汚れてしまった血
「……エリオット、待って。
私、あなたに伝えたいことがあるの」
別れの挨拶をして、アルコの丘へと帰る私達、いや、エリオットに向かってシルビアちゃんが言った。
エリオットが立ち止まり、シルビアちゃんの方に体を半分だけ向けた。
「何?」
シルビアちゃんの隣にはハンクさんがいるので、エリオットもひどい態度はとらないはず。
少し安心だ。
キャンプ場での様子を見ていて分かったが、ハンクさんがいればエリオットは激昂したり、無視したりなど、シルビアちゃんにひどい態度を取ることは無いようだった。
「私、エリオットのことが好き!
大好き!!
エリオットが私のことを好きじゃなくても、私はエリオットのことを愛してるの!
自分でもどうしてか分からないけれど、もう止められないくらい好きなの」
……うわお。
なんという熱烈な告白でしょう。
そして、一日も経たない内に、愛の告白に二件も立ち会ってしまうことなんて、そうそう無いでしょう。
キャンプラブラブ大作戦は成功したと言って良いだろう。いや、大成功だ。
「僕は、君のことはなんとも思っていない。
申し訳ないけど、君の気持ちには応えられない。
これからも、応えることは一切無い」
……うわあ。
なんという冷たい言葉。
一応丁寧にシルビアちゃんの言葉に応答している風だが、言葉に心が一切こめられていなくて、まるで心を持たない機械仕掛けの人形のようだった。
そしてシルビアちゃんはそれを聞いて、大きな目から涙をポロポロとこぼした。
「待ってくれよ、エリオット君。
シルビアはこんなに君のことを想っているんだ。
すぐにシルビアのことを好きにならなくていい。
だけど、友達から始めればいいじゃないか。
きっとすぐシルビアのことを好きになるさ。
だって、君達とってもお似合いなんだ。
神様が互いのために互いを作ったのかってくらいにね。まるで対の人形のようだよ。
きっと君達はお互いに運命の相手なんだ」
「すみません。ハンクさん。
僕には友達は必要無いんです。知り合いもこれ以上はいりません。
今持っているものが僕の全てなんです。
それだけあれば十分すぎるくらいなんです。
もし神が決めたことがあったとしても、僕は僕の意志を優先させます。
それが運命に背く罪深いことだったとしても、全く構いません。
本当にすみません」
「……そうか。
残念だけど、君にも自由意志ってもんがあるもんな」
ハンクさんはエリオットの言葉を聞き、なんとなく納得したようだった。
だが、シルビアちゃんはどうしても納得出来ない様子で、一回大きく息を吸うとエリオットの方を強く見つめた。
その目には情熱が篭っていた。
そして微かに、情欲みたいなものも。
「エリオット!
私には分かるの! なんとなくだけれど。
私達、きっとどこかで出逢ったことがあるって。
そして、心も体も深く繋がったことがあるって。
きっと、エリオットもいつかそれを思い出してくれるはず。分かってくれるはず。
だから、だから!」
シルビアちゃんは叫ぶようにそう言った。
そして涙を流しながら、エリオットの方へとふらふらと近付いてきた。
しかし、その言葉が終わるか終わらないかという時、ギギギギという奇妙な音が聞こえてきた。
その音はエリオットの方からした。
見ると、エリオットが歯を食いしばり、とてつもない苦痛の表情を浮かべていた。
額には脂汗が浮かび、眉根には力が入り歪んでいるのに、目は吊り上がっていた。
そして分かった。
これは、エリオットが歯を強く食いしばり過ぎることで出ている音だ。
「申し訳ないけど、何を言われても君の気持ちに応えることは一切ない。
無理なものは無理なんだ。
本当に申し訳ないけど」
エリオットは近付いてくるシルビアちゃんに感情の無い声でそう言うと、ハンクさんの方に一礼してから、私の手を引いてアルコの丘の方へと歩いていった。
無言で、まっすぐとアルコの丘を見つめながら。
アルコの丘に入り少しすると、エリオットが突然しゃがみ込んだ。
そして片手を地面につき、もう一方の手で自分の額を抑えた。
呼吸が乱れており、とても辛そうだ。
額には先程より多量の脂汗が浮かんでいる。
顔も青ざめている。
「エリオット! 大丈夫!?」
「…………
ごめん、リシュリー。
なんだか急に……」
「どうしよう。
エリオットの家までまだちょっとあるし……
とても辛そうだよ、エリオット。
私に何ができる?」
「僕の血を飲んでくれない?」
私の言葉を聞いたエリオットはすぐにそう言った。
「え、でも、そんなに調子悪そうなのに」
「リシュリーに血を飲まれると、僕も元気になるんだ。
あの時ジャイム様が言ってたでしょ。
『その血を捧げる時、供物に祝福が訪れる』って。
リシュリーに血を飲まれることは、僕にとってこれ以上無い薬なんだ。全てが癒されていく。
悪いものに触れて、爛れて腐ってしまったところも、全部治っていくんだ。
汚れてしまった血も、清められる。
だから……リシュリー」
「分かった。
でも人に見られるといけないから、あっちの、樹がたくさん生い茂っている方まで行ける?」
「うん、大丈夫」
エリオットはとても辛そうに、なんとか頑張って樹が生い茂っている方まで行こうと体を起こした。
私はエリオットの肩の下に自分の体を入れて支えにし、エリオットが歩く手助けをした。
樹が生い茂っている場所まで辿り着き、中でも太い幹を持つ樹にエリオットを寄りかからせるように座らせた。
そして、エリオットの服の肩口を広げて血を飲んだ。
エリオットがいつもより弱い力で、私の背中に腕を回した。
呼吸は乱れてはいるものの、先程までよりも深く健康的なものへと少しずつ戻っていった。
血を出来るだけ優しく、少しずつ飲み続けていると、頬や耳に冷たいものを感じた。
ポタ、ポタと何回も何回も落ちてきた。
突然の雨だと思うことにした。
もしもこれがエリオットの涙だったとしたら、その涙の理由を知るのが怖かった。
自分でもそれがなぜかは分からないけれど。
でも、なんだかエリオットがとても可哀想で可哀想で仕方なくなった。
だから、いつも血を飲む時にはエリオットの肩に置いている両手を、エリオットの背中へと回して抱き締めた。ギュッと、強く。
すると、頬や耳へと落ちる雫が増えた気がした。
冷たい風が吹く中で、私達のいる場所だけはこの太い幹の樹に守られているようだった。
冬だというのに、その木にはまだ葉が残っており、幹には温かい熱があった。
だけど、秋には辺りに咲いていたはずの花や実は全て水分を失い、枯れて死んでいた。
枯れた植物の乾ききった匂いがあたりに漂っていた。
ほどほどに血を飲み終わり、少し離れてエリオットの顔を見ると、顔色が元に戻っていた。
頬や唇がいつものようなばら色に戻っている。
ぼんやりとはしているが、先程のような苦しみはもう消えているようだった。
「ありがとう、リシュリー。
だいぶ良くなった。
こっちへ来て」
エリオットの側に寄ると、ギュッと抱き締められた。
「少しだけこうしてて良い?
まだ立ち上がるのは少し辛くて」
「分かった。
もうちょっとこうしていよう」
太い幹の樹によりかかりながらエリオットと抱き合っていると、二人で一緒にその樹と同化していくような、不思議な気持ちになった。
その樹は私達を受け止め、優しく包んでくれていた。
慈悲深い、大きな心がそこにあることを感じた。
その幹からは良い匂いが発せられ、私達二人と、血楔病が存在することすらも許してくれているようだった。




