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リシュリー・アルコは約束が出来ない  作者: 入海詩魚
第二章 金色の羊の毛のお守り
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赤い血

 エリオットだった。ものすごく怒っている。

 そして怒鳴っている。

 なんて言っているか、分からないくらい。

 とても恐い顔で、私達が話しているアルコ牧場の門の前まで走って来た。


「おい! なんでここに居るんだよ!

 早く帰れよ! 一歩でも牧場に入ってみろ。

 ただでは済まさないからな!」


「エ、エリオット。

 私、ただリシュリーちゃんと少しお話しがしたくて」


「お前がリシュリーの名前を呼ぶなよ!

 早く消えてくれよ! 頼むから」


「ごめんなさい、ごめんなさい」


「お前の声なんか聞きたくない!

 早く消えろ!」


「エリオット、お願い。そんな酷いこと言わないで。

 私、悪気があったわけじゃないの」


「馴れ馴れしくするな!

 僕に触るな!」


 どうしよう。どうしよう。

 門の向こうで、エリオットがシルビアちゃんをめちゃくちゃに怒鳴りつけている。

 敵意を剥き出しにした、とても恐い顔で。

 シルビアちゃんは怯えてはいるものの引き下がらず、必死にエリオットの腕を掴み、取り縋っている。

 


 なぜ、こんな朝っぱらからうちの前で、こんな痴情のもつれのような、修羅場のような場面が展開されているのだ……?


 そして、エリオット。この人は本当にエリオットなのだろうか。

 とても怖い。エリオットとはとても思えない。

 エリオットの怒鳴り声で、知らないうちに自分の手が震えていたことに気が付く。

 なぜかそれを隠さなければと思い、手を握り締めた。

 どうしよう。

 とりあえず、私はここから居なくなった方が良い。

 火に油というか、私の存在がこの二人の修羅場を更に激しくしている気がする。

 それにきっと今、私の声はこの二人を止めることは出来ない。


「あの、とりあえず落ち着いて。

 大丈夫だよエリオット。

 シルビアちゃんに何も酷いことなんてされてないから。

 きっと、何か誤解があるんだよ。

 落ち着いて、二人でゆっくり話し合ってみたら、きっと誤解も解けるよ。

 私、ちょっとあっち行ってるね」


「待って!! リシュリー! 行かないで!!

 門を開けて! 僕を牧場の中に入れて!!

 行かないで!!

 リシュリー!!!」


 エリオットが叫んでいる。

 向こう側から門にしがみついて、門を揺らし、なんとかこじ開けようとしている。

 見てはいけない。振り返ってはいけない。

 そんな気がした。

 一度振り返れば、きっと石のようになって、一歩も動けなくなってしまう。

 本当はとても心配だ。とても悲しい。

 でも、ここに私が居たって、出来ることなんて何もない。


「リシュリー!!

 待って!! 待ってよ! リシュリー!!

 お願いだから、行かないで!!

 僕を牧場に入れて!!

 リシュリー!!」


 私はエリオットの叫び声が聞こえないフリをして、母屋の自分の部屋へと戻った。

 

 部屋でベッドに座ってしばらくすると、シルビアちゃんのことが心配になってくる。

 まさか、殴られたりとかしてないよね。

 さすがにそこまではしないよね、エリオット。

 でも一度気になってしまうと、とても心配になってきた。

 そろそろ様子を見に行ってみるか。

 そう思い立ち上がると、足音が聞こえてきた。

 走ってこちらの方へ向かってきている。

 この足音はエリオットだ。

 足音が止まった。私の部屋の前で。

 私の部屋の扉の向こう側に、居る。

 あのザワザワとした感覚がする。

 とても強くする。

 扉がドンドンと叩かれた。


「リシュリー。この扉を開けて。

 僕を入れて。お願いだから。

 そのためだったら何でもするから。

 お願いだから、扉を開けて」


 エリオットの声が震えている。

 聞いていてとても悲しくなるような声だった。

 

 でも……

 なぜだか、どうしても部屋の扉を開けてはいけない気がした。


「エリオット。

 多分シルビアちゃんと、まだちゃんと話せてないでしょ。

 あんなこと言ったら可哀想だよ。

 大丈夫。私待ってるから、話してきなよ」


「…………

 …………

 …………

 リシュリー、僕怪我してるんだ。

 ここに来るまでに手を切ってしまったんだ。

 助けて、リシュリー。

 僕の血を飲んで、怪我を治して」



 怪我? 

