雪と血
「あんもうっ! こんな大きい粒の雪が次から次へと降って積もったら、エリオット氏の血痕がどんどん覆い隠されちゃうじゃない!」
外は大粒の雪が降っていた。
いつ吹雪になってもおかしくないような降り方だ。
月も厚い雲に覆い隠されている。
これではエリオットの血痕を辿ることは難しいだろう。
「ヌッちゃん、私、エリオットが行きそうな場所に心当たりがあるの。
そこに行っても良い?」
「もちろん! すぐ行きましょう!」
きっとエリオットは、私達の秘密の花畑にいる。
私は強くそう感じていた。
ステラがくれた、金色の羊の毛のお守りの力は本物だった。
ジャイム様の家から一歩外へ足を踏み出した時、あれが私に再び絡み付こうとしてきた。
そして気がついた。
あまりにも当然に見えているから、そのことに気付くのに少し時間がかかったが、あれが、見えている。
なぜだか、私にはあれが見えるようになっていた。
あの、私にずっと絡み付いて力を奪い続けていた、目には見えなかったあれが。
これまではその気配や音しか感じることが出来なかったのに、今はその姿を見ることが出来ていた。
それはまるで太いミミズのようでもあったし、邪悪な蔓のようでもあった。
半透明で、あたりのそこかしこで蠢いていた。
蠢きながら私を探していた。
そしてそれは、私を見つけるとネチャネチャという嫌な音を出しながら、降り積もった雪の上をすごいスピードで這いずり近寄ってきた。
しかし、それが私の体に触れそうになった瞬間、金色の羊の毛のお守りが光を発した。
そしてその光は私の周りを卵の殻のように包んだ。
あれは何度もその触手で光の膜を叩いていたが、光の膜を破ることは決して出来なかった。
「ヌッちゃん、金色の羊の毛のお守り効いてるみたい!
なんか私の周りが光ってるの、見える?」
「なあんにも見えないわよ!
ヌッちゃん、残念ながらそういう能力無い系なの。
でも、ちゃんと効果があるのなら良かった!
ステラっちには大感謝ね。
これでリッちゃんは巡礼の旅に出られるわ!」
「うん! でもまずはエリオットを見つけ出して助けないとね」
私はヌッちゃんと、深く積もり続ける雪にズボズボと足を取られながらも頑張って進んでいった。
頑張って進みながら、エリオットがどうかまだ生きていますようにとずっと願っていた。
久しぶりのアルコ牧場は、いつもと様子が全く違った。
深く積もった雪のせいだ。
いつもは昼だって夜だって、どこからか動物達の餌や、動物達そのものから発せられる香ばしいような匂いがしてくる。
干し草の味の風を感じられる。
耳を澄ませば夜でも動物達の鳴き声を聞くことが出来る。
しかし今は何も感じない。
なんの匂いも、味も、音も感じない。
白い雪が、命を感じさせる全ての要素を飲み込んでしまっている。
まるで死の世界のようだ。
子供の頃エリオットと読んだ本に書いてあった、大きな火山の噴火によって滅んだという伝説の街のようだと思った。
溶岩に飲まれた後のその街の上には、真っ白い火山灰が高く降り積もったらしい。
本によれば、滅んだ街は今もこの世界のどこかで白い灰の中眠り続けているという。
ベレトお兄さんを牧場に入れた後そのままなのか、無用心にも門は開いたままだった。
私達にとっては好都合であったが、防犯的にどうなのだろう……?
きっと家族のみんなもエリオットがとても心配なのだろうが。
母屋には温かい灯りがともっていて、家族恋しさで苦しくなった。
しかしすぐに自分が今なぜここへ来たのか思い出して母屋の脇を通り過ぎ、秘密の花畑へと向かった。
「ねえリッちゃん、これはあくまで念の為なんだけど、エリオット氏をもし見つけても、すぐに近付かない方が良いかもしれないわ。
もちろん死にかけてたらそんな事は言っていられないけど、まだ元気が少し残ってそうに見えたなら様子を見た方が良い。
きっと今のエリオット氏の精神状態はとても悪いと思う。
それこそ、千分の九百九十九の世界のエリオット氏に限りなく近くなっているかも。
そんな状態の中、ずっと探していたリッちゃんが突然現れたら一体どうなってしまうか……
お願いだから気をつけて欲しいの。
もちろん、あたしもそばにいるけどね」
「分かった、ヌッちゃん。
気を付ける。
こんなこと、本当はエリオットに対して思いたくないけど、気を付けるよ」
「分かってくれたなら、あんしん〜」
そして、やはりエリオットは秘密の花畑にいた。
エリオットは、イハの海を見つめていた。
とても寒く冷たいだろうに、部屋着のままで、海を見つめて立ち尽くしている。
後ろ姿のためその表情は見えないが、まるで大雪が降っていることに気付いていないようだった。
心がどこかに行ってしまっているようだった。
その足下には小さな血溜まりが出来ていた。
次々降ってくる大粒の雪にも覆い隠せないほどの血が、エリオットから流れ出ていた。
いつもと同じ、エリオットの赤い血だ。
だけど今の私は、それを少しも美味しそうに感じられなかった。
エリオットは手には大きな紙袋を持っていた。
胸がとても痛んだ。
痛すぎて息が出来なかった。
その紙袋が、私への誕生日プレゼントだと分かったから。
エリオットが振り返った。
「リシュリー、やっぱり来てくれた。
来てくれるって信じてた。
心の底から、信じてた。
誕生日おめでとう、リシュリー。
さあ、帰ろう。
僕達の家に早く帰ろう」
エリオットの口の端には深い傷があった。
そこから赤い血がたくさん流れ出ている。
その赤さは、いかに血が新鮮かを表していた。
しかしエリオットの瞳は、もうほとんど腐っていた。
それでも、微笑むエリオットはゾッとする程美しかった。




