメージだ。
扉の向こう側の全てが見えるわけではなく、ただ蔓のみが見える。
私に見えるその蔓は、もう透明や半透明ではなかった。
今見えているのがおそらく、あの蔓の完全な姿なのだ。
その蔓は赤みがかかった緑色で、トゲのようなものがたくさん、びっしりと生えていた。
グロテスクな姿ではあるが、どことなく見る者を魅了するような美しさもある。
悪魔的な美しさという感じだ。
なんとなく、ドラペトリア蔓に似ていると思った。
ドラペトリア蔓にはトゲは生えていなかった気がするが、くるくるとした触手の様子はそっくりだった。
蔓はなんとかして石の扉を開けようと、必死に扉中を這い回り、触手を動かしている。
石の扉のほんの少しの隙間を探しているようだ。
この石の扉は決して開かないと信じてはいるが、その様子が実際に見えてしまうと、不安が押し寄せてきた。
「エリオット、やめて。
きっとみんなエリオットのことを心配してるよ。
今日は家に帰って。
今エリオットに何を言われても、何をされても、私はこの扉を開けることは無い」
「嫌だ! リシュリーを連れて帰るまでここから動かない。
それに……もうあそこは僕の家じゃない。
あの女が居る場所は、僕の家じゃない。
リシュリーと一緒に帰る場所だけが、僕の家なんだ。
僕はもう二度と間違いは犯さない。
その為に何が必要か、やっと分かったんだ。
それは、リシュリーと僕、たった二人だけでいることだ。
ずっとずっと、二人だけでいれば良かったんだ。
他には誰もいらない。
そうすれば、もう二度と過ちなんて起こらない。
僕達が離れ離れになることなんて、二度と起こらない。
誰も僕らを引き裂けない」
「……それは、違うよエリオット。
……あの時、カインはティハナ様を選んだ。
それが全てなんじゃないかな。
もし他にどんな素敵な誰かが現れたとしても、それでもずっと一緒にいられるのが本当に愛し合う二人なんじゃないかな。
それが出来なかったってことは、カインとシエラの愛は、結局その程度だったってことなんじゃないかな」
自分でそう言いながら、とても辛くなった。
この言葉は、カインがシエラではなくティハナ様を選んだことを再確認する言葉だからだ。
「だから、エリオット、今日は」
今日は帰って、と言おうとした
しかし、全てを言うことは出来なかった。
石の扉の向こう側から耳をつんざくような音が聞こえてきたのだ。
それは、声ではなく、音だった。
「ギギギギギギギギギギギギギギギギギギギ」
とても、嫌な音だ。
学び舎の黒板を男の子達がふざけて爪で引っ掻いた時に出た音と似ていた。
その時も生理的にウッ、となった。
体が受け付けない音だ。
この音は、一体何の音なのだ。
エリオットが扉を引っ掻いているのだろうか。
あの蔓の発する音だろうか。
それとも……
私は、自分の左手の薬指を見た。




