エリオットの懇願
「ジャイム様! どうかお願いします!!
些細なことでも良いんです、リシュリーのことで知っていることがあったら何でも良いから教えて下さい!!
お願いします!!」
「エリオット。
申し訳ないが、私がお前に教えてやれることは何も無い。
それよりもお前、もう随分と眠っていないだろう。
家に帰って少し眠りなさい。
そのままだと倒れてしまう」
「そんな……
ジャイム様なら何か知っていると思ったのに……
どこに行けばリシュリーのことを知っている人に会えるんですか!?
どこに行けばリシュリーが今いる場所の手がかりを掴めるんですか!?
セルバンおじさんとトマおばさんもリシュリーは大丈夫だって言うばかりで!
ずっと、ずっと探してるのに……リシュリーがどこにもいないんです!!」
いつものエリオットの柔らかい話し方ではなかった。
シルビアちゃんを怒鳴りつけた時のように、不安定な精神を自分自身でコントロール出来ないような話し方になっていた。
なんだか少し乱暴な感じがする。
それはジャイム様を尊敬し、いつも丁寧過ぎる程ちゃんとした態度と話し方でジャイム様に接していたエリオットからは考えられないことだった。
「エリオット、少し休みなさい。
少し休んで、再誕日が過ぎたら私がお前を導こう。
賢いお前のことだ。自分の状態が今どんなだか分かってはいるのだろう?
今のお前には休息が必要だ」
「もうすぐ僕達の誕生日なのに……
いつもみたいにみんなに誕生パーティーを開いてもらって楽しく一緒に過ごすはずだったのに……
……それで再誕日が来たら、今度こそリシュリーにちゃんと伝えようと思っていたのに!
なんでこんなことになったんだ!!
あの日、僕が夢から覚めていれば!
あの日……!! っっっっ!!
あの日あんなことが起こらなければ!!
どこにいるの、リシュリー……」
エリオットのひどく悲しそうな声は、私の胸を締め付けた。とても苦しくてたまらない。
そうだ、もうすぐ私達の誕生日で、いつものように合同誕生パーティーをやるはずだったのに。
エリオットにいつも通り誕生日プレゼントを渡すつもりだったのに。
運命の歯車が、突然大きく廻り出してしまった。
おそらく、エリオットに誕生日プレゼントは渡せない。
あと少しで完成するはずだった青と白のボーダーのマフラーを。
エリオット、とても楽しみにしてたのに……
本当にこんなことしていて、意味があるのだろうか。
これは正しいことなのだろうか。
エリオットをこんなに悲しませて、不安定にさせてまでする価値のあることなのだろうか。
エリオットが可哀想で仕方がない。
心がとても痛んで、巡礼の旅へ出ることへの決心が、さっきあんなに強くした決意が、グラグラと揺らぐ。
その時、なんとなくあれの気配を感じた。
あれは今、ジャイム様の家には入ってきてはいないが私の心の揺らぎを察知し、居場所を特定しようとネチャネチャと動き回っている気がする。
ダメだ、心を強く持たなくちゃいけないのに。
心を守るように胸に手を当てた。
すると、何人かの足音が聞こえてきた。
背の高い草をかき分けながら走ってくる音だ。
「エリオット! お前何やってんだよ!!
ジャイム様の家にまで押しかけて!
やっと家に連れ戻して寝たと思ったら、また勝手にベッドを抜け出しやがって。
俺達がどれだけ心配したと思ってんだよ」
「エリオット。さあ家に帰ろう。
リシュリーなら大丈夫だって、セルバンおじさんとトマおばさんは言ってただろう。
自分達も具体的には知らないけど安全な場所にいるって。
そこはエリオットがそばにいなくても大丈夫な場所だから、エリオットには安心して欲しいって言っていただろ?
