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リシュリー・アルコは約束が出来ない  作者: 入海詩魚
第二章 金色の羊の毛のお守り
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フェレール四兄弟

 エリオットが特別講義へと出発し、少し経ってから牧場を出た。

 出来る限り動きやすく、なるべく目立たない格好で。

 ニットのグレーの帽子まで被り、髪は右耳の下でお団子にして、白い髪を出来るだけ目立たせないように自分なりに頑張った。

 今日は少し寒いので、茶色のオーバーオールの上から、チャコールグレーのダッフルコートを着ている。

 なんとなく全体的に地味な感じで、これなら周囲に上手いこと溶け込めるのではないだろうか。


 この大図書館での調べ物には一つだけ、重要な問題点があった。

 当たり前だが、エリオットが出席している特別講義は神官養成学校の敷地内にある校舎で行われるのだ。

 そして、大図書館も神官養成学校附属というだけあって、神官養成学校の敷地内にある。

 かち合う可能性なきにしもあらず、なのである。


 神官養成学校は、ヴェネラの街の中といっても、レナトゥス大神殿へと続く西の道との境目にある。

 もはや、街の外と言っても良いくらいの場所で、ぱっと見た感じでは、とても広い。

 でも中に入ったことが無いので、校舎や大図書館がどのような配置になっているのかは分からない。

 

 特別講義は、昼過ぎから夜までずっとやってるということだから、夕方頃には引き上げる予定の私とエリオットが鉢合わせになることは、きっと無いと思う。

 いや、無いと信じたい。

 しかし、念には念を入れてエリオットがぱっと見ても分からないように、このような地味な格好をし、もしもかち合った時のための言い訳まで考えておいた。


「エリオットが心配で見に来ちゃった」


 これが私の考えた言い訳である。

 エリオットはどうやら、私に心配されると嬉しいようなので、これはなかなか良いのではないだろうか。

 きっと怒られることは無いだろう。

 これまで怒られたことは無いのだが。

 まあ、もし怪訝そうにされたら、正直に大図書館に来てみたんだよと伝えれば良いしさ、と思っていた。

 別に悪いことしてる訳ではないのだし。



 「じゃあ母さん、大図書館に行ってくるね。帰りはフェルマー兄さんと落ち合って、ロバ車に乗せてもらってくるから」


「今日はエリオットが居ないんだから、無理しちゃダメよ。気をつけてね」


「はーい。もし落ち合う予定時間になっても私が現れなかったらフェルマー兄さんに大図書館まで見に来てもらうことになってるから大丈夫だよ」


「そうね。でも念には念を入れて、自分の調子によく気を配っているのよ」


 母さんはそう言うと、私をギュウーッと抱きしめてくれた。

 母さんはなかなかの抱きしめ魔だ。

 もう二十歳になるフェルマー兄さんのことも、未だによくギュウギュウ抱きしめている。

 フェルマー兄さんは嫌がるそぶりを見せてはいるが、きっと本心ではとても嬉しいに違いない。

 少なくとも私は大好きな母さんに、出来る限り何回でも何千万回でも、抱きしめられたい。

 母さんに抱きしめられると、いつもなぜだか少し泣いてしまう。バンダーやミグラにからかわれて、ちょっとだけ恥ずかしいけど、別に良い。

 大人になっても、母さんがお婆さんになっても、いつまでも抱きしめて欲しいと私は本気で思っている。


 

