温かくて甘い紅茶
なんとか牧場へと辿り着いた。
エリオットはまだ辛そうだった。目がうつろで、花が枯れていくように、エリオットが持つ沢山の色がどんどんと褪せてゆくようだった。
食堂のいつものエリオットが座っている席に座らせて、冬だというのに額に沢山浮かび上がっている汗を拭いてあげる。
「エリオット、今飲み物作って持ってくるね。何が飲みたい?」
「ありがとう、リシュリー。
リシュリーが作ってくれたものなら、なんでも」
「分かった。じゃあ、学び舎で言った通り、フレサの実のジャム入り紅茶持ってくるね」
私はそう言って、キッチンへと向かった。
我が家は全員合わせて七人(ペロ・アルコを入れると八人)のまあまあ大家族なので、冷蔵庫やパントリーも大きく作られている。
でも、母さんがまめに整理して掃除してくれるので、欲しいものはすぐ見つけることが出来た。
紅茶は、ヴェネラの街にあるセルジオ舶来食品店と取引があったので、店頭価格よりも安く、色々な種類の茶葉を譲ってもらうことが出来た。
その色々な種類の茶葉は、種類ごとに花柄の陶器の壺に入れられ、パントリーの取り出しやすい位置にいつもかわいく横一列に並んでいた。
私は、心を落ち着ける効果がある茶葉を選んだ。ラベンダーがブレンドされているものだ。
緑地に紫の花模様が描かれている陶器の壺を取った。そして銅のヤカンに水を入れお湯を沸かす。
冷蔵庫から、フレサの実のジャムを取り出してスプーンