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リシュリー・アルコは約束が出来ない  作者: 入海詩魚
第二章 金色の羊の毛のお守り
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最初で最後の喧嘩

 ……やっぱり。

 ……やっぱりそうだったんだ。

 エリオットは、カインだったんだ。

 そして、シエラは……


 シエラは私だった。私がシエラだったんだ。


 どうしてもっと早く思い出せなかったんだろう。

 シエラ、過去の私。

 悲しみに溢れた短い一生を送った、可哀想な女の人。

 最後は壊れてしまった。

 まだ完全には、シエラだった時のことは思い出せない。

 特にいつも見ていた、シエラが完全に壊れてしまっている夢については、一体何が起きたのかを具体的に思い出すことは出来ない。

 あまりにあの時起きたことが悲しすぎて、体が思い出すことを拒否しているのを感じる。

 でも、私はシエラだった。

 シエラだったのだ。


 金色の羊の毛のお守りが発する光が再び強くなった。

 私を守るように強く光り輝き始めた。


 私は今自分が持てる限りの力で、エリオットの手を振り払った。


「違う! リシュリー、違うんだ!

 僕はもう、カインじゃない!

 今の僕はエリオットだ!

 思い出しちゃダメだ!

 何も思い出さないでくれ!」


 手を振り払われたエリオットが、激しく取り乱しながら私の方へ近付いてきた。

 私は後ずさりした。

 雪に足を取られながらも、後ろへと逃げた。

 逃げたくて仕方がなかった。

 どうしてもエリオットに触れられたくなかった。


「……!

 そんな、待ってよリシュリー!

 逃げないで! 拒絶しないで!」


 エリオットが私の左の手首を再び強く掴んだ。

 全身に鳥肌が立った。

 どうしても嫌だ。どうしても今、エリオットに触られたくない。

 今すぐに離してほしい。

 心の底から、離してほしい。

 

「……エリオット、離して」


「嫌だ! もう二度と離さない!!」


「離してったら!!

 今、どうしてもエリオットに触れられたくないの! どうしても嫌なの!」


 言ってしまった。

 この言葉はどれほどエリオットを傷つけてしまうだろう。

 この状況でも、エリオットのことを大切に思う気持ちは心の中に確かにある。

 エリオットがカインだったことが分かっても、シエラをひどく悲しませたことを知っていても、だからといって、すぐエリオットを大嫌いになれるというわけではない。

 だから、この言葉を口に出した時、とても胸が痛かった。

 でも、言わなければ自分が壊れてしまいそうなくらい、エリオットに触れられるのが嫌だった。


「!!

 やだよ、リシュリー……

 ……もう離れたくない。二度と離れたくない。

 やっと、やっと会えたのに!

 僕はリシュリーに何を言われても、もう二度と離れない! 絶対離さない!!」


 エリオットの瞳の中の狂気が一段と激しさを増した。

 恐怖を感じる。

 ここから逃げたい。早くジャイム様の家に帰りたい。

 そのための力が欲しい。

 私の手首を強く握り締めるエリオットの左手から逃れられる力が欲しい。


 そう願うと、この前見たシエラの夢が蘇ってきた。

 あの夢の中でシエラが感じていた渇きの苦しみは、今は自分が体験したものとしてひどくリアルに感じられた。

 激しい悲しみと絶望の追体験で体が震えてくる程だった。


 全てカインとティハナ様のせいだ。

 あの二人のせいで、私は渇いて渇いて死にそうだった。

 とても苦しかった。とても悲しかった。

 あんなにカインのことを愛していたのに。

 私は裏切られたのだ。

 物凄い怒りが沸いてきた。

 私はその激しい怒りの力を使い、エリオットの左手を再び払い除けた。


「やめてよ!!

 ……どうして、ここまで追いかけてきたの。

 私はもう、二度とあなた達に会いたくなかったのに!!

 その気持ちは今も変わって無い!

 もう二度と会いたくない!!」


 自分でも驚くくらい大きな声が出た。

 その声を聞きながら、なんて悲しくて感情的な声だろうと、他人事のように思う自分がいた。


「……嫌だ…………

 嫌だ、嫌だ、嫌だ!!

 嫌だ!!!!」


 エリオットが泣き叫ぶように怒鳴った。

 そして怒鳴り声があたりに響き渡ると同時に、大きな揺れが来た。

 遠くの方からは大きな爆発音のような轟音が聞こえた。

 それは地の底からのうなり声のようでもあった。


 おそらく北の方角からだ。

 反射的にそちらを見ると、暗くて良くは見えないが、イハの海から煙のようなものが出ているように見える。


 しかし、ほんの少し意識を逸らしたその瞬間に、エリオットに捕まってしまった。

 骨が折れそうなくらい強く、閉じ込められるように抱き締められている。


「絶対離さない! 二度と離さない!!」


 エリオットは私を抱き締めながら、今の大きな揺れなど無かったように、ずっと叫び続けている。

 もうエリオットは自らの狂気の渦の中に飲み込まれている。

 今私が何を言っても、エリオットを正気に戻すことは出来ないという気がする。

 それでももう、こんなことを続けていたくない。

 私の怒りは、シエラの怒りは、いまだ沸き上がり続けている。

 そして、これまで感じたことのなかったあまりの強い怒りの感情は、私自身をも傷つけ疲弊させていた。

 

「エリオット、もうやめようよ。

 こんなこと、もうやめよう。

 私達の繋がりは、あの時切れてしまったんだよ。

 もう二度と元には戻らないと思う。

 私達の運命はあの時、完全に分かたれたんだよ」


「違う! 僕達の繋がりが切れることなんてない!

 実際こうしてまた会えた!

 僕達は永遠に一緒なんだ!

 僕達のあの時の約束はまだ生きている。

 僕達はまだ、婚約してるんだ」



 ……エリオットは一体何を言っているんだろう。

 言っていることが分からなすぎて、まるで違う国の言葉を聞いているようだ。


「まだ約束は生きている。

 まだ僕達の婚約は生きている。

 だってあの時リシュリーは……

 僕は今度こそ必ず、約束を守るよ。

 そのためだったらなんだってする。

 リシュリーと結婚する為だったらなんだってする。

 そのためなら、神を殺めたって構わない」


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