考察A
今日はエリオットの特別講義の日だった。当然私も大図書館にやって来ていた。
あの日、エリオットは目覚めた後、私にずっと謝り続けていた。
何に対して謝っているのか、良く分からなかったけれど。
そして、一日中ずっとどこまでもくっついてきた。
少しでも私の姿が見えなくなると、とても焦って探していた。
門の向こうにエリオットを残して部屋に戻ってしまったことが、相当ショックだったようだった。
本当にごめんね、エリオット。
なんだかそんなエリオットを見ると、シルビアちゃんのことを話題にあげることは出来なかった。
しかも、次の日から良く眠れなくなってしまったみたいで、目の下にクマがある日が続いていた。
ぼんやりとしていることも増えた。
だから、牧場で過ごす日は朝から一緒に頑張って仕事をして、早めに仕事を終わらせて、私の部屋で安眠効果のあるお茶を飲ませてあげた。
それから私のベッドに寝かせてあげると、良く眠っていたから安心した。
寝ている間もずっと手を掴まれているから、私は少し不自由だったけれど、エリオットの安眠のためなら我慢出来た。
「いや〜ん! それはド修羅場じゃないの。ド修羅場!」
ヌッちゃんは、テーブルの向こうから身を乗り出し、目を輝かせながら言った。
確かヌッちゃんに、私が"供物"の血の代替品を探している理由の一つとしてエリオットには運命の人が居るから、なるべく早く見つけなければいけないと説明しようと思ってこの前のことを話したら、ヌッちゃんがものすごく食いついて来たのだ。
目をらんらんとさせて。
パロマがイタズラを思いついて、どう実行しようか考えている時の目と似ている。
ワクワクしてたまらないといった感じだ。
「この前大図書館の前で繰り広げられてたのも、あたしからしたら、なかなかの修羅場だったけどね。
リッちゃんも大変ね〜。
それにしても、リッちゃんの"供物"のエリオット氏があのイケメン四兄弟の内の一人だったとはね!
神官の間でも有名よ〜。フェレール四兄弟の美男ぶり。
ちなみにあたしは長男が一番好みよ。
ま、ジャイム様には劣るけどねん」
ヌッちゃんは楽しくてしょうがないという感じで、話しまくっている。
「でもさでもさ、そのシルビア・ティヘラって子。
あたしは好きくなーい。
確かに可愛い顔してたけどさ。
なんか悪気無く、人をめちゃくちゃに傷付けるタイプって感じ〜」
「でも、喋ってみたら思ったより悪い子じゃなかったよ。正直だし。ガッツあるし。
最初の頃は私なんか見えてないような感じだったから」
「リッちゃんのおバカ!
それがあの子の作戦なのよ!
エリオット氏に色仕掛けしても全く効かなかったから、リッちゃんを味方に付けて、そこから崩してこうとしてんの!
もしかしたら、本人はそのつもり無いのかもだけど。
だとしたら、無自覚策士ね〜。コワっ」
「そうなのかなー」
「あたし的には、リッちゃんの方が好みだから自信持って!
ほら、ちょっと伏し目がちにしてごらん。
もう違う! 伏し目っていうのは白目にすることじゃないのよ。
そうそう。イエス、ナイス伏し目!
美人さん発見!」
「もう普通にしていい? あたくし疲れましたわ」
「なんかさ、リッちゃんて、儚げっていうの?
眠そうっていうの?
もしくはあんまり生きてる感無いっていうの?
まあ、あんま居ないタイプの美人よね」
「いやー、それ程でも。
……ん?
それって本当に褒めてる? 実はけなしてる?」
「褒めてるに決まってんじゃないの〜。
たれ目が超キュート。っはい!
それにしても、リッちゃんの言うことも分からないことないけどさ〜、あんな超イケメンに優しくされて、ずーっと一緒に居て、ちょっとはクラリと来ないの?」
「うん。それが、ならないんだよね」
それは、これまで沢山の人達に聞かれたことだった。
でも私は、エリオットにちゃんとした恋心を抱いたことは無かった。これまで一度も。
確かに、エリオットは私に色々なことをしてくれる。
そして、とても優しくしてくれる。
そうしてくれることは、もちろん嬉しい。
とてもありがたいとも思う。
でも、それが私の中で恋へと完全に変わることは無かった。
これはとても不思議な感覚なのだが、私の中でエリオットへの気持ちが幼馴染みへと抱く親愛の情から、違うものへと変化しそうになった時が、全く無かった訳では無い。
でも、いつもその変化が起こりそうになると、心が固まってしまった。
とても固く冷たい、重い石のようになってしまった。
そして心が固まると、なんだかとても悲しくなって、エリオットに会いたくなくなってしまう。
そして更に、自分でもおかしいと思うが、もうこの世界に居たくない、そんな気持ちにまでなってしまった。
子供の頃はそれがよく起こっていた。
だから、せっかくエリオットが遊びに来てくれても、調子が悪いと言ってあまり会わないようにしたこともあった。
無駄だったけれど。
結局エリオットはなんとかして扉を開けて、私の部屋へと入って来た。
でも私のそんな様子を見ると、エリオットもとても悲しそうで、それを見て私も更に悲しくなるという、悲しみの無限ループが起こってしまったものだった。
そんな事が続く内に、エリオットへ恋心を抱きそうになることは無くなった。
それはもしかすると、なんらかの防衛反応だったのかもしれない。
エリオットに運命の人が居ることは、分かっていたから。
「ふーん……
あ、そうそう!
