大図書館
ヴェネラの街の大通りを神官養成学校に向かい歩いていると、無性に甘いものが食べたくなってきた。
そこで、エリオットともよく一緒に行っているお菓子屋さんの、キドニーの甘いもの工房に立ち寄ることにした。
ヴェネラの街の他の建物と同じように、白くてキラキラした塗り壁の小さな建物だ。
でも、柱やショーウィンドウになっている出窓の窓枠の部分などがピンクと黄緑色の斜めのストライプ模様になっており、派手なソフトクリームみたいでとても可愛い。
ショーウィンドウの出窓には、カラフルで周りに砂糖の粒がいっぱいついた美味しそうな飴玉が、透明なガラスのゴブレットのような器に入れられ飾られていた。
そのゴブレットのような器はいくつか展示されていて、大きいものもあれば、小さなものもある。
中に入っている飴玉はよく見ると、容器ごとに色が違うものが数種類ずつ入れられていたが、どの容器も色彩のバランスが取れていてとてもオシャレだった。
よし、この飴玉を買っていこう。お小遣いは持ってきている。
飴玉なら、紙袋の中に入れて、更にリュックの中に入れておけば大図書館に持ち込んでも大丈夫だろう。
私はキドニーの甘いもの工房へと入っていった。
よく考えれば初めての一人での買い物である。
胸が弾みまくっている。雲を突き抜け、お日様の近くまで弾んでいってしまっている。
鼻血が出ていたらどうしよう。
一応鼻の下を手で擦って確認してからお店に入った。
扉を開けて入ると、カランコロンと星の形のドアベルが鳴った。
お店の中はとても甘い良い匂いがして、色鮮やかなお菓子達がとても可愛らしくオシャレに並べられていた。
まるでお菓子達が仲良く暮らすお菓子王国だ。
ふとエリオットのことが思い浮かんだ。
エリオットにも飴玉あげたら喜ぶだろうな。
でも、買っていったら私が一人で出かけたことがバレてしまう。
でも、あんなに嫌がっていた特別講義に頑張って行ったんだから、なにか少しでも良いことをエリオットに起こしてあげたい。
うーん。でも、でも、でも。
よし、フェルマー兄さんが買ってきたことにして、渡すこととしよう。
私は飴玉を買った。家族みんなで食べられるようにちょっと大きなサイズの紙袋と、エリオット用の小さめサイズの紙袋で。
可愛いポイントカードまで作ってもらい、とてもご機嫌だった。
飴玉を一つ口に入れ、コロコロと舐めながら大図書館へと向かった。
飴玉の甘酸っぱさが口の中や体中を巡り、ただでさえ素敵な冬のヴェネラの街が、いつもよりももっと輝いて見えた。
大通りの途中で曲がり、西の道へと続く通りへと入った。
レナトゥス大神殿が見える。結構遠くにあるはずなのに、ここからでも大きく見える。
実際にはどれだけ大きい建物なのだろう。見当もつかない。
そして、ついにたどり着いた。神官養成学校に。
広い。とても広い。
校舎がずっと先まで、何棟も続いている。
白い塗り壁でオレンジ屋根の、どれも同じように見える校舎だが、壁面は様々な彫刻で飾られ、それは校舎ごとに違うようだった。
また、何棟かに一棟は、高い塔が建物を挟み込むように右と左についていた。
これなら大丈夫だ。エリオットと会うことはないだろう。
この校舎の数と、敷地の広さと往来する人々の数を考えれば、かち合うことは考えづらい。
彫刻付きの大きな黒い門を入り、綺麗なグリーンの芝生の上を歩いていった。
そして、幸運なことに大図書館を利用する一般神領民の為に案内看板があったので、それに沿って行けば迷うことは無さそうだ。
大図書館は不思議な建物だった。
まるで、大きな白い繭のようだ。
しかし、あまり高さは無い。
大図書館と聞いて、なぜだか勝手に、もっと高くてとんがった塔のような感じの建物を想像してしまっていた。
所々ガラス張りになっていて、そのガラスは透明感のある空色だ。
ガラスの扉を入ると、やはりそこは図書館だった。本の匂いがする。
そして、大図書館という訳が分かった。
上ではなく、下にとても大きいのだ。
入り口のガラス扉を入った先に螺旋階段があり、下を覗くと果てしなくどこまでも螺旋が続いている。
ここからでは良く見えないが、何層ものフロアがありそうだ。
よし、さっそく血楔病について書かれた本を探そう。
……しかし、どうやって。
まず、どこへ行けば?
