マリエッタの言葉
その後私とマリエッタは、エミルとセト先生をくっつけようと奮闘した。
エミル自身も頑張っていた。
しかし、なかなかにセト先生は頑なだった。
あと少しというところで、エミルをひらりとかわしてしまう。
そんなセト先生に、最初はいつも通りお上品だったエミルも、だんだんと猛り狂う猛牛のようになってきていた。
鼻から白い息が吹き出ているのが見えそうだ。
「セト先生。あとはカレーは煮込むだけだから、エミルと食事台の上を飾るものを探してきて下さい。
綺麗な貝殻とか」
「え、でも他にもまだやることがあるのでは……」
「さあ、行きましょう、セト先生!
ほら、こっち!
もたもたしないで!」
エミルが笑っていない目で、セト先生を波打ち際の方へと引っ張って行った。
「ふぅー。マリエッタ、なかなか難儀だねえ。
絶対セト先生、本心ではエミルのこと好きなのにね。
何をそんなに抵抗してるんだろう」
「本当ね。きっとものすごく真面目な人なのね。
どうしたら良いのかしら。
うーん」
私達が考え込んでいると、ハンクさんがこちらにやって来た。
「やあ、こっちの班のカレーも美味しそうだね。
僕達の方もあとは煮込むだけなんだ。
エリオット君がシルビアに手取り足取り、色々教えてくれたから、思ったよりすんなりいったよ。
あの二人、なんだかお似合いだよね。
身長差や、体格や、色合いとか全部。
学び舎でちょっと一騒動あったって聞いていたから、シルビアの兄として心配だったけど、まあ、好きな子ほどいじめたくなるってやつなんだろうね。
安心したよ」
どうやらハンクさんはお喋り好きな人のようだ。
この、スラスラと口から滑らかに言葉が出て来る感じ、もしかしたらヌッちゃんと同じレベルのお喋り好きかも。
「それにしても、マリエッタ・レーチェさん。
君のことは噂では聞いていたけど、こんなにも可愛らしい人だとはね。
ヴェネラの街で老若男女、君を嫌いな人はいないって聞いたよ。
そりゃそうに決まってるよね。
こんなに可愛らしい女の子を嫌いになれる人間なんていないよ。
もし良ければ、今度うちの店に遊びに来てよ。
マリエッタさんならタダで髪を切ってあげるよ。
その後食事でも行こう。
なかなか良いバルを路地裏で見つけたんだ」
やばいよ、フェルマー兄さん。
これはやばい。
マリエッタがお喋り好きの伊達男にぶん取られそうになってるよ。
もともと兄さんのマリエッタでもないんだけど。
でも、フェルマー兄さんとハンクさんでは、顔については兄さんが勝てる可能性はゼロだよ。
……もしかしたら、他の全ての要素でも。
しかし、フェルマー兄さんがどれだけマリエッタのことを想っているか私は知ってる。
ややこしいことを言ってはいるが、本当はマリエッタが大好きなのだ。
マリエッタを見た目でしか評価していないハンクさんとは違って、フェルマー兄さんはマリエッタの中身が大好きなのだ。子供の頃から。
マリエッタと話してると、心が安らいで洗われるって言っていたもの。
マリエッタの言葉は違うって。
マリエッタの、言葉に心を込めて大切にする姿勢を、フェルマー兄さんも尊敬しているのだ。
そりゃもちろん、見た目も好きだろうが。
なんとかして、私がハンクさんの侵攻を食い止めないと。
そう思い握り拳を作ると、マリエッタが口を開いた。
「ありがとう、ハンクさん。
でもごめんなさいね。
私、とても大好きな人がいるの。
だから、一緒にバルへは行けないわ」
「え? え、えっと、でもマリエッタさん。
君、結婚の証や婚約の証、何も付けていないようだけれど」
「ええ。私の片想いなの。
それでも不誠実なことはしたくないの」
ガーン!
マリエッタに好きな人が……いた……
ガーン、ガーン、ガーン……
ガーンという音が頭の中で鳴り響いている。
意地悪な小人によって、嫌な音を発する鐘が突かれまくっているようだ。
私の中で思い描かれていた、アルコ牧場にマリエッタがいる未来がポロポロと崩れ去っていく。
悲しい。悲しすぎる。
まるで失恋したかのような心の痛みだ。
失恋したことはまだ無いけれど。
そして、フェルマー兄さんにどう伝えよう。
私でこんなにショックなんだから、死んだりしないよね、兄さん……
「そ、そうなんだ。
まあ気が向いたらいつでも声掛けてよ。
それじゃ」
「ええ」
ハンクさんは逃げ去るように戻って行った。
まさか断られるとは思わなかったようで、どぎまぎしていた。
「……マリエッタ、好きな人いたんだね」
「うん。実はいたの。うふふ」
「相手が誰かとか、聞いてもいいのかな……?」
「フェルマーよ」
……
……?
……!!
!!!!!!
「うそ!?
マリエッタが? あのパッとしないフェルマー兄さんのことを!?」
「あら、リシュリーったら。
本当よ。
私、フェルマーのことが大好きなの」
「えー! 良かった! 本当に良かった!
でも、なんでフェルマー兄さんのことが好きなの?
だってマリエッタなら、他のもっと良い人選び放題、好きになり放題じゃない?」
「私にとって、世界中いくら探して回ってもフェルマー以上の人なんていないわ。
あんな人、どこにもいない。
誰も代わりになんてならない。
私にとってはだけどね」
フェルマー兄さんに聞かせてあげたい。
いや、聞かせたら嬉しすぎて死んでしまうかもしれない。
「マリエッタ……
じゃあ、もしフェルマー兄さんがマリエッタのこと好きだったら?」
それでも、ドキドキしながら私は聞いた。
「死ぬほど嬉しいわ。
結婚して下さいって言っちゃうかも。
私、これでも結構他の人から求婚されているのよ。
でも全部断ってるの。
だってフェルマー以外の人と結婚するなら、ずっと独身の方が何百倍も良いもの」
おっと、いけない、涙が出てきそう。
先程勘違いで崩れていった最高の未来像が、再生していく。
マリエッタがアルコ牧場にいて、フェルマー兄さんとの子供達がたくさんいる。
そしてその子達とマリエッタやフェルマー兄さんの側に私もいる。
父さんや母さん、バンダーにミグラ、パロマも。
そんなイメージがはっきりとみえる。
だけど、そのイメージの中にエリオットの姿はみえなかった。
「あのね、マリエッタ。
きっと兄さんもね」
そう言った時、エミルの声が聞こえてきた。
「リシュリー、マリエッタさん。
貝殻拾ってきたよ。 ちゃんと水場で洗って綺麗にしてきたから安心して」
セト先生を引っ張りながら、エミルがこちらに歩いて来ている。
セト先生は両手に沢山の綺麗な貝殻を持っていた。
ほんのちょーっとだけ、表情が和らいでいるような気がする。
そして、波打ち際にエリオットとシルビアちゃんがいるのが、エミルとセト先生の後ろに見えた。
二人は腕を組み、シルビアちゃんはエリオットの肩にもたれかかって波打ち際を歩いていた。
「きゃあ、波飛沫が足にかかった!
くすぐったいよー、エリオット」
シルビアちゃんの楽しそうな声がかすかに聞こえてくる。
美術品のように美しい二人に光が降り注ぎ、とても絵になる光景だ。
しっかり距離が縮まっているようだった。
今回はお邪魔虫にならずに済みそうだ。良かった。
そう思って二人を見ていると、エリオットが突然ぐるっとこっちの方に顔を向けて、ばっちり目が合ってしまった。
「…………」
何秒か目が合っていた。
本当はすぐに逸らそうと思ったのだ。
しかし、出来なかった。
なんだか、怖くて。
エリオットの目が、ガラスの目のようだった。
なんの感情もその中に無いような、ガラスの目。
しかし、すごく強くこちらを見つめていた。
だけど、私は何も見なかったかのように、目を逸らした。
とても頑張って。
あのザワザワとした感覚を感じながら。
それは、なぜだかなかなか消えなかった。
あれ? 今一体誰が第一班のカレーを見てるのだろう。
第一班の作業台の方を見ると、ヌッちゃんが絵本に出てくる魔女のようにカレーをかき混ぜ続けていた。
なんだか、ヒヒヒヒという声が聞こえてきそうだ。
「ありがとう、エミル、セト先生。
もうカレー出来そうだよ!」
大きな運命の輪は、きっと完璧なタイミングで廻り続けている。
少しくらいお邪魔虫が変な動きをしても、きっと何事も無かったかのように、輪は廻り続ける。
あるべき場所へ、あるべき人を運ぶように。
だから大丈夫。あの二人はきっと結ばれる。




