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リシュリー・アルコは約束が出来ない  作者: 入海詩魚
第二章 金色の羊の毛のお守り
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ヒントA

 それから何日か経ったが、私はジャイム様の家で無事に過ごしていた。

 ヌッちゃんがアビエラお婆さんから良い状態を持続させる薬を貰ってきてくれ、それを飲むことによって私は良い状態を保ち続けることが出来ていた。

 エリオットとシルビアちゃんが口づけを交わしたあの時から、何にも縛られていないような、軽くて自由な状態のままでいられている。

 途中長く眠っていたこともあって、数週間前までは当たり前だったあの感覚を、私はもう忘れ始めていた。

 いつも心細くて、自分の力だけで立つことが出来ず、いつ生命力が枯渇するか分からないからエリオットが近くにいないと不安だった、あの、心がいつもここには無いような感覚を。

 

 

 ジャイム様の家に来てからは常に、決してジャイム様の家の外に出ないように気をつけていた。

 ジャイム様によれば例え指一本でも私の体がジャイム様の家の外に出れば、ずっと私に絡まりついて力を奪っていたあれに見つかってしまうということだった。

 もし見つかれば、あれはまた私に絡まりついてくる。

 絡まりつかれれば力を奪われ、私の生命力は枯渇してしまう。

 そして、エリオットの血を欲するようになる。

 つまり、今現在は症状が抑えられている血楔病のループの中にまた引き摺り込まれ、再びエリオット無しでは生きていけなくなってしまうのだ。

 もう、そうなるのはどうしても嫌だった。


「リッちゃん、今日のお薬タイムよん。

 この、土みたいな色したお薬が今のリッちゃんの生命線。どんなにゲロマズでも絶対飲まなきゃね!」


「ヌッちゃん、アビエラお婆さんの所に薬を貰いに行ってくれてありがとう。

 アビエラお婆さんには今回のことで散々迷惑かけちゃったな。

 私が眠り続けている時も、この土みたいな色した薬を飲ませてくれてたってジャイム様から聞いた。

 必ずお礼をしないと」


「アビエラ様はそんなこと気にしないわよ。

 あたしがお薬貰いに行った時も、リッちゃんが巡礼の旅に出られるよう祈ってくれていたわ。

 さあ、アビエラ様の祈りに報いるためにもお薬飲みましょうね!」


 私は土色の薬を飲んだ。

 最初飲んだ時には体がしっかりとする感覚を感じたが、もうそれが当たり前のことになっているからか、薬を飲んでも何も感じなかった。


「よし! カレンダーにマークして〜、飲み忘れ予防も完了っと」

 

「あの、ヌッちゃん。エリオットがここにやって来たあの日から、エリオットを見た?

 キノル湖畔とか、ヴェネラの街とかで」


「ええ。

 何回か見かけたわ。

 いつも側にお兄さんとシルビアちゃんがいたから大丈夫だとは思うけど、見るたびに狂気が増してる気がする。

 それでもゾッとするくらいエリオット氏は綺麗だったけど。

 今、絶対に見つかっちゃいけないわ。

 もし見つかったら、リッちゃんが見たっていうちょー怖い千分の九百九十九の世界みたいなことに確実になるって気がする。

 あ、あたしもエリオット氏に見つからないように馬車を使ったり変装したりしたから安心してちょ!」


「そっか……

 うん。絶対見つからないようにしないとね。

 私、ジャイム様のお話を聞いた後も、このままエリオットから隠れ続けていれば、エリオットが私を忘れてシルビアちゃんと結婚して幸せに暮らしてくれるんじゃないかってまだちょっと思ってしまってるの。

 私が巡礼の旅に出ているうちに幸せになって、あんな腐った瞳のエリオットになんかならずに済むんじゃないかって。

 でも、やっぱりそれは無理なのかな」


「そりゃー、絶対無理ね。

 エリオット氏。シルビアちゃんのことなんて見えてないみたいだったもん。

 シルビアちゃんはもうすっかりエリオット氏のイケメンお兄様達とは仲良しになってて、なんならフェレール家で生活してる雰囲気まであったけど、エリオット氏と心が通じてないのは一目瞭然だったわ。

 ただ、エリオット氏がシルビアちゃんのキスを拒めなかったっていうのがヌッちゃん的に気になる〜

 痺れを切らしたシルビアちゃんが既成事実作ろうとしちゃったりするんじゃないかって、ヌッちゃん心配〜

 あ! それこそ千分の九百九十九の世界じゃない」


「そっかあ……

 なんかもう、そっか、しか言えない自分が嫌。

 やっぱりジャイム様の言う通り、巡礼の旅に出て自分の答えを見つけるしかないのかあ。

 でも、答えってなんだろう?

 巡礼の旅を通してこの世界に生まれるっていう目的はあるけど、それはあくまで目的であって、答えではないし。

 旅に出れば分かるのかな?」


「ええ。巡礼の旅を通してリッちゃんの中にきっとなんらかの問いが浮かび上がってくるのよ。

 もしかするとそれに取り組むことが、リッちゃんがこの世界へ真に生まれることへ繋がるのかも。

 ジャイム様が言うことは絶対信頼できる。ヌッちゃん的にはだけどね」


「そうだね。

 私もジャイム様の言うことは本当だと思ってる。

 きっと巡礼の旅の中でなんらかの答えを探さなきゃいけなくなるけど、それは問いが浮かんで来てから考えればいいよね。

 まず今は、金色の羊の毛のお守りのことだ!」


 私がそう言うと、ステラがこちらへやって来た。

 私とヌッちゃんの間に入り、コロンとおなかを出して寝っ転がった。

 そしてつぶらな瞳であたしのおなかを掻きなさいと訴えている。


「あらま、可愛い!

