火山性微動
昼になると私の涙はすっかり止まった。
あまりによく泣いたからか頭はスッキリして、心も軽くなった。
胸にあった重い淀みが涙によって綺麗に洗い流されていった気がした。
平常心に戻ると、急に子供のように泣いていたことが恥ずかしくなってきた。
しかし、もう間もなくお昼のご馳走の時間である。
せっかくヌッちゃんとジャイム様が用意してくれているのだ。食べに行かなくては。
私はそーっとヌッちゃんの方を見た。
ヌッちゃんはあんな風に泣きまくる私をどう思っただろうか。
なんとなくヌッちゃんの顔を見るのが怖い。
ヌッちゃんの顔を恐るおそる見ると、まるで出産直後の母親が赤ちゃんを見つめている時のような慈愛に満ち溢れた顔で私を見つめていた。
元々の細い目は更に細められ、一緒に泣いてくれていたのか目にはキラリと光るものが見えた。
その後ろになにやら聖なる光の輪のようなものが見えそうなくらい、ヌッちゃんから愛が溢れている。
ちょっと、いや、かなり眩しく感じる。
「リッちゃん……
泣いて女は一人前に、なるのよ。
思う存分泣きなさいな」
「ンメェェェェェ」
ヌッちゃんがひどく生暖かい目をして私にそう語りかけた後、ステラも私に何か羊語で言ってくれた。
ステラからはなんとなく頼れる姉御的雰囲気を感じた。
ステラの目も生暖かかった。
「ありがとう、ヌッちゃん、ステラ。
随分泣いてスッキリしたよ」
「それなら良かったわ。
泣くことは最高のデトックスなのよ。
あたしも良く泣くことにしてるの。
行き詰まった時とかあ、大図書館の自分の研究室で大泣きするのよ〜。
ちゃんとお腹から声を出して泣くのがポイントね。
そうすると超スッキリするんだから!
ただ、すぐ誰かに通報されて警備員さんがたくさん来ちゃうんだけど。
失礼よね〜! 事件なんて起きてないっつーの!」
「あはは。だからヌッちゃんはいつもお肌ツヤツヤなんだ。
体の中に悪い物が何も入ってなさそうだもん」
「その通り!
さあ、もう元気になったリッちゃんにお待ちかねのお昼のご馳走タイムよーん。こっちへいらっしゃいな」
「はーい」
私達は朝より品数と豪華さを増した、お昼のご馳走を食べた。もちろんとても美味しかった。
私は今日一日で確実に太るだろう。
おそらく、一日で増えるレベルを遥かに超えて、増量するだろう。
しかしそれでも構わないと思うほどにお昼のご馳走も美味しかった。
お昼のケーキはとても甘くて、一口食べるだけで泣き疲れていた頭に栄養が染み渡るのを感じた。
お昼のご馳走を食べた後、みんなでトランプをして遊んだ。
ジャイム様は案の定強かったが、ヌッちゃんも異常に強かった。
そのため、最初の数回は一方的にボコボコにされた私であった。
しかし、このままではいけないとジャイム様やヌッちゃんの戦法を学び(盗み)、途中からはヌッちゃんを負かすことも出来るようになっていった。
「キーっ! 次は負けないんだから!
またリッちゃんをボッコボコのメッタメタにしちゃうんだから!」
「返り討ちにしてくれるわ」
そんな私達の様子をステラは近くに座って下らなさそうに見ていた。
なんだか学び舎のおませな女の子が子供っぽい男子達を見る時のような顔つきだった。
トランプの熱戦と楽しいお喋りは夜まで続き、あっという間に夜のご馳走の時間になった。
夜のケーキの上には蝋燭が並んでいた。
夜のケーキの上の蝋燭を吹き消す時、ジャイム様とヌッちゃんが誕生日の祝福の歌を歌ってくれた。
ステラもメーメーと歌うように鳴いてくれた。
それは私に再び十五歳の合同誕生日パーティーのことを思い出させ、涙が滝のように出てきた。
しかし、それは静かな涙だったので私はそのままケーキへと近付き蝋燭の火を吹き消した。
一人だけでも、ちゃんと全ての蝋燭の火を一息で吹き消すことができた。
暖炉の前でみんなでケーキを食べた。
ヌッちゃんが言う一言一言がとても面白くて、大笑いして過ごした。
ジャイム様も膝にステラを乗せながら笑っていた。
ジャイム様の家に匿われた時は、こんなに楽しく誕生日を過ごせるなんて思っていなかった。
むしろ、とても悲しく辛い十六歳の誕生日になると思っていた。
みんなにはいくら感謝してもしたりない。
みんなが楽しく明るくしてくれたから、その明るさを受けて私もこんなに楽しく過ごせたのだから。
一人だけではこんなに明るい気持ちになんて到達なれなかった。
「ジャイム様、ヌッちゃん、ステラ。
今日は本当にありがとう。
どんな言葉を使っても、この感謝を伝え切ることは出来ないと思う。
それくらい、心の底から感謝してます。
本当に本当にありがとう」
私はみんなに頭を下げて感謝を伝えた。
「いやん! 良いのよ、良いのよ!
