エリオットの悪夢
今日は、寒さが厳しい一日になりそうだった。
冷え込みがきつく、北風も強く吹いている。
起きた時はあまりの寒さに、ベッドから出るのを体が本能的にためらった。
お日様はまだ昇っておらず外は暗かったが、動物達が心配になったので、持っているものの中で一番暖かいコートと帽子とマフラーを身につけて、順々に動物達がそれぞれ暮らす屋舎へと急いで行った。
幸運なことに、みんな元気そうだったので心からホッとした。
みんなでくっついて眠っていて少し寒そうな感じではあるが、調子が悪そうな子は一匹もいなかった。
エリオットにも手伝ってもらって沢山作った防寒着のおかげかもしれない。
動物等みんなそれぞれちょっとずつ色の違う防寒着を着て寄り添っている姿は、カラフルでとても可愛かった。
あとは、昨日の夜のうちに屋舎の隙間風が吹き込みそうな箇所をフェルマー兄さんと父さんが修繕しておいたのも良かった。
とりあえず、良かった。ホッとした。
私は屋舎の掃除をし、出来る範囲で朝ごはんをあげ、自分の部屋へと戻った。
今日は一日牧場で過ごす予定なので、いつもより多めに動物達の様子を見ようと思った。
今日はきっと放牧もしないだろうし。
この前のように、突然エリオットと鉢合わせして驚いてしまわないように自分の部屋に居ることにした。
あの時、エリオットはなんだかとても悲しそうだった。
あんな悲しそうな顔はもう見たくない。
いつものように自分の部屋に居て心の準備さえ出来れば、驚かずに済むのだ。
だったら大人しく自分の部屋に居るのが一番だ。
私は自分のベッドに座り、エリオットへの誕生日プレゼントのマフラーを編むことにした。
毎日ちょっとずつ編んでいて、だんだん完成へと近づいてきていた。
青と白の二色の毛糸を使って、私としては頑張ってボーダー柄のマフラーを製作していた。
ただ単に青と白のボーダーがカッコ良さそうだから、という単純な理由でそうしようと決めたのだ。
しかし途中で、なんだかこの二色ってエリオットと私のイメージカラーみたいじゃない?
それを狙った訳では無いけれど、その二色でボーダーって、マフラーって、なんだか重っ。
これが天才お邪魔虫リシュリー・アルコの実力か?
と思った。
しかし、一生懸命編んだものをやり直すのは辛かったし、別にエリオットもそんなこと気付かないかも。
と、そのまま編み続けたのであった。
すると、扉がギギーっとひとりでに開いた。
ビクッと扉の方を見た。
エリオットは私の部屋に入ってくる前、必ず入っても良いか聞いてくれる。
家族も、まあ適当ではあるが何かしら一声はかけてくれる。
だとしたら、これは一体……? ゴースト?
ドキドキしながら、扉を見てもやはり誰もいない。
体がゾクゾクしてくる。
だが、下を見るとペロ・アルコが扉の前で可愛くおすわりしていた。
なんだ。びっくりしたなもう。あー良かった。
ペロ・アルコはヘッヘッヘッヘッとベロを出し、ボクと遊ぼっっ♪ とウルウルした瞳で私に語りかけている。
「ごめんね、ペロちゃん。
今編み物してるから、またあとで遊ぼ」
ペロ・アルコは私の言葉を聞き、イヤー! と言うように自分の尻尾を追いかけて何回かグルグル回った後、ベッドの上に置いてあった青い毛糸を咥えて逃げていった。
「こらー! ペロちゃん!