 大変だ。

 もう、こんなことしてる場合じゃない。

 私は部屋の扉を開けた。


 エリオットが立っていた。

 その目は、狂ってしまった人の目のようだった。


「エリオット、大丈夫?

 どこを怪我したの?」


「リシュリー、血が出てるんだ。

 ずっと止まらないんだ」


 エリオットが左手を私に差し出した。

 左手の甲の皮膚がパックリと裂け、そこから赤い血が流れ出ている。

 血は左手の甲から肘へと流れて伝い、エリオットが着ている服の左の袖を赤く染めていた。


 エリオットの血は、とても赤い。

 エリオットの命がその中を流れていることが確かに感じられる、生命力に溢れた赤い血だった。

 その赤い色を見ていると、なぜかいつも胸が少し苦しくなった。

 そして、悲しくなった。

 

 

「大変! すぐ治すから待ってて」


 私はエリオットの左手を取り、その傷口に口をつけ、エリオットの血を飲んだ。

 いつもと同じ、蜜のように甘い血の味だ。

 渇きが満たされていくのを感じる。

 しかしいくら飲んでも、しばらく経てば渇きはやって来てしまう。


 血をある程度飲み、口を傷口から離すとみるみるうちに傷は癒えていった。

 パックリ裂けていた皮膚には、もはや何の傷跡も無い。

 だけどエリオットは苦しんだ。

 傷が癒えたはずなのに、床に膝から崩れ落ち、倒れ、震えている。

 目からは生理的な涙の筋が落ちている。

 

「エリオット! 大丈夫!?」


「リ、シュリー…………」


 そう言うと、エリオットはものすごい力で私の腕を掴み、そのまま気を失ってしまった。

 ベッドに運ぼうとしても、私にエリオットを持ち上げる力はない。

 床で気を失っているエリオットに、軽いブランケットをかけ、クッションを頭の下に挟ませてあげた。

 

 しばらくすると、規則的な寝息が聞こえてきた。

 スヤスヤと眠っているようだ。

 長いまつ毛を伏せ、とても安心したような美しい顔で眠っている。

 良かった。とりあえず、もう苦しんではいないようだ。


 シルビアちゃんはどうなったのだろうか。

 大丈夫だろうか。

 もう居なくなっているかもしれないが、心配だった。

 あんなこと言われて、傷つかないはずない。

 あんなにエリオットに恋してるのに。

 様子を見に行きたいけれど、エリオットはまだ私の腕を強く掴んだままで動けない。

 

 そういえば。なんで門は開いてなかったんだろう。

 いつもこの時間には門は開いているはずなのに。

 あ!今日の門当番、バンダーとミグラじゃない。

 渡り鳥の観察に夢中になって門を開けるのを忘れるなんて。

 そんなんじゃ観察隊員失格だ。

 怒らないと。

 そして、確か去年も一昨年も同じことをしていたような。

 あの時、父さんにこってり絞られていたのに。

 

 でも今回のことで、心の底から分かってしまった。

 私は、ほんっっっとうにお邪魔虫だ。

 もはや、ただ存在しているだけで、あの二人の邪魔になる。

 何を言っても、何をしても。

 これは、本当に、心の底から、私は二人の側に居ない方が良い。

 

 早く、血楔病を治さないと。

 少なくとも、"供物"の血の代替品となる物を見つけないと。

 なんとか、早く見つけないと。

 二人の仲がこれ以上こじれてしまう前に、なるべく早く。


 その時私の頭に突然、"巡礼の旅"、という文字が光り輝きながら浮かび上がった。



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