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リシュリー・アルコは約束が出来ない  作者: 入海詩魚
第二章 金色の羊の毛のお守り
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左手の薬指を締め付ける

「いやぁぁぁぁ! 本当に誰か入ってきたじゃない!

 リッちゃんの勘、すごっ! ステラっちもすごっ!

 そしてあたし達、ピンチっ!」


 ヌッちゃんが非常に小声ではあるが、ヌッちゃんらしく感情溢れる声で言った。


「でしょでしょ。すごいでしょ、私の勘。

 でもここに居れば大丈夫なんじゃないかな。

 だって、暖炉の下に隠し部屋があるなんて普通思わないし、万が一向こうが炉床の扉を見つけて階段を降りてきたとしても、この扉さえ開けられなければ大丈夫でしょ?

 この扉、他の箇所に使われてる石より何倍も頑丈そうな石で造られてるみたいだから、ちょっとやそっとのことじゃ開かないよ。多分」


「そうね。とりあえずあたし達が今出来ることは、ここで息を潜めてることよね。

 危機が過ぎ去るまで、息を潜めて潜めて潜めまくりましょう!」


「了解。潜めて潜めて潜めまくろう」


「ンメッ」


 私達二人と一匹はひそひそ声で話し合った後、念には念を入れて祭壇の下へ隠れた。

 祭壇には丈の長い白いテーブルクロスのようなものが掛けられていたので、その下に潜り込んでしまえば完全に身を隠すことが出来た。

 これで万が一隠し部屋が見つかり、侵入者がこの部屋に押し入ってきたとしても、すぐには見つからないだろう。

 まあ、部屋の中をくまなく探されたら見つかるだろうが。


 私達は身を寄せ合った。

 というより私もヌッちゃんも、恐怖で自然とステラのモコモコの背中に顔を埋めるような体勢になっていた。

 ステラは仕方ないわねえ、という感じでどっしり構えて落ち着いていた。

 ステラの今の状況に全く動じていないその態度と、一定のリズムで刻まれるステラの心臓の鼓動の音を聞くと、心が落ち着いていった。


 そして少し顔を上げ、耳をすまして階上から聞こえる音に耳を傾けると、ジャイム様の家に入ってきたのは複数人であるようだった。なにやら言い争っている。


 ……もちろん私だって薄々分かってはいる。

 ジャイム様の家に入って来たのは、きっとエリオット達だろうということくらいは。

 こんな大雪の中、しかも謎の長い地震のせいで地面がずっとゆらゆらしている中、賢者様の家にわざわざ押し入るなんて馬鹿な真似を今するのは、エリオットの他に誰も居ないだろう。


 しかし、なぜ私がジャイム様の家に居るということが分かってしまったのだろう。

 雪の上の足跡を辿られたのだろうか。

 空から降る大雪がすぐに足跡を覆い隠してくれると思ったが、それは甘い見積もりだったのだろうか。



「……リシュ……ここ……分かっ……!

 ……ぼく……ただ……

 ジャイム様だって、…………どうして!!」


 その声はやはりエリオットだった。

 ひどく感情的になって、何かわめいている。

 ただ、エリオットと私を隔てている丈夫な二つの扉のために、途切れ途切れにしか声が聞こえてこないため、何を言っているか完全には分からなかった。

 

「エリ……リシュリ……ここ……いない。

 待つ……だ。今は…………

 再誕日が過…………」


 ジャイム様の声だった。

 ヴェネラの街から戻られたのだろうか。だとすれば随分早い……?

 いや、しかし、自分が秘密の花畑でエリオットと一体どれくらいの時間揉めていたのか、まったくもって分からない。

 あまりに感情的になっていた上、前世の記憶が部分的にではあるが蘇るという、とてつもなくイレギュラーなことが起きたため、時間感覚が普通のそれとはだいぶ違っていた。

 もしかしたらかなり長い間、私はエリオットと喧嘩していたのかもしれない。

 しかしヌッちゃんが凍死などせずピンピンしているということは、そこまで長い間というわけでもないのかもしれない。

 ただ、もしかするとヌッちゃんが人並外れて丈夫なのかもしれない。


 でも良かった、ジャイム様も居るのなら少し安心だ。

 少なくともこの隠し部屋が見つかることは無いだろう。

 隠し部屋の場所を知っているジャイム様なら、エリオットを暖炉の側へ近寄らせないだろうから。


「嫌……!! 絶……あき……め……い

 ぼく……リシュ……婚約者だ!!」

 

