ステラのしっぽ
エリオットはまだ生きているだろうか。
もしどこかで死にかけていたら……
こんな寒い日に、冷たい雪の上でたくさん血を流して苦しんでいたら……
今まで自分に起きた全ての奇跡を無駄にしたとしても、私はエリオットを今すぐ助けに行きたかった。
「ヌッちゃん、どうしよう。
エリオットが死んでしまうかもしれない。
そんなの、絶対嫌だ。
エリオットの傷は、私がエリオットの血を飲みさえすれば完璧に癒えるの。
まるで何も起こらなかったみたいに、すっかり元に戻るの。
私、エリオットを助けに行きたい。
エリオットを見つけ出して、エリオットの血を今すぐを飲まなくちゃ。
エリオットを助けなきゃ」
「リッちゃん、落ち着いて……なんて言ってられない状況なのよね、今って。
エリオット氏が死にかけてるんだものね。
でも、ジャイム様は家から出るなって言ってたし……
いやんっ、なんつー状況なのよ!
ヌッちゃんパニック!!
あのねリッちゃん、今ジャイム様の家から出ればリッちゃんはきっともう永遠に、巡礼の旅には出られないって、あたし思う。
全ては元に戻る。
リッちゃんは再びエリオット氏の血無しでは、エリオット氏無しでは生きてはいけない、血楔病の渦の中に帰る。
いや、もっと酷いかもしれない。
リッちゃんが今踏み出そうとしてるジャイム様の家の外への一歩は、リッちゃんが見た千分の九百九十九の世界へと続く道への初めの一歩なのかもしれないわ。
……それでも行くの?」
「それでも良い。
永遠に閉じ込められても、何をされても、エリオットが死ぬより良い。
あの世界のエリオットの瞳がどんなに腐ってしまっていても、生きてさえいれば救いがあるかもしれない。
でも死んでしまったら……
私、行く。
ごめんね、ヌッちゃん。
私がしようとしていることは、ジャイム様やヌッちゃんがしてくれたことを全部無駄にすることだって分かってるけど、私にはこの選択肢しかない」
「…………分かった。
リッちゃんがそう決めたなら、あたしが口を出せることなんてなぁんにも無いわ。
でも、あたしも一緒に行く。
元気を取り戻したエリオット氏がリッちゃんを連れ去ろうとしても、このヌッちゃんが阻止するわ!
命がけの肉弾戦、仕掛けちゃうんだから!」
「ありがとう、ヌッちゃん。
ヌッちゃんが一緒にいてくれるだけで百人力って感じ」
そうと決まれば、一刻も早くエリオットを探しに行かないと。
そして見つけ出さないと。
その後何が起きたとしても、それはその時なんとかすれば良い。
私は急いで支度をした。
まだあの小さな揺れは続いていた。
カタカタと揺れ続ける部屋の中、大雪の中でも寒くないように暖かいコートと、モコモコのマフラーを巻いた。
すると、おずおずとステラが近付いてきた。
「ステラ、ちょっと外に出てくるね。
お留守番よろしくお願いね」
「メメッメエエエエ」
ステラは何かを訴えかけるように私を見た。
そして、ついて来いと言うように振り返りながらトコトコ歩いていった。
本当は少しの時間も惜しかったが、私はステラについて行くことにした。
ステラの目は真剣だった。
ステラはジャイム様の部屋へと入っていった。
失礼だとは思いつつも、私もステラについてジャイム様の許可無くジャイム様の部屋へと入った。
ステラは、飾り棚に置かれた大きな鉱石の前まで歩いていった。
それは前にジャイム様に見せてもらったことがあるものだった。
再誕祭のヴェネラ貝の飾りを装飾する顔料の元である、あの、生きているような温かい光を発していた、金色の鉱石だ。
「ンメッ! ンメッ!!」
ステラは顎をクイクイ動かして、それを取れと訴えている。
私はそーっと落とさないように、傷つけないように、その金色の鉱石を飾り棚から取った。
そして、こちらへ寄越せと目で訴えるステラのそばへと近付けた。
「ステラ、これで良いの?」
するとステラは、その金色の鉱石をバリッとかじった。
……え?
ステラの顎、どうなってるの?
え? 羊って草食動物じゃ……?
本当は石食動物だった……って、そんな動物いるの?
驚愕する私を全く気にすることなく、ステラはかじり取った金色の鉱石のカケラをバリバリと咀嚼している。
そしてすごく美味しそうにゴクリと飲み込んだ。
すると、ステラのしっぽの付け根から金色の毛が生えてきた。
その毛の量はしっぽと同じくらいの太さで、どんどん伸びた。
「えええ!?
どういうこと!?」
「どうしたの、リッちゃん。
ってえええ!?
ステラにしっぽが二本!?
しかも一本は金色!?」
ステラは私の方を見て、何か訴えている。
「ステラ、早くお守りを作れって言ってるの?」
「メエエエエエエエエエエ!!」
「あたし! ハサミ持ってくる!
そんで、光の速さで編んであげる!!
これがあれば、リッちゃんは外に出ても大丈夫かもしんなーい!」
ヌッちゃんは光の速さでハサミをどこからか持って来て、まるで二つ目のしっぽのように伸びたステラの金色の毛をパチンと切った。
そして、光の速さでそれを編んだ。
そしてそれは、金色の羊の毛のお守りになった。
「やったあ! これって金色の羊の毛のお守り!?
ステラが金色の羊だったの!?
灯台下暗しとはこのこと〜!」
「ありがとう、ステラ!
これでエリオットを探しにジャイム様の家から出られる。
ステラのおかげだよ」
「メッメッメエエエエ」
ステラが何か言っている。
なんだか険しい顔をしている。
「ステラ、どうしたの?
何か心配なの?」
「メッメッメッ!」
「いやん! 今ほど羊語を理解したいって思ったことは無いわ。
ステラ、大丈夫よん。
リッちゃんはあたしが守るから!
あたし、こんな可愛いのに腕っ節強いんだから。
孤児院じゃあ負け知らずだったのよ。
特に寝技じゃ、あたしの右に出るものはこの世にいないのよ。
すんごいホールド決めちゃうんだから!」
「ステラ、気をつけるね。
なるべく、すぐ帰ってこれるようにする」
「ンメッ! ンメッ!」
私にはステラが、「絶対そうしなさい、すぐに帰ってきなさい」と言っているように思えた。
「じゃあステラ、行ってくるね。
すぐ帰ってくるから」
右手首に金色の羊の毛のお守りをぐるぐるに巻きつけた私とカラフルなロングコートを着たヌッちゃんは、エリオットを探しにジャイム様の家の扉を開け大雪が降る外の世界へと飛び出していった。
とても久しぶりの外の世界は、血の匂いがした。
しかしそれはいつもの甘い血の匂いではなく、錆のような嫌な血の匂いだった。




