冬の帰り道
エリオットと一緒に神官養成学校に来ることにした当初、私は夕方には一人で帰るつもりでいた。
しかし、エリオットは特別講義が終わるまで待っていて欲しいと言った。
そして私を必ず無事に牧場に送り届けるからと、私が夜に牧場に帰ってくることを、父さんと母さんに土下座までして頼み込んでいた。
別に元々私の夜間の外出を禁止していた訳ではなかった父さんと母さんは、見るからに引いていた。
口をポカンと開けて。
しかし、その必死さが嬉しくもあったらしく、その夜はエリオットの大好物の、ごはんにも卵にもバターをたくさん入れたオムライスだった。
エリオットの特別講義が終わる時間まで、大図書館でヌッちゃんと血楔病について調べ物や考察が出来ることは、私にとっても良いことだった。
そしてラッキーなことに、特別講義が終わる時間はギリギリ、大図書館の一般神領民の利用可能時間内だった。
エリオットと神官養成学校の出入り門へと歩いていると、道の途中にシルビアちゃんが居た。
大勢の男の子と一緒だ。
まあそもそも、刃物を重要なものとして取り扱う家業の子には元々男の子が多いのだが。
そしてエリオットを見ると、瞳を輝かせこちらへ来ようとしたが、周りに居た男の子達にそれを阻まれる形になって動けないようだった。
そして、その隙にエリオットはとても早足でその場を通り過ぎた。
繋いだ私の手を引いて。
「エリオット、キャンプ楽しみだね」
「ほんとだね、リシュリー。
でも、キャンプって具体的に何するんだろうね」
「確かに! なんだかものすごくアウトドアなイメージだけど、具体的に何してるか思い浮かばないや。
カレー作ったりとか?」
「それ、すっごくやってそう」
私達はゆるやかなアルコの道を丘の上へ向かい歩いていった。
ここ最近、だんだんと寒さが厳しくなってきた。
今年は数十年に一度の厳冬になりそうだと、神殿の天意預言部気象課からの発表がこの前あった。
もしかすると、数百年に一度かもしれないという噂も流れていた。
その一方、冬だとはとても思えないくらいに暑くなる日もあった。
すっかり冬毛になって冬支度を整えていた動物達はみな辛そうで、とても可哀想だった。
そして、そんな不安定な気候のせいで、冬に収穫出来るはずの農作物が軒並不作になっていた。
ただの厳冬ではない、何かがおかしい冬だった。
「フェルマー兄さん、上手くやれるかなー?
この前もなんだかややこしかったじゃない?」
「僕達が上手いこと手助けしようよ。
きっと、ちょっとしたきっかけさえあれば、あの二人は上手くいく気がする」
「あと、エミルとセト先生も。
ヌッちゃんの話ではセト先生、エミルのことが好きなのに、罪悪感で前に進めないみたいなんだって。
ヌッちゃんはセト先生がクソ真面目だからって言ってたけど、確かに神官の人達みたいな聖職者は、恋愛にタブーの意識持ってそうだよね。
私の偏見かなあ?」
「う、うん……そうだね……」
エリオットがなぜか口ごもった。
「あ、ベレトお兄さんがいる」
鍛冶屋フェレールの前に、ベレトお兄さんが居た。
首の所がファーになっているカッコいいブルゾンを着ている。
ご機嫌そうな感じだ。
「お、お前ら。今特別講義の帰りか。
最近ちゃんとエリオットが特別講義に行くようになってほんと良かったよ。
リシュリーのおかげだな。感謝感謝」
「ベレトお兄さんは何やってたの?」
「俺か? 再誕祭のデートを手紙で申し込んできた女の子達に、断りの手紙を出してきた帰りだよ。
モテるってのも辛いよな。
まあ、兄貴達のも一緒に出して来たんだけど。
ハハッ、でもエリオットには一通も来てねえの。
身長では俺を抜いたかもしれないが、デート申し込みの手紙の数じゃ、お前は俺を永遠に抜けねえからな」
「はいはい。兄貴の方が僕より千倍もてますよ」
「ベレトお兄さんは誰とも再誕日にデートしないの?」
「まあな。これまで再誕日には誰ともデートしたことねえし。
シルビアちゃんとだったらしても良いけどな。
ま、あの子のとこにも相当デートの申し込みがいってんだろうけど。
俺は、とりあえず今は一人前の鍛治職人になることが最優先だからな」
「ベレトお兄さんがなんか偉いこと言ってるよ、エリオット」
「本当だね、リシュリー」
「なんだよ、お前ら!
俺を馬鹿にしてんのか?
いつも思うけど、お前ら、そうやって連携攻撃するのやめた方がいいと思うぞ」
「だって面白いんだもんね、リシュリー」
「うん」
なんだか面白くなって、笑ってしまった。
すると、エリオットとベレトお兄さんも私につられて笑った。
「あ、そういえばエリオット。
そろそろどんなピアスにするか決めとけよ。
一年なんてあっという間だからな」
「ああ。分かってる。
ちゃんと考えてるから安心してくれよ」
「なんの話?」
「あれ、お前まだリシュリーに話してねえの?
リシュリー、我がフェレール家は代々成人年齢を迎えると、それまでに一年かけて作った自分だけのピアスをするんだよ。
それが人間として一人前になった証なんだ」
「リシュリーには前話したと思うんだけど……」
「ごめん、エリオット、すっかり忘れてた!
じゃあベレトお兄さんの、その輪のピアスも?」
「そうだぜ。最初から最後まで全ての工程をただ一人で初めてこなしたのが、こいつなんだ」
ベレトお兄さんは耳元を触りながら言った。
「鍛治職人にならなくても、フェレール家の人間ってことに変わりはねぇんだ。
お前、手先が器用だし一生の相棒にもなるし、作るんだぞ」
「だから、分かってるって。
じゃあ僕はリシュリーを家まで送ってくから」
「はいよ。
じゃあな、リシュリー」
「さよなら、ベレトお兄さん」
きっとエリオットは私に話してくれていたのに、すっかり忘れてしまっていた。
そういう訳で、エリオットのお兄さん達は皆ピアスをしていたのか。あ。エリオットのお父さんも。
「エリオット、ピアス作るんだね。
いいね、楽しそう」
「それが、兄貴達を見てたらそういう訳でもないみたいなんだ。
一生のものだからこそ、どの素材を使うか、どんな形にするか、かなり悩んでたよ。
それに、完成した後に神殿で祈りやら何やらを込めてもらわなきゃならないんだけど、それも色々と大変そうだった」
「へー。それは大変そうだね。
でも、出来上がったらきっと一生の宝物になるよ」
「まあ、それもそうだよね。
リシュリーも色々と協力してね」
「うん。出来る限りする」
そうこうしてるうちに、アルコ牧場に着いた。
門を入ると、左の方からガサッガサッという小さな物音がする。
人の出す音ではないようだ。
エリオットと一緒にその音がする方へと気配を消して近づいた。
そーっとそーっと、慎重に。
ガチョウのピートだった。
可愛いおしりをプリプリさせながら、斜めになっている大きな荷車の上の方を目指して登っている。
そして、一番高いところまで行くと、助走をつけ、羽をバサバサとさせ、
飛んだ。
飛行距離はほんのちょっとだったけれど、確かに飛んだ。ピートが飛んだ。
飛べないはずの、ガチョウのピートが。
エリオットと目を見合わせた。
「ピートが飛んだ!」
私達の声はぴったり合わさった。
そして、その後の笑い声も。
ピートは、自分が飛べることが当然かのように堂々としていた。
でも、えらいえらいと沢山褒めてあげた。
ピートの頑張りを知っていたから。
エリオットはピートのほっぺを優しく掻いてあげていた。
その顔は、とても優しい顔だった。