 エリオットが何か叫んだ。

 そしてその声が聞こえると、左手の薬指の根本に痛みが走った。


「いたいっっ!!」


「どうしたの、リッちゃん!」


「なんか、左手の薬指の根本が痛くなって、ってあれ、このアザこんな色だったっけ」


「あらやだちょっと! なんか、さっきより禍々しい色になってない!?

 赤み、増しちゃってるじゃないのよ〜!」


 先程まではこげ茶に近いような色だったはずの左手の薬指のアザは、いつの間にか赤みが増して朱色のような明るい赤の色になっていた。

 そして、そのアザが左手の薬指の根本を締め付けているかのように、そこがギュウギュウ、ギチギチと痛む。


「なんか、このアザに指を締め付けられてるみたいに痛むの。

 ううぅ……痛いよう。指がもげちゃいそうだよう」


 私は泣きべそをかいた。

 本当に指がもげそうなくらい痛い。

 もしも、あまりに小さなサイズの指輪を無理矢理はめられたら、こんな痛みを感じるのではないかという痛みと感覚である。

 指を切断しない限り逃れることが出来ないくらいに、骨の髄の髄まで指輪が食い込んでいるかのようだ。

 しかもこのアザ自体から、持続的に途切れることなく指に食い込み続ける意志のようなものを感じる。

 なんだか気持ちが悪い。


 左手の薬指の根本を右手で押さえ、深呼吸して少しでも痛みを体から追い出そうとした。

 おや? そういえば、これってこの前夢の中でシエラがしていたのとそっくりなポーズだ。

 シエラも辛そうに左手の薬指の根本を押さえていた。

 もしかすると、シエラやカインが生きていた世界では左手の薬指がなんらかの特別な意味を持つ部位だったりして。


 ……いや、そうだったという気がする。

 かなり強く、そうだという気がする。

 左手の薬指は、他の指とは違う、特別な指だ。

 今なら思い出せるのではないか。あの時シエラが何を思って左手の薬指を押さえていたのか、シエラの記憶を辿っていくことが出来るのではないか。

 左手の薬指が持つ特別な意味について、知ることが出来るのではないか。

 私は思い出そうとした。

 しかし、出来なかった。

 思い出そうとすると、頭がひどくズキズキとして思い出せなかった。

 肉体が思い出すのを拒絶しているみたいだ。

 ただでさえ左手薬指が死ぬほど痛いのに、これ以上痛みが増えたら痛死にしてしまう。

 とりあえず今思い出さなくても良いことにした。


 そうだ、ヌッちゃんにシエラのことを話すのを忘れないようにしなくては。

 今は息を潜めていなくてはならないが、この状況が過ぎ去ったらすぐに話そう。

 とりあえず今はこの痛みに耐えなければ。


「エリオット……おねが…………

 あなたと……結婚……のは、わたし……!

 なのに…………婚約……だなんて!

 あいし……のは……わた……の方……に!!」


 シルビアちゃんの声だ。

 その声色からは、シルビアちゃんもエリオットと同じように感情的になって取り乱していることが伝わってきた。

 これまでのシルビアちゃんからは考えられないような取り乱し方だった。

 今まではどんなにエリオットに傷付けられても、どこかに余裕のようなものがあったのに。

 そして不思議なことに、シルビアちゃんの声を聞くと左手の薬指の痛みが少しではあるが、やわらいだ。

 心ではもう二度と会いたくないくらいにシルビアちゃんを拒絶しているのに不思議だ。


「だま……! 

 ぼ……の、妻……永遠……リシュ……だけ……!

 もう……おまえを…………からな!

 …………近寄るな!!」


 エリオットのその言葉を、最後の方ははっきりと聞き取ることが出来た。

 シルビアちゃんを拒絶する「近寄るな」という言葉だ。

 しかし、その言葉を最後にエリオットの声は聞こえなくなった。

 そして、左手の薬指の痛みは嘘のようにおさまった。


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