毛糸返してよー!」
私はペロ・アルコを走って追いかけたが、ペロ・アルコはそれで更に興奮し、楽しくて仕方がないといった様子で猛スピードで走っていった。
やっとのことでペロ・アルコを捕まえた時には、青い毛糸はよだれでベットベトになり、使い物にならなくなっていた。
「あーあ。新しいの買いに行かなくちゃ。
どうしてくれるのー? ペロちゃん」
ペロ・アルコは私の方をウルウルした瞳で見つめ、ボク悪い子じゃないよ? ボク、ただ遊びたかっただけなの。
と、とんでもなく可愛い顔をした。
怒った気持ちは一瞬で吹き飛び、可愛い可愛いペロちゃんに頬擦りをしまくってしまった。
こうして、ペロ・アルコの小悪魔犬っぷりは年々磨きがかけられていくのであった。
ペロ・アルコをひと通り可愛がった後ふと思った。
そういえば、エリオット遅いな。
いつもならもうとっくに来てる時間なのに。
なんとなく心配になり、私はエリオットの家まで行くことにした。
アルコの丘を下り鍛冶屋フェレールまで来た。
まだ工房に人は居なかったため、工房の後ろにまわり込み、フェレール家の人々が暮らし生活を営んでいるレンガ造りの大きな家へと行った。
扉を叩くと、カルデロお兄さんが出てきた。
「リシュリー、おはよう」
「おはよう、カルデロお兄さん。
エリオットがいつも来る時間になっても来ないから、心配になって来ちゃった」
「そうか。ちょうど良かった。
エリオットが起きないんだ。
ひどくうなされているようで」
「え?
大丈夫なの!?」
「オルノが見ている。
命には関わらなさそうだが、辛そうだ」
「早くエリオットの所に行かなくちゃ!」
私は急いでエリオットの部屋まで行った。
寡黙で何事にも動じないあのカルデロお兄さんが、不安そうだった。
きっとただの不調ではない。嫌な予感がした。
エリオットの部屋に入ると、ベッドの上でたくさん汗をかきながらうなされているエリオットがいた。
「やめろ……僕に触るな……!
……やめろ!!」
眠っているはずなのに、かなりハッキリ言葉を発している。何か嫌なものに触られているのかとても辛そうで、可哀想だ。
何かを掻き消そうとするように、腕を動かしている。
「ずっとこうなんだ。
俺達が何度呼びかけても、起きない」
カルデロお兄さんが心配そうに言った。
「リシュリー、呼びかけてみてくれない?
リシュリーになら何か違う反応があるかもしれない」
オルノお兄さんもとても不安そうだ。
「分かった。
エリオット! エリオット!! 起きて!
朝だよ!
そんな辛そうな夢からは早く目覚めて!」
私はエリオットの耳元でかなり大きな声で言った。
「はぁっ、はぁっ、リシュリー……待って!!
行かないで!
門を開けてよ! 門を開けて!!
僕を牧場の中に入れて! お願いだから!!
行かないで!!
リシュリー!!」
大変だ。今度はあの時の、エリオットをシルビアちゃんと共に門の外に置き去りにしてしまった時のことを夢に見ているようだ。
私の声が引き金となって、別の悪夢へと変わってしまったようだ。
しかも、若干さっきよりも辛そうになっている。
寝言とは思えない大声を出し、腕を前方へと突き出し、何かを必死に掴もうとしている。
あの時は良かれと思ってやったことだが、エリオットには本当に申し訳無いことをしてしまった。
まさか、こんなことになるなんて。
「どうしよう、さっきより辛そうになっちゃった」
私が焦って言うと、ベレトお兄さんが慌てて部屋に入ってきた。
手には氷枕を持っている。
「おい、エリオットどうだ?
お、リシュリー。来てくれたんだな。
リシュリーが声をかければ」
「それが、もっと辛そうになっちゃったの。
どうしよう、エリオットすごく辛そうだよ。
早くなんとかしなきゃいけないのに
あ、そうだ!
私ヴェネラの街の凄腕の薬屋さんを知ってるの。
街ではあまり知られてはいないけれど、父さんの痔から牧場の動物達の重い病気まで、どんな症状でも治す薬を作れる凄いお婆さんなの。
私、今からそこに行って薬をもらってくる」
「ああ、頼む、リシュリー。
エリオットは俺達が見ている」
カルデロお兄さんが頷きながら言った。
頼りにされているのを感じる。
「俺はリシュリーと一緒に行くよ。
途中でリシュリーに何かありでもしたら、目覚めてもエリオットは発狂したままだぜ」
私とベレトお兄さんはヴェネラの街の凄腕の薬屋さんへと急いで向かった。
一秒でも早くエリオットを悪夢から目覚めさせてあげたくて、頬を切るような風の冷たさもいつの間にか降り始めた雪にも、まったく気が付かなかった。




