死んでも解放されることのない約束
「……もう行ったかな」
「……多分ね。でも、まだここに居た方がいいわ。
戻って来ないとも限らないもの」
「そうだね。っていうか、私まだ物理的に立ち上がれないや。なんだか足に力が入らない」
私とヌッちゃんは互いに力無く言葉を交わした。
どちらの声も、気が抜けてぼんやりしている感じだった。
気力というものが一切こもっていない。
今しがた起きた事への精神的な疲れももちろんあるが、エリオットを助けに行き、その後エリオットから逃げてきた時の肉体的な疲労が今になってどっとやって来ていた。
地面に積もった雪に足を取られながら、ほぼ全速力でアルコの丘を登って下ったのだ。
しかもよく考えたら秘密の花畑ではエリオットと揉み合いになったりもしていた。
そりゃあ疲れる。
どこを見るというわけでもなく目の焦点を遠くに当て、しばらくぼーっとしていた。
すると、それまで大人しく私に背中を撫でられていたステラがむくりと体を起こした。
ステラは私を真正面から見つめた。
ステラの顔は、なんだか、「あんたは良くやったわよ」と私を褒めてくれているような顔だった。
ステラは私の行いを認めてくれているという気がした。
予想以上に大変な目に遭ったが、ステラのその顔を見たら自分の行動は間違いでは無かったと思うことが出来た。
エリオットのあのような一面。
もしかするとあちらこそがエリオットの本性なのかもしれないあの一面を見ても、エリオットがカインであったことを知っても、やはりエリオットに死んで欲しくはなかった。
前のようにエリオットのことを好きかと聞かれれば決してはいそうですとは言えないし、たった今自分自身が持つエリオットに対する感情がどのようなものかを自分でも捉えることが出来ない。
しかし。
エリオットが生きていて良かった。
エリオットを助けられて良かった。
それだけは間違いなくそう思う。
なんとなく元気が出て、ステラの可愛いピンクの鼻の上をこちょこちょ撫でた。
ステラはまんざらでもなさそうで、気持ち良いのか口が自然と開いていた。
すると、石の扉の向こうから炉床の扉が開く音がした。
そして、隠し部屋へと続く階段を降りる足音がしてきた。
ヌッちゃんと私は、祭壇の下から顔を少しだけ出して扉の方を見た。
石の扉が開き、案の定ジャイム様が隠し部屋へと入ってきた。
「リシュリーちゃん。
エリオットは兄達に連れられ帰って行った。
もう大丈夫だ。そんな狭い所に皆で詰まっているのは窮屈だっただろう。出ておいで」
私達は祭壇の下から出た。
ステラはすぐにジャイム様に近寄り、足にスリスリしていた。「怖かったのよ、あたし」といった感じだった。
「ジャイム様、ごめんなさい。
言いつけを破って家の外に出た上に、エリオットに居場所がバレちゃった。
迷惑ばっかり掛けて本当にごめんなさい」
「謝らないでくれ、リシュリーちゃん。
リシュリーちゃんが覚悟を持ってやったことだ。
それで良かったのだ」
「ジャイム様、エリオット氏はどんな様子でした?」
「何かに取り憑かれているようだった。
ひたすらに、自分はリシュリーちゃんの婚約者だからリシュリーちゃんと会わせろと言っていた。
ずっと、婚約者、婚約者、と、ただそれだけを言い続けているように感じた」
「あらまぁ……エリオット氏、錯乱しちゃってるのねぇ。
エリオット氏はリッちゃんの婚約者じゃないのにねぇ。
きっと妄想と現実がごちゃまぜになっちゃってるのねぇ」
「そのことなんだけど……」
私はジャイム様とヌッちゃんに秘密の花畑で起きたことを話した。
自分がシエラだったことと、エリオットがカインだったことを思い出したことだ。
ジャイム様にはここに匿われてからシエラの夢のことについては一応伝えてあった。
シエラとカインの関係性についてはまだヌッちゃんにも話していなかったので、話した。
シエラとカインが婚約していたこと。
カインの裏切りによってシエラが壊れてしまったこと。
カインがシエラを捨てて選んだのがティハナ様という聖女で、それがおそらくシルビアちゃんの前世であること。
しかし、なぜかシエラとカインの婚姻の約束、つまり婚約はまだ生きているとエリオットは主張し、それは魂においての約束であるために、前世がシエラとカインである私とエリオットは婚約状態にあるままだと言っていること。
自分でもまだ全てを把握出来ているわけではないため、しどろもどろになりながら説明した。
「ええーーー!!
なんか色々驚きなんですけれども〜!
でも、だとするとちょっとエリオット氏、調子良すぎじゃなーい?
自分から別の女のとこ行っといて、いまさら〜!
もう生まれ変わっちゃってるんですけど!」
ヌッちゃんは驚くとともに、おかんむりの様子だった。
「ジャイム様、でもそんなことって本当にあるのかな?
あるのかなっていうか、成立するの?
だって、私とエリオットは婚姻の約束なんて交わしたことがないのに婚約状態って。
あの時エリオットからそれを聞いた時もそんなことあり得ないと思ったけど、今冷静になって考えたら、より一層あり得ないと思うんだけど。
いくら人格ではなく魂によって約束がされたとか言われても……」
「そうか……
そういうことか。
リシュリーちゃんの意志や気持ちは全くこの問題に関係無いと思ってくれ。リシュリーちゃんは全く悪くないという意味だ。
エリオットの言う、魂によってされる約束、というものは実在する。
ただし、この世界でそれがされたことは無い。
それが禁術だからだ。
それもそのはず、約束で魂を縛り、その拘束から魂を解放することは死を以ってもすることが出来ない。
約束が果たされるまで、幾世の死の先までも追いかけられる。
これを呪いと呼ばず、何を呪いと呼ぼうか」
「………………」
言葉が出てこなかった。
エリオットの言ったことは、本当だった。
死んでも解放されることが無い約束というものは、本当にあったのだ。
死によっても逃れられないなんて、そんなことって。
だったら私は何の為にあの時……
なんらかの記憶が蘇りそうになったが、すぐ意識の奥底へと沈んでいった。
「ええええ! そんな禁術があるなんて、初耳ですわよジャイム様!
でも、その禁術を成功させるのって、相当難しいんじゃ……
人の行動にちょっとした制限を加えるくらいの術だって、術者は命がけな上に、技術的にもかなり難しいっていうのに。
魂を縛るなんていったらもう想像もつかなーい!」
「その通りだ。この禁術を成功させるためには、強大な力を持った術者と、凄まじい情念が必要だ。
しかも、もし失敗すれば術者は死ぬ。
この世界には、そこまでして他人を縛りたいというような情念を持つ者はそうそう生まれて来ないのでな。
ヌトがこの禁術を知らないのも当然のことだ」
「じゃあ、ジャイム様。
私とエリオットは本当に、その、まだ婚約状態にあるってこと……?」
「ああ。
もしもエリオットの言う通り、本当にリシュリーちゃんとエリオットの前世において、婚姻の約束がその禁術によってされたのならば、リシュリーちゃんとエリオットは婚約状態にあるだろう。
その禁術の効力は約束が果たされるまで無限に続くということらしいからな」