 牧場を出て一人で丘を降り、歩いていった。

 今日は一人なので念のため杖をついているが、なんだかとても気分が良くて、どこまでも行けそうな最高な気分だ。

 しかし、鍛冶屋フェレールの前を通る時は少しコソコソとした感じになってしまった。

 別に何も悪いことをしているわけでは無いというのに。

 工房の中で、エリオットのお兄さん達がタンクトップ姿で何らかの金属を打ち、懸命に働いていた。

 エリオットのお兄さん達は、さすがエリオットのお兄さん達だけあって、皆揃って綺麗な顔をしている。

 ヴェネラの街では皆相当な人気があるということだった。

 そういえば、前に着飾った女の子が鍛冶屋フェレールの前でソワソワとしているところを何回か見たことがあった。

 きっとこの冬も、再誕日のデートに誘おうとする女の子達がたくさんやって来るのだろう。


 でも個人的には、四人兄弟の中でもやっぱりエリオットが一番美しい気がする。

 幼馴染みの贔屓目もあるかもしれないけど、エリオットには他のお兄さん達には無い、特別な妖艶さと高貴な雰囲気がある気がした。


 家が近いこともあって、フェレール家とアルコ家は家族ぐるみで仲が良かった。

 私とエリオットの合同誕生日パーティーも、いつもアルコ家とフェレール家が全員集合して祝ってくれた。

 エリオットのお兄さん達は私のことを本当の妹のように扱ってくれた。

 私だけではなく、バンダーやミグラ、パロマのことも随分可愛がってくれている。

 ちなみにフェルマー兄さんは、フェレール四兄弟の次男のオルノお兄さんと同い年で、自他共に認める親友だ。


 三人とも頼りがいがあって、とても優しい人達だ。

 しかしエリオットに対してはちょっぴり厳しめだった。

 皆、末っ子で結構自由人なエリオットを心配しているし、可愛さゆえとても気にかけているのだろう。

 

 そんなことを思いながら、ちょっと早歩きで鍛冶屋フェレールの横を足早に通り過ぎようとしたら、気付かれてしまった。

 自分ではかなり存在感を消せていたと思っていたのに。

 

「あれ、リシュリーじゃねえか。

 なんだ、その格好。ぷっ、なんか変だぞ」


 ベレトお兄さんだ。この寒い中、タンクトップのまま工房から出て、こちらにやって来た。


「あ、ベレトお兄さん、こんにちは。

 ちょっと散歩してるんだ」


「ふーん。散歩ねえ」


 ベレトお兄さんは、その猫のような目を面白そうににやけさせて私をじろじろ見ていた。

 ベレトお兄さんには悪いが、なんだか嫌ーな視線である。


 ベレトお兄さんは、赤に近いオレンジ色の髪をいつも高い位置でちょこっと一本に結んで、耳には丸い輪のピアスをしていた。

 大きな猫みたいな翡翠色の目と八重歯が特徴の、お茶目なお兄さんで、腕にはすごい筋肉がついている。

 これはベレトお兄さんに限ったことではなく、オルノお兄さんやカルデロお兄さんも皆同じだ。

 オルノお兄さんが四人の中では一番女性的な顔をしていて、更にウェーブのかかった藍色の長い髪を持っているので、一番不思議な感じがする。


 ベレトお兄さんの歳は、私とエリオットより一歳年上の十七歳でエミルと同じ年だ。

 その為、学び舎に行く日が私達と重なる日もあったが、学び舎での人気ぶりは相当なものだった。

 無愛想なエリオットとは違って、ベレトお兄さんは誰とでもフレンドリーに接するのでファンが沢山居た。特に女子の。

 

「まあ、リシュリーが何を企んでるかは知らねぇけど、エリオットの奴には黙っといてやるよ。兄貴達にもそう伝えといてやる。

 リシュリーが一人で出掛けたなんてこと、もしあいつが聞いたら、あのバカ野郎、また特別講義に行かないとかほざくに決まってるからな」


「べ、別に何も企んでないけど、そうしてもらえると助かるな。エリオット心配性だから」


「本当だよな。異常だよ、あいつのリシュリーに対する心配は異常だ。異常。

 お前も大変だろうけど、ま、そういう運命だと思って諦めてくれよ。

 俺達兄貴が言うことは全然聞かないくせに、リシュリーの言うことならすんなり聞くからな、あいつ。

 これからも、あのバカをよろしくな」


 ベレトお兄さんは、そう言って、へへっと笑うと私の肩をポンと叩き工房へと帰っていった。

 エリオットの話しを聞く限り、ベレトお兄さんと一番衝突が多いみたいだったけど、結局それも良く聞いてみると、エリオットへの愛ゆえの喧嘩である。

 なんとも微笑ましい兄弟愛だ。

 

 ベレトお兄さんが帰っていった方を見ると、オルノお兄さんとカルデロお兄さんもこちらを見て手を振っていた。

 女性的なオルノお兄さんとは対照的に、長男のカルデロお兄さんはとても凛々しく男性的だ。

 背も一番高く、一番がたいが良い。

 短い黒髪と鋭い灰色の目がその精悍さに磨きをかけていた。

 しかしとても面倒見が良く、フェレール家とアルコ家の子供達全員のお兄さんだった。

 エリオットにはこんなに素敵で頼もしいお兄さん達が居る。それは私にとっても頼もしいことだった。

 もし、私が居なくなったとしてもこのお兄さん達が居ればエリオットは大丈夫だろう。

 さすがにアルコの丘から居なくなる予定までは、無いけれども。

 

 私はエリオットのお兄さん達に手を振り返し、アルコの丘のカーブを曲がり、ゆるやかな坂道を降りていった。


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