対峙
「リシュリー、この扉を開けて。
お願いだから、扉を開けて」
エリオットの声で我に返った。
リシュリー・アルコとしての我へと。
そして今思い出したシエラの記憶が自分自身が過去に実際に体験したものとして、今のリシュリー・アルコとしての自分の中へと吸収されていくのを感じた。
客観的な視点で見ていた記憶の映像が、主観的に体験した過去の出来事へと変わっていった。
すると、あの時シエラだった自分が感じていた気持ちや感覚を、自分が得たものとして思い出すことが出来るようになった。
読んでいた本の登場人物と自分自身の感覚が同期されていくような不思議な体験だった。
そうだ、あの時も私は本当に辛い気持ちだった。
今と同じくらい辛かった。
自分の部屋の扉を閉めて、カインとはもう二度と遊ばないと決めた時、まだ小さな子供ながらに身を切られるような痛みを感じた。
出来るならカインをあんな風に拒んだりすることは、絶対したくなかった。
カインを傷つけるようなことは本当なら絶対したくないのに、とシエラだった私は思っていた。
なぜだか知らないけれど、シエラだった時、私はカインにとても甘いというか、優しすぎるところがあった。
それを、シエラがカインに恋していたから、で済ませてしまえばそれまでなのだろうが、それだけでは説明がつかない何かがあった気がした。
それに、あの時はまだカインはシエラにとっては単なる仲の良い友達であり、恋心はまだ抱いていなかったと思う。
今の記憶で聞いた子供時代のカインの声は、子供の頃のエリオットの声とそっくりだった。
本当ならば私も、エリオットを傷つけることなんてしたくなかった。
だからこれまで同じようなシチュエーションに置かれた時、扉を閉め続けて、エリオットを締め出し続けることに耐えられたことは一度たりとてなかった。
シエラがあの時カイン対して持っていたような甘さは、私もエリオットに対して持っているのだった。
しかし、今の私は知っている。
今思い出した記憶の出来事からおそらく数年後に、カインがシエラを手酷く裏切り、シエラを壊すことを。
その事を思った。
そして、それによって沸き出てくる怒りを使えば、なんとかエリオットを扉の外に締め出し続けることが出来る気がした。
今までは一度も成功したことがないそれを、することが出来る気がする。
カインに対する怒りと嫌悪、忌避の念は私の中にあるシエラの部分に深く刻まれており、そのエネルギーはとてつもなく強く、それだけで一日中動き続けることすら出来そうだった。
「リシュリー、扉を開けて。
扉を開けてよ!」
バンッ、バンッ、と石の扉が叩かれた。
ぼんやりとしたエリオットの声が、にわかに荒ぶり始めた。
「扉を開けて! お願いだから扉を開けてよ……!!
リシュリー!」
私は目をつぶり、両手で両耳を塞ぎ、何も見ないように聞こえないようにしようとした。
しかしそうしていてもエリオットが発する音と気配はもちろん消えることなど無く、更に大きくなっていく。
こうしていても、拉致があかない。
なんの解決にもならない。
こんなことをしていては、だめだ。
「ヌッちゃん、私、エリオットと話してみるね。
ここでこうしていても、なんにもならないし」
「え!? ちょっとお! 大丈夫なの!?
今のエリオット氏には話が通じるとは思えないわ。
ここで助けが来るまでじっとしていた方がいいんでない?
じっとしていれば、少なくともジャイム様は帰ってくるわ」
「確かに今のエリオットは話が通じる状態じゃ無いかもしれない……
ジャイム様に任せる方が正しいのかもしれない。
でも、扉を開けることは出来ないということを、私が直接、私の言葉によってエリオットに伝えなくちゃいけない気がするの。
これまでずっとそれが出来なかったから。カインに対しても。
今こそそれをする時だって気がする」
「うん? んー、きっとなんだか深い理由があるのね。
リッちゃんがそうしなきゃっていうなら、そうすべし! そうと決まればレッツレッツ!」
ヌッちゃんは私の背中を三往復くらいさすった後、一回バンッと強く背中を叩いて押し出してくれた。
私は祭壇の下から出て、石の扉の前へと歩いていった。
ステラも一緒に祭壇の下から出てきてくれて、私の横にぴたりと寄り添ってくれた。
「エリオット」
声を上手く出すことが出来なかった。
それが恐れのためか、緊張のためかは自分でもよく分からなかった。
「リシュリー……! リシュリー!
そこにいるんだね、リシュリー。
扉を開けてくれるんだね!
早く扉を開けて。
早くリシュリーの顔が見たい。
リシュリー、扉を開けて早く顔を見せて。
早く会いたいよ」
エリオットの声はまだふわふわとしていたが、強い喜びに満たされていた。
しかし、伝えなければならない。
扉を開けることは出来ないと、私自身が私の言葉で伝えなければいけない。
私の言葉で伝えるということは、私の魂からの真の気持ちを言葉に込めなければならないことだ。
「エリオット、あのね。
あのね、この扉を開けることは出来ない」
「え……………………」
「エリオット、エリオットのことが嫌いになったんじゃないよ。これは本当に本当だよ。
だけど、エリオットがカインだったことを知ってしまった以上、これまでみたいに無邪気にエリオットと過ごすことはどうしても出来ない。
今のエリオットがエリオットだっていうことは勿論分かってる。
だけど、エリオットがカインだったと思うと、今とてもエリオットが怖いの。
シエラがカインから受けた傷を私が消化するまでこの恐怖は消えないと思う。
私、これからなんとかしてシエラの悲しみを消化して、分解して、吸収しようと思ってる。
きっとそれが出来た時、またエリオットと一緒に過ごせるようになる。
魂の婚約とか血楔病とかそんなの関係無しに、ただのリシュリーとエリオットとして仲良く過ごせると思ってる。
だから、今はまだ、この扉を開けることは出来ない。
どうしても、扉を開けることは出来ないの」
言えた。
声は震えまくった上、ものすごく長くなってしまったが、言えた。
心も震えていた。
ずっと出来なかったことがやっと出来た、そんな心の底から湧き出てきた不思議な喜びによる震えだった。
「……………………
…………嫌だ
そんなの嫌だ!
僕は……リシュリーともうこれ以上離れているなんて、一秒だって耐えられない……
やっと、やっと会えたんだ……もう二度と離れるもんか!
決して離れるもんか!!
この扉を開けて!!」
扉の向こうのエリオットの気配が、燃え盛るように強くなった。
が扉の向こうで激しい火事が起きているのではないかと錯覚するくらい、大きな炎の気配を感じた。
そして、石の扉がガタガタと揺れ始めた。




