ザワザワした感覚の正体
夢の中で、私は自分の左手の薬指を見つめていた。
その朱いアザは、夢の中でも現実と全く変わらない様子でそこにあった。
まるで指輪のように、もしくは蔓が絡むように、左手薬指の根本に巻きついている。
朱いアザがニョロニョロと動いた。
この夢の中においても隠し部屋の守りの力が働いているのか、それはただ動くのみであって、新たに他の場所に侵食することは出来ないようだった。
しかし、それは私の心臓になんとしてでも到達しようとしていた。
朱いアザは確かに明確な意志を持っている。
そう強く感じた。
ここは夢の中だから、現実よりも第六感が働きやすいのだろうか。
朱いアザを見ていると、ザワザワとしたあの感覚を感じた。
そしてザワザワとした感覚の強弱や動きが、朱いアザの動きと一致していることに気が付いた。
これだったのか。
幼い頃から感じていたザワザワとした感覚は、これが私に巻き付き、侵食していく時の感覚だったのか。
長年の疑問に答えが出て、夢の中であるにも関わらず、すっきりした気持ちになった。
だが、シルビアちゃんがエリオットに口付けをするまで、目には見えないが、もっと多くのこの蔓のようなものに絡み付かれていた気がする。
それは皮膚の上においてではなく、もっと深いところを侵食し続けていたのだろう。
魂や精神や生命力の源泉といった、存在の深奥部を侵食され続けていたのだ。
そう思うとゾッとした。
エリオットは、これについても知っているのだろうか。
おそらくこれを私に絡み付けさせているのはエリオットなのだろうが、意識的にやっているのか無意識的にやっているのかは謎だ。
しかし、エリオットはこんなおぞましいものをコントロールする力まで持っていたのだろうか。
カインの前世や、今日見たような狂気と共に、エリオットはその力も隠していたのだろうか。
なんとなく、そうではない気がした。
これは、エリオットと深い繋がりを持つが、エリオットのコントロール下にはないという気がする。
エリオットに聞いてみなければ、本当のところは分からないが。
そもそも、一体これはなんなのだろう。
前世の魂における約束、つまり禁術の一部なのだろうか。
もしくは、今世において新たに発生した因子によるものなのだろうか。
少しでもその正体を知りたくて、再び朱いアザを見つめた。
朱いアザはもちろんのこと、自分の左手にあるシワの一つ一つまではっきり見える。
なんだかまるで現実のような夢だ。
意識ははっきりしているし、五感も現実と全く変わりがない。
ここが本当に夢の中の世界なのか不安になってきさえする。
しかしその不安はすぐ消えた。
朱いアザが、朱い炎になったのだ。
その朱い炎は大きく燃え上がり、人間の形になった。
そして、人間の形の炎はカインになった。
それがあまりにあっという間だったから、パニックになっている暇も無かった。
「シエラ」
私はギョッとし、反射的に自分の髪を見た。
その髪はいつもの私の白い髪ではなかった。
不思議な色の髪がそこにはあった。
一見赤銅のような色だが、光の加減であらゆる色を内包しているように見える、とてもつややかな髪だった。
そこで気が付いた。今、私はシエラなのだ。
いつからなのかは分からないが、少なくとも外見はシエラなのだ。
それが分かった途端、目の前に居るカインに対する恐れの気持ちが増した。
リシュリー・アルコの姿でいることによってされていた武装が解かれてしまった感じだった。
「カイン、来ないで」
私は後ずさりした。
ものすごい忌避感がわきあがって来た。
それは私が今感じている気持ちというよりは、過去にシエラが所有した感情の記憶が蘇っている感じだった。
カインはそんなことお構いなしに近付いて来る。
朱い瞳と、漆黒の髪を揺らして。
その容貌は相変わらずとても美しかった。
「シエラ」
カインはシエラの言うことなど聞こえないように、近付くのをやめない。
どんどん近付いて来る。
何の感情も持っていないような、もしくは何の感情も読み取れないようなそんな表情をして近付いて来る。
その表情は、ごく稀にエリオットがする表情と全く同じだった。
「こっちへ来ないでってば!」
恐怖のために大声が勝手に出た。
すると、カインは一瞬とても悲しそうな顔をした。
そして、燃え上がった。
カインの体全体が瞬く間に朱い炎に包まれた。
その朱い炎はカインの体の内側から自然に燃え上がったように見えた。
そして、カインは朱い炎に包まれ、焼かれながらも、こちらへ向かって来た。
その姿は、まるで地獄で罰を受け続ける罪人のようで、とても恐ろしかった。
そして、その恐怖がとどめとなり、私の体は動かなくなってしまった。
とうとう、朱い炎に包まれたカインがすぐ目の前にまで来た。
そして炎に包まれたまま、左手を私の頬に伸ばした。
とても、とても嬉しそうな顔をしながら。
しかし頬に触れるまであと数センチというところで、あの燃え尽きてしまった金色の羊の毛のお守りが発していた金色の光が私を再び包んだ。
金色の羊の毛のお守りが最後の力を振り絞り、助けに来てくれたのだと思った。
その金色の光が防壁となり、カインが私の頬に触れることは出来なかった。
カインはその様子を見ると、またあの無表情のような顔になった。
そして私に言った。
「ねえシエラ、本当に残酷なのは一体どちらなんだろうね」
その言葉は、まるで呪詛のようだった。