大丈夫、そのうちリシュリーはアルコの丘に帰ってくるよ。
さあ、帰るんだ」
ベレトお兄さんとオルノお兄さんの声が聞こえてきた。
どうやら、エリオットを追ってここまで来たようだ。
二人ともエリオットをとても心配しているのがその声色から伝わってくる。
でも、良かった。そうだ。エリオットにはエリオットの家族がいる。
エリオットは一人ぼっちではないのだ。
だから大丈夫だ。
私は胸に当てていた手を離した。
「はぁっはぁっ、エリオット!
ここにいたのね、良かった。
とても心配したんだよ。
さあ、みんなで家に帰ろうよ。
顔色がとても悪いよ。
私がずっとつきっきりで看病するからね。
それでオルノお兄さんのご飯を家族みんなで食べたら元気になるよ」
シルビアちゃんが息を切らし発する声が聞こえた。
どうやらシルビアちゃんもエリオットのお兄さん達と一緒にエリオットを探していたらしい。
なんとなく、シルビアちゃんがもうすっかりフェレール家に馴染んでいるような雰囲気を感じた。
「ジャイム様! リシュリーに会いたいんです!
どうしても会いたいんです!!
これ以上リシュリーに会えないと、自分でも自分がどうなるか分からないんです!!」
エリオットはお兄さん達やシルビアちゃんの声が聞こえていないように、ジャイム様に取り縋り続けているようだ。
「エリオット!
もう、こんなことやめて。
お願い、一緒に家に帰ろう。
リシュリーちゃんはきっと今頃どこかで、他の誰かといるんだよ。
きっと幸せにしてるんだよ。
じゃなきゃ、とっくに帰ってきてるはずだよ」
「うるさい! うるさい! うるさい!!
他の誰かなんて許さない!!!
絶対許さない!!!
元はといえば、お前があの時……
リシュリーはあのせいで帰って来なくなったんだ!
早く誤解を解かないと。誤解さえ解けばリシュリーは帰って来てくれる。
リシュリーの傷付いた心を僕が癒してあげないと。
これからは、朝も昼も夜も一緒にいる。
片時も離れたりしない。
そして、もう二度とリシュリーがどこにも行かないようにしないと。
どうしたら良いだろう。
どうしたらリシュリーはもうどこにも行かなくなるだろう。
どこにも行けなくなるだろう」
最後の方は、エリオットの独り言のようになっていた。
ボソボソと発せられるその声色はとても無機質な感じがして、ゾッとして鳥肌が立った。
それは、あの、千分の九百九十九の世界でのエリオットの声ととても良く似ていた。
もしかすると、エリオットはもう既にあのエリオットになりかけているのではないか。
そんな風に思ってしまうほど、今のエリオットはひどく不安定だ。
「エリオット!
家に帰ろう、私達と帰ろうよ。
リシュリーちゃんは、きっともう帰って来ないよ!」
「うるさい! もう一言も喋るな!!
お前の言葉なんか聞きたくない!
リシュリーは帰って来る!
もし、帰って来なかったとしても僕は必ずリシュリーを見つけ出す!
この世界のどこにいたとしても必ず見つけ出す。
そこがどんなに遠い場所でも、必ず。
そして死ぬまでずっと一緒にいる。
死んでからも一緒にいる」
そのエリオットの言葉が私の耳に届いた途端、体中に鳥肌が立った。
それは、無意識の奥底から起こってくるような鳥肌だった。
ゾッとして、とても怖くてたまらない。
体温が下がり、体が震えてきた。
私の様子に気付いたヌッちゃんが背中をさすってくれてるが、一向に震えはおさまらない。
止めたくても止められない。
「シルビアちゃん、エリオットを刺激しないで。
今エリオットにリシュリーが帰ってこないとか、そういう事は言わない方が良い」
「でも、でも!
エリオットが可哀想だよ。
リシュリーちゃんは帰って来ないのに、エリオットはずっとリシュリーちゃんを探し続けて。
エリオットには私達がいるのに……」
「リシュリー、どこにいるの……?」
空中に発せられたエリオットのうつろな呟きは、私の震えを更に大きくした。