 いつもジャイム様にベタベタベタベタしててほんのちょっとだけムカついてたけど、可愛いとこあるじゃな〜い」


 ヌッちゃんはステラのお腹をわしゃわしゃと掻いてあげた。

 私もほっぺを掻いた後にお腹を撫でてあげた。

 ステラは気持ちよさそうに後ろ脚をチョイ、チョイと動かしていた。

 一通り搔かれ終わると、ステラはすくりと立ち上がり自分のスペースへと帰っていった。

 ご飯や毛布などステラのための物が万全に準備された、ステラのためだけの場所へと。

 ステラは帰っていく途中、ヌッちゃんの足を踏んでいった。


「あらやだ!

 ちょっと見た? あの子、あたしの足踏んでったわよ!

 あれだけおなか掻かせておいて。

 アバズレ〜! アバズレ羊〜!」

 

 ヌッちゃんはぷんすかしていた。


 私は窓に近付いて、キノル湖を見た。

 その湖上は渡り鳥達で溢れかえっている。

 カラフルおケツちゃん達も他の渡り鳥に混じって浮かんでいる。

 ぷかぷか浮かんで気持ちが良さそうだ。

 よく見るとカラフルおケツちゃん達は皆、とても優しい顔をしていた。

 アルコ牧場から双眼鏡を使って見た時は分からなかった。

 そういえば、こんなに近くでカラフルおケツちゃんを見たのは初めてだ。

 ジャイム様の家はジャイム様が漁師というだけあって、裏口からそのまま湖に出られるようになっている。

 湖には漁のために使うジャイム様の小さな舟が浮かんでおり、裏口からその舟までは木のデッキで繋がっており、ジャイム様の家はキノル湖にかなり近い位置にあるのだ。

 

「ねえ、ヌッちゃん。

 こーんな状況になっても、まだカラフルおケツちゃんのこと教えてくれないの?」


「え? ああ、そう言えば、そんなこと言ってたわね。

 うーん、どうしましょ。

 ヒントなら良いかしら……?

 まあ、絶対知られちゃいけない秘密とは上も言ってなかったし、知るべき人は必ず知るようになってることだし、ヒントならいっか。

 じゃあ、ヒント言いまーす。

 あのカラフルおケツちゃん、またの名を越界飛鳥は、ある目的のために別の世界とこの世界を行ったり来たりしてる子達なの。

 まあ、名前がそれを表しちゃってるから、胸を張って言うことでもないんだけど……

 目的については、それについて言うと完全なネタバレになっちゃうから、それはナイショ!」

 

「へえー、そうなんだ。

 それだけでも教えてくれてありがと。

 B&M渡り鳥観察隊に教えてあげたら喜ぶだろうな。

 あーあ、兄弟達元気にしてるかな。

 こんなにすぐそばにいるのに、会えないなんて」


「リッちゃんのご両親はリッちゃんの兄弟達には、リッちゃんは病気の治療の為にしばらく遠くへ行くことになったって話したみたい。

 大丈夫、大丈夫。

 ジャイム様の話では、みんな寂しがってるけど元気に暮らしてるって」


「まあ、そんな気はする。

 なんの心理的ダメージもなく普通に元気に暮らしてる気が、すごくする」


「あ、あと、フェルマー氏とマリエッタちゃんが婚約したこと話したっけ?」


「え!! 聞いてないけど!

 ちょっと、なんでそんな大事なこと話すの忘れるの!

 まあ、キャンプの後マリエッタがフェルマー兄さんにお土産渡しに来てくれてから、二人がすごく仲良くなったのは感じてたけど。

 でも、やった! やったー!!

 マリエッタがお姉ちゃんになるなんて!

 マリエッタが家族になるなんて夢みたい!

 やったーーー!!」


「いやん、良かったわね〜!

 やっぱ、キャンプやって良かったわ。

 セトとエミルちゃんも結婚に向けてどんどん進んでるし。

 ま、ヌッちゃんという最強キューピッドにかかればこんなもんよ」


「本当にありがとう。すごいよヌッちゃん!」


 私はヌッちゃんと手を取り合いぴょんぴょん飛んだ。

 ただただ、嬉しくてたまらなかった。

 ふと、エリオットはこのことを知っているのかなと思った。

 エリオットもフェルマー兄さんとマリエッタのことをとっても応援していた。

 しかし、きっと知らないだろうと感じた。

 もしも誰かに教えられても、聞こうとすらしないだろうという気がする。

 今、エリオットはきっと、喜びとか幸せから一番遠い場所にいる。

 他の誰でも無い、私のせいで。

 罪悪感で心がとても痛んだ。

 すると、またあのネチャネチャとした気配を強く感じた。


 それを気にしないようにするため、ヌッちゃんが色々と書き込みをしてあるカレンダーを見た。

 そして気が付いた。


 もう明日は私の十六歳の誕生日だった。


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