もはやこの広さでは片っ端からやっていってたら、時間がいくらあっても足りない。
自分のアホ。心だけ勇み足になるのではなく、もっとこう、計画というものが大事だったのだ。
困ったぞ、こりゃ。
「あら、なにかお困り〜?」
見るからに困った顔をしていたのか、大図書館の人が話しかけてくれた。
振り向くと、なんだかどこかで見たことがある気がする男の人がいた。
目が細くて笑ったような感じの柔和な顔立ちで、誰かに似ている……誰だろう。
そこまで出てきているのに。この感覚、気持ち悪い。
「あ、すいません。
私調べ物したいと思って、初めて大図書館に来たんですけど、あまりに広くって、何からしたら良いか呆然としちゃって。いや、お恥ずかしい」
「あら、あなたもしかしてリシュリー・アルコちゃん?麗しのジャイム様と仲良しの」
「あ、はい、そうです」
「嫌だ〜、早く言ってよもう。
ジャイム様から話しは聞いてるわ。
どえらい病気、患っちゃってるって。
それで、ずっとあたしも調べてあげてたのよ。
やっと実物に会えたわ。なんか感激〜」
ジャイム様は学び舎で働く神官だけではなく、他の限られた何人かの神官に私と血楔病のことを話して解決の糸口を探っていると言っていたが、まさかその一人にここで会えるとは。
「ありがとうございます。
ご挨拶が遅れてしまってごめんなさい。
リシュリー・アルコです。
血楔病について調べて下さって、ありがとうございます」
「いいのよ〜。その言葉を聞けてもう大満足よあたし。まあ仕事の一つっちゃ一つだしね。
あたしはヌト・フーゴ。この大図書館で働く神官司書よ。よろしくね」
分かった。誰に似てるか分かった。
セト先生だ。セト先生はクリーム色の髪で、ヌトさんは暗い紫色の髪で、色味が違うからかパッと見分からなかったが、顔立ちだけ見たらセト先生によく似ている。
セト先生も目が細くて、いつも笑ったような顔をしてるのだ。
「あの、ヴェネラの街の学び舎のセト先生って……」
「あら、セトはあたしの弟よ。
結構似てるでしょ、あたしたち」
やっぱり。なんだか少しだけあった警戒が解けて、親近感がわいてきた。
「じゃあ、リシュリーちゃんも血楔病を治す方法を調べようと、大図書館に来てくれたのね。エライっ」
ヌトさんは、自分の研究室へと私を連れて来てくれた。
所狭しとそこかしこに本が積み上げられている。
暖かみのある色の、パッチワークのソファに案内された。
「あたしも、もう結構長い間血楔病の記述がある本について探してるつもりなんだけどね。
見つかるは見つかるんだけど、どれも同じようなことばっか書いてあって、重要なことについては何にも書いてないの。
全くなかなか難航してるわ。冊数だけあれば良いってわけじゃないのよね。
実は私達神殿の人間でさえ、この大図書に一体どれくらいの本が存在してるかまだ把握出来てないくらいなの。
今見つかっているフロアが大図書館の全てなのかも、謎よ。
きっとまた掘ったら前みたいに新しいフロアが出てくると、あたしはそう思ってるわ」
一体、大図書館ってなんなのだ?
「そうなんですね。
私は最悪、血楔病を治せなくても良いと思ってるんです。
私が一番見つけたいのは、"供物"の血を奪わなくても済む方法なんです。
"供物"の血の代替品を、どうしても見つけたくて」
「なるほどね〜。何か事情がありそうだけど、今は聞かないでおくわ。
でも、確かにそれなら見つかる可能性はあるかもしれない。少なくとも、血楔病を完全に治すよりかはハードルが下がるわ」
「良かった。でも、一体何から始めれば良いでしょうか?」
「まず第一に、血楔病を考える上でヒントになるのは、血楔病の患者の魂に刻まれているという、刻印ね。
もし本当にその呪われた刻印のせいで、あなたが本来生まれるはずではなかったこの世界に生まれ、生きてて、そのせいで生命エネルギーが枯渇しやすいのだとしたら……世界との繋がりが弱いのだとしたら……
そして、それが"供物"の血を求める原因なのだとしたら……
その呪いを弱めることが出来れば、もしかすると何かが変わるかもしれないわ。
あ、でも待って。その呪いが完全に解けて刻印が無くなったら、あなたは本来生まれるべきだった世界へドロンしちゃうかも。
つまり、死んじゃうかも! いやん!」