あたし、ちゃーんと血楔病のことについて調査と考察を進めたのよ。
やっぱり、リッちゃんとこうして直接話したりやり取り出来るようになったことが大きかったわ。
あたし、一つ大きな疑問点を見つけちゃったの」
「え、なになに?
知りたい知りたい」
こうしてエリオットの特別講義について来る日以外にも、ヌッちゃんとは少しずつ手紙でやり取りしていた。
ヌッちゃんは、私が書いて送ったこれまでの血楔病にまつわる出来事の時系列をまとめてくれていた。
そして色々な考察を行なっているようだった。
「血楔病の患者は、"供物"の血を飲むことで生命エネルギーを補給し、世界との繋がりを深めるってことだったわよね。
それは逆に言えば、"供物"の血を飲まなければそれが出来ないからそうしてるのよね」
「うん。エリオットの血以外ではおなかは満たせても、世界との繋がりが強まる感覚は得られない」
「でも、それには一つ穴があるのよ。
リッちゃんが血楔病を発症したのは十一歳の時よね。
つまりそれまでは、リッちゃんは"供物"の血を飲まなくても、なんとか生きてはいたのよ。
どんなに世界との繋がりが弱かろうが、生命力が貧弱だろうが。
まあ、相当虚弱だったようではあるけど」
「言われてみれば、確かに」
「それが、多分エリオット氏の発した『約束』という言葉で血楔病を発病し、"供物"の血を欲するようになってしまった。
"供物"の血を定期的に飲まずにはいられなくなってしまった。
これってどういうこと?」
「どういうこと……なんだろう」
なんだか、頭がグルグルしてくる。
あまりにも沢山の要素が絡んでいる気がする。
でも確かに、私は血楔病を発病するまでは血を奪わなくても、生きていられてはいたのだ。
でも、あの時。血楔病を発病した時。
確かエリオットの「約束」という言葉を聞いて、おなかの真ん中に穴が開いたような感覚に襲われたのだった。
そして、そこに全てが引きずり込まれていくような気がした。
とても苦しくて、苦しくてたまらなかった。
その時、エリオットの声が聞こえた。
その声を聞き、私はエリオットの血を奪い、飲みたくなった。
とてつもなく。
離岸流に捕えられた海水浴客が必死に岸へと戻ろうとするように。
地上から浮き上がり続ける気球が懸命に高度を下げようとするように。
あの時、私はとても必死だった。
その穴に引きずり込まれない為には、エリオットの血が必要だと本能で分かった。
「私、あの時。
もしかしたら死にそうになってたのかも。
死なないためには、エリオットの血が必要って本能で感じたのかもしれない」
「なるほど!
きっと、血楔病っていうのは、ただ呪った相手を世界に強制的に生まれさせて終わり、じゃないのよ。
きっと、それだけじゃ術というか、呪いは完成してないのよ。
強制的に生まれさせた人間を、この世界に縛り続け、存在させ続けるために必要なのが"供物"の血だとしたら?
"供物"の血を欲させて、飲ませ続けることによって初めて呪いは完成するのよ。
これなら辻褄が合うわ。
瞳の色が元の色に戻った時っていうのは、つまりはこの世界との繋がりが弱まっているってこと。
つまりはこの世界での死が近づいているってことだとしたら?」
「ねえねえ、でも、そうだとすると、十一歳までの私はどういうこと?
白銀色の瞳で、生きてたけど。
そりゃ、だいぶ虚弱ではあったけど」
「あ。
キェー! ややこしい!!!
もう! もう!」
ヌッちゃんは頭をバリバリと掻きむしった。
「はあ。ちょっと休憩しましょ……」
「ヌッちゃん、肩揉んであげる」
ヌッちゃんの肩は、バリバリに凝っていた。
ちょっと心配なほどに。
揉んだ時、バリバリという音がした気がした。
ヌッちゃんの至る所から、バリバリという音が聞こえてきそうだ。
「ありがと。リッちゃん。
ちょっとだけ、血楔病とは違う話をしましょうか。
あたしの弟のセトなんだけどね、最近恋の病にかかっちゃってて、ちょー面白いの」




