飴玉
後ろを向いた。
ギギギギ、と錆びたブリキ人形のような動きになってしまった。
エリオットが私を見ている。
信じられないものを見るような目をして。
「リシュリー、何してるの……?
なんでここにいるの……?」
言い訳。今こそ、用意していた言い訳の出番だ。
「えーっと、私エリオットのことが」
ちょうどその時、シルビア・ティヘラがエリオットに追いつき、頬を膨らませて言った。
「もう! 待ってって言ってるのに!
ひどいよエリオット」
そして、シルビア・ティヘラはエリオットの腕を取って、自分の腕と組んだ。
「もう! 捕まえたんだから」
そう言って、とても可愛く笑った。
笑顔が眩しい。比喩ではなく、本当に眩しい。
銀色の聖なる光が、その笑顔からは発せられている気がする。闇を払う退魔の光だ。
その光は私には眩しすぎる。
そして、こうして二人が並んで腕を組んでいるところを実際に見ると、やはり二人が互いに運命の相手だということは間違えようの無い事実だと思った。
とてもお似合いだ。何もかもが。
そして、ふと思った。
この状況で、さっきの言い訳、言える?
私のお邪魔虫感、とてつもなくない?
「リシュリー、今なんて言ったの?
もう一回ちゃんと言って」
エリオットは私をじっと見つめ続けている。
まさかとは思うが、これではエリオットの世界にシルビア・ティヘラが存在していないように見える。
シルビア・ティヘラの声が全く聞こえていないようだ。
すぐ隣に居て、腕を組んでいるというのに。
しかし、このままだと、私を見つめるエリオットの瞳の中に吸い込まれていってしまいそうだ。
うう、言うしかないのか。
「えっと、私、エリオットのことが心配で、ミニキチャタヨ」
最後の方は早口になったせいで、遠い国から訪れる巡礼者のような口調になってしまった。
あーあ、ごめんなさい。
シルビア・ティヘラさん。
君の恋路を邪魔するヤツが登場してるように見えるだろうけど、違うよ。
しかし、その言葉を聞くと、エリオットはブンッと大きく腕を振ってシルビア・ティヘラの腕を払いのけ、こちらへと歩いてきた。
そして、私を強く抱き締めた。
…………
…………?
……何この状況。何この状況。
神官養成学校で、大図書館の前で、そして運命の人の前で、一体なにしちゃってるのエリオット。
どうしちゃったの、エリオット。
「僕もリシュリーに会いたかった。
朝別れてから今まで、ずっと会いたかった」
私、会いたかったって言ったっけ……?
「エリオット、苦しいよ」
「あ。ごめん、リシュリー」
エリオットはそう言って私を抱き締めるのをやめると、すかさずいつものように手を絡めて繋いだ。
なんだかとても嬉しそうだ。
切れ長の目が、ちょっと垂れたように見える。
エリオットの目がこういう風に見える時は、エリオットがとても喜んでいる時なのだ。
「今日は特別講義、一番初めの日だからって早めに終わったんだ。
さあ牧場へ帰ろう。それか、ヴェネラの街でどこかに寄っても良いかもね。キドニーの甘いもの工房とか」
「それがね、一人で帰ろうと思ってたから、チーズ屋さんにヤギのミルクの配達に来てるフェルマー兄さんと落ち合って、ロバ車に乗せてもらう予定になってるの」
「そうだったんだ。
それならちょうど良いよ。
僕フェルマー兄さんと話したかったんだ。
再誕日のマリエッタとのデートの件、色々聞きたいと思っててさ」
エリオットはそう言うと、神官養成学校の正門の方へと歩き出した。
私も手を繋がれているので、自然とそちらへ引っ張っていかれる。
そして、思い出す。シルビア・ティヘラのことを。
エリオットとのいつもの会話のペースで、すっかり通常運転に戻ってしまい、彼女のことをすっかり忘れてしまっていた。
「あの、エリオット。
でも、シルビア・ティヘラさんがエリオットのこと待ってるみたいだよ。
今日は私一人で帰るよ」
そう言って、私は自然な感じで手を離そうとした。
「違う、リシュリー!
違うんだ!!
だから、一人で行かないで!」
エリオットが強く私の手を掴む。
そして、焦った様子で言った。
とても狼狽している。
一体、何が違うのかも謎だ。
なんだか今日のエリオットは情緒が不安定だ。
大丈夫だろうか。顔を見ると疲れが出ている。
きっと、とても疲れているのだ。
「早くフェルマー兄さんと落ち合って、牧場に帰ろう。
今日僕も一緒に夕飯食べても良いかな?」
「うん。みんな喜ぶと思うけど。
えっと、でも」
「さあ、行こうリシュリー。牧場に帰ろう」
そう言って、エリオットは先ほどよりも近い距離で私の手を握り、歩き出した。
チラリとシルビア・ティヘラの方を見ると、とても傷ついた表情を浮かべていた。
ごめんなさい。本当に心の底から、申し訳ない。
私というお邪魔虫のせいで、二人が接近するチャンスを一つダメにしてしまった。
こんなことしたい訳じゃなかったのに。
エリオットを解放して自由にしてあげたいと思ってやったことが、こんな風に裏目に出てしまうなんて。
「待って、エリオット!
私、あなたとどうしても、もっと話がしたいの」
「僕は話したくない。前も言っただろ。
僕達に近づくな」
シルビア・ティヘラがエリオットを追って来たが、エリオットがとてつもなく冷たい声でそれを拒絶した。
後ろを振り返ることもせず。
何か視線を感じた。
ふと大図書館の方を見ると、ヌッちゃんが大図書館の中からガラスに張り付いて、こちらを見ていた。
文字通り、ピタリと張り付いている。
目が良ければ指紋がくっきり見えそうだ。
ちょっと。本当に親友になれそうならそんな透明な所にピッタリ張り付いてないで、ちょっとくらい助けてくれても。
目でそう訴えかけると、なぜかヌッちゃんはウィンクしながら右手の親指をグッと立てた。
ダメだこりゃ。
そして私達は神官養成学校から出て行った。
本当にこれで良かったのだろうか。
私のしたことは、運命の輪の歯車の動きをおかしくするようなことではなかっただろうか。
「あの、エリオット。シルビア・ティヘラさんのことだけど、本当に大丈夫なの?」
「うん。大丈夫も何も無いよ。
特別講義で無理矢理二人一組にならされたんだ。
でも全く喋ってないから安心して」
え、それは喋らないとまずいのでは。
だって、きっとなんらかの目的あっての、二人一組だし。
しかし、もうなんとなくシルビア・ティヘラ関連のことをエリオットと話すのはやめた方が良さそうだ。
もうこれは、エリオットはシルビア・ティヘラのことが嫌いなことは決定的だ。
少なくとも、今現在は。
嫌なことや嫌いなものを話題にするのは、とても疲れる。
ただでさえ、嫌だった特別講義を頑張ってきたのに、これ以上疲れさせるのはエリオットが可哀想だ。
あ。もうエリオットに私が一人で外出したことはバレてるんだから、キドニーの甘いもの工房で買った飴玉を私から渡しても大丈夫ということだ。今あげよう。
少しでもエリオットの疲れが取れたら嬉しい。
「エリオット。神官養成学校に来る途中でね、キドニーの甘いもの工房で飴玉買ったんだ。
はい。エリオットの分」
「え、僕のために飴玉を買ってくれたの?
ありがとう、リシュリー。本当に」
「家族の分も一袋買ったけどね。
きっとエリオット疲れてるから、甘いもの食べたいかなって。
あんなに行くの嫌そうだった特別講義に頑張って行ったんだもん。
少しくらい、何か良いことなくっちゃね」
私はエリオットの為に買った、飴玉入りの紙袋をリュックから取り出してエリオットに渡した。
エリオットはそれを受け取ると、すぐ丁寧に袋を開き、淡い緑色の飴玉を取り出して舐めた。
「とっても甘くて美味しい。
みずみずしいメラノの実味だ。
リシュリーも一つどうぞ」
エリオットは紙袋から飴玉を一つ取り出し、私の口の前まで持ってきた。
口を開くと、飴玉を優しく舌の上へ置かれた。
口を閉じるとき、エリオットの指先が私の唇をなぞった気がした。
そしてエリオットは、その指を自分の口の中に入れて舐めた。
きっと、指に付いた砂糖の粒を舐めたかっただけだ。
「ありがとうエリオット。
本当だ。とっても甘いね。
周りに付いてる砂糖粒が最高だね」
「うん。本当にとっても甘いよ、リシュリー。
溶けちゃいそう」
私達は夕暮れの冬の街を、手を繋いでフェルマー兄さんとの待ち合わせ場所へ歩いていった。
この前学び舎を早退したせいで見られなかった、日が暮れたヴェネラの街は、飾りつけられたヴェネラ貝達がきらめきながら揺れていて、温かかった。
なぜ、同じ光でも大丈夫な光と、そうでない光があるのだろう。
ロバ車から見えたキドニーの甘いもの工房の出窓にディスプレイされている飴玉達は、オレンジ色の光でライトアップされ、昼見た時より鮮やかな色を発しながら光り輝いていた。
それは、とても甘く幸せな光だった。