あたしもめっちゃ楽しかった〜
リッちゃんの誕生日パーティー、もはや毎日やりたいくらいよん」
「そうだな。毎日でも良いくらい楽しかった」
「ンッメッッ」
みんな笑っていた。
本当にそう思ってくれているのが伝わってきて、とても嬉しかった。
しかし、その嬉しさはすぐその時突然鳴った大きな音への驚きへと変わった。
玄関の扉が大きく何度も叩かれたのだ。
「誰か来たようだ。
リシュリーちゃんはヌトと奥の部屋へ行っていなさい。前エリオットが来た時のように。
今扉を叩いているのが誰であっても、決して姿を見られないようにな」
私とヌッちゃんが前のように奥の部屋へと隠れたと同時に、ジャイム様が扉を開ける音がした。
「ジャイム様、夜分に失礼します!
エリオット来ていませんか?」
ベレトお兄さんの声だった。
とても慌てている感じがする。
「来ておらぬが、エリオットがどうしたのだ」
ジャイム様も心配そうにそう答えた。
「あいつ、またリシュリーを探しに行っちまって、しかもその時、唇を自分でナイフで切ったんです!
それも、かなり深く切っちまって、血がダラダラ流れ出てるのに、その状態のまま家から出てったんです。
なんか知らないけど、リシュリーに治してもらうとか、リシュリーなら見つけてくれるとか訳の分からないことほざきながら走ってどっかいっちまったんだ!
あの血の量はヤバい!」
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
今、どこかで、エリオットが血をたくさん流している。
ベレトお兄さんの言うことからすると、命に関わるくらい沢山の血が流れ出ている。
きっとエリオットは私に血を飲まれることで、傷を癒そうとしている。
エリオットが私を必要としていることに、私が気が付くとどうしてだか信じている。
実際こうして私はそのことを知った。
どうしよう、エリオットを助けたいのに、ここから出れば、ジャイム様の家から出てしまえば、全てが水の泡だ。
「それにあの馬鹿野郎、家から出て行く時シルビアちゃんを突き飛ばしたんだ。
あいつを心配して近付いたシルビアちゃんを突き飛ばして、その後自分の唇をナイフで切ったんだ。
女に手をあげるなんて!
あいつはもうずっと正気じゃないとは思っていたけど、決してやっちゃいけないことをやっちまった。
一発殴らないと俺の気が済まない。
あ、気が済まないんです。
すみません、俺あまりに興奮しててジャイム様に対してこんな口のききかたをしてしまっていて」
「良いのだ。お前がどんなに良い青年かは十分知っている。
ベレト。エリオットが行きそうな場所に心当たりはないか? 私も一緒に探そう」
「ありがとうございます!
あいつリシュリーへの誕生日プレゼントを持って出て行ったから、多分リシュリーが関わっている場所へ向かったんだと思います」
「では、私はヴェネラの街に行き人々から話を聞いてみる。
ベレト、お前はアルコ牧場の敷地の中をくまなく探すのだ。
牧場主殿に事情を話せ。きっと彼らなら協力してくれる。
ではステラちゃん。私はちょっと出てくるが、家から出ては行けないよ。
何かあったら隠し部屋の中に隠れるんだよ」
「メエエエエエエ」
ジャイム様はそう言うと、ベレトお兄さんと一緒に外へ出て行った。
最後の言葉はステラだけではなく、私に向けても発せられたものだということは勿論分かった。
だけど、私はエリオットが心配で心配で仕方がなくなった。
どうしよう、どうしよう。
エリオットが血をたくさん流している。
死んでしまうかもしれない。
その時、ガタガタとジャイム様の家が小さく揺れ始めた。
食器も家具も小刻みに揺れている。
それはとても小さいが、永遠に終わらないようにさえ感じる揺れだった。




