暖炉の下の隠し部屋
よろけたためにジャイム様の家の外に出てしまった私の左腕を、あの蔓のような半透明のものが瞬く間に覆い尽くした。
そしてウゴウゴと蠢きながら、左腕中を這いまわった。
その動き方は、なんとかして皮膚の下へと潜り込もうとしているかのようだった。
痛みは感じなかったが、それでもとても気持ちが悪い。
そしてそれは私をジャイム様の家から引きずり出そうとしているのか、物凄い力で左腕が外へと引っ張られた。
「ヌッちゃん助けて! 左腕があれに絡みつかれちゃったよ!
しかも、今外に引き摺り出されそうになってる!
物凄い力で引っ張られてる!」
「ギャー!! リッちゃんを連れてっちゃダメー!!
ソイヤー!!」
ヌッちゃんは顔を真っ赤にして私を家の中へと引っ張ってくれた。
渾身の力で私の右腕を両腕で掴んで引っ張っている。
しかし、ヌッちゃんの成人男性の力でも、私を簡単に家の中へと引き込むことは出来なかった。
「ぬぬぬー!
あんっ! なんて馬鹿力の怪物なのよ〜!
みなぎれ! あたしのパワーぁぁぁあ」
「メエエエエ! メエ! メエエ!!」
ステラが慌てた顔をして駆け寄ってきた。
そして、私の左腕と玄関の外を見て大声で鳴いた。
きっとステラにもあれが見えているのだ。
「メエエエエ!」
ステラも私のコートの裾をパクリとくわえ、家の中へとグイグイと引っ張ってくれた。
小さな体で頑張るステラはとても心強かった。
私もなんとかジャイム様の家に入ろうと、これ以上は出来ないというくらいに左腕を体の方へと引いた。
「みなぎれええ、私のパワーーー!!」
あらゆる血管がぶち切れそうになるくらいに力を入れて左腕を引いた。
そして十回を超えて腕を引いた時に、やっとあれを振り切ってジャイム様の家の中に左腕を入れることが出来た。
左腕がジャイム様の家の中に入った途端に外へと引っ張られる力が無くなり、私達はバランスを崩して家の中へと勢い良く倒れ込んだ。
「はぁっ、はぁっ……
リッちゃん、大丈夫!?
まだ絡み付かれてる?」
尻餅をついたヌッちゃんが肩で息をしながら私に聞いた。
「はぁ、ふぅ、血管ぶち切れちゃうかと思った。
大丈夫。あれはやっぱりジャイム様の家には入れないみたい。もう絡み付いてないよ。
……ってちょっと待って、何これ」
私の左腕からは確かに、先程まで腕中を覆っていたあの半透明の蔓のようなものはいなくなっていた。
しかし、左手の薬指の根本にこれまで無かったアザが出来ていた。
ちょうどこの前見た夢の中で、シエラが押さえていた場所だ。
蔓が絡みついたような、指輪をしているかのような、環状のアザが出来ている。
「キャッ! リッちゃんにこんなアザ、今まで無かったわよね?
怪物が皮膚の下に入り込んじゃったのかしら!?
どうしましょ!
それにしても、どうしてそんな変なとこに出来たの? 何考えてんの、怪物!? 謎すぎっ」
「うん、やばいけどそんな気がする。
左手の薬指に絡み付いていたヤツだけ、中に入るのに成功しちゃったって感じがする……
でもとりあえず、左腕全部が侵食されないで良かった。
まだあまりエネルギーを取られてる感じはしないし、絡み付かれてるのが指一本だけなら大丈夫かもしれない。
でもどうして左手の薬指なんだろう……
この前見た夢の中で、シエラがちょうどここを手で押さえてたんだけど、どうして自分がそうしていたのか、思い出せないの。
すっごく悲しくて、とてつもなく悲しくて仕方なかったことは覚えてるんだけど」
「え? なに? なんでリッちゃんがシエラの気持ちが分かるわけ?
あと、自分がそうしていたって、え? どゆこと?」
「あ、それはね」
私はシエラが自分の前世だったことを説明しようとした。
すると、ステラがけたたましく鳴き始めた。
「メエッ! メエッッ、メエエエエエ」
「どしたの!? ステラっち!
もう誰か本気で羊語辞典作って〜 金なら出しまーす」
「なんか、危険が迫ってる的なことを言ってる気がする。ヌッちゃん、ジャイム様が言ってた隠し部屋ってどこ?
今すぐそこに行った方が良い気がする。最近百発百中の私の勘がそう言ってる!」
「マジ!? 一難去ったら、もう、一難来ちゃうの? え、早すぎん?
でも、ステラっちとリッちゃんがそう言うなら行くっきゃない! こっちよ、ついてきて」
ヌッちゃんは私の手を引き、すごい速さで暖炉の方へと歩いていった。ステラも私のすぐそばをついてきた。
ヌッちゃんは暖炉の灰を払うと、炉床の奥の方に手を伸ばしてポンポンと何かを探るような手つきで床を触った。
そして、「あ、ここだわ」と言うと何か取手のような物を引っ張り出し、それを引き上げた。
すると炉床が扉のように大きく開いた。
「じゃーん! 実は、この暖炉の炉床が隠し部屋への入り口になっていたのでーす。
じゃあ、とっとと入りましょ。
隠し部屋本体は地下室になってるんだけど、ここから階段でつながってるから安全に行けるはずよ。
あたしは一番後ろから行くから、リッちゃんはこの蝋燭を持って階段を降りて行ってちょ」
ヌッちゃんは暖炉のすぐそばの壁に掛けられていた小さなキャンドルホルダーを外し、蝋燭にマッチで火を灯すと私に渡した。
私は開かれた炉床から石の階段を降りていった。
暖炉自体がかなり大きかったので、炉床に開かれた隠し部屋へと続く扉も、人間一人が問題なく通れる大きさだった。
私の後ろからステラがトコッ、トコッ、と階段を降りてくる可愛い蹄の音が聞こえてきて、少し心が安らいだ。
最後の段まで石の階段を降りると、目の前に石の扉があった。
私はその扉を開けた。
この部屋は良く使われているのか、埃やカビの匂いは一切しなかった。
「隠し部屋の扉を開けられたみたいね!
そしたら、扉を入ったすぐ横にでっかい蝋燭があるはずだから、それに今渡した蝋燭の火を移してちょ〜」
「分かったちょ」
私は扉を開けてすぐ目に入ったとても大きな蝋燭に、ヌッちゃんに言われた通り火を灯した。
すると、大きな蝋燭に灯された炎が隠し部屋のあちらこちらで増殖した。ように見えた。
よく見ると大きな蝋燭の前には銀の鏡があり、その鏡が光を反射する場所にはまた銀の鏡、という風に一つの光源で部屋中を照らせる仕掛けになっていた。
「よし、隠し部屋にとりあえずの灯りはともせたみたいね!
じゃあ、炉床の扉、閉めまーす」
ヌッちゃんが扉を閉める音がした。
ギギギギ、という音と共に扉が完全に閉まると上から差し込んでいた明かりが無くなって暗くなった。
私は隠し部屋の中へと進んだ。
扉の横の大きな蝋燭の他にも蝋燭がいくつかあったので、持っていたキャンドルホルダーの蝋燭でそれらに火を灯していった。
全てに火を灯し終えると、地下室にいるとは思えないほど明るくなった。
そして、明るくなった隠し部屋の隅に小さな祭壇のような物があるのに気が付いた。
その祭壇にはパンと、なんらかの果実酒が供えられていた。
そしてジャイム様が前に身につけていたネックレスと同じ、短い棒が横に、長い棒が縦に組み合わせられた形の、なにかシンボルのような物が、一番高い場所に置かれていた。
「これ、私前にも見たことがある。
ジャイム様がこの形のネックレスをしていたの。
ヌッちゃんはこれがなんだか知ってる?」
「私も知らないの。
話してくれたことも無いわ。
でも、ジャイム様はこの形をとても大切にしているみたい」
私は「そうなんだ」と言おうとした。
しかし、突然聞こえてきた物音に驚きその言葉を発することは出来なかった。
その物音は、炉床の扉の向こうから聞こえてきた。
つまり、ジャイム様の家に誰かが入って来たのだ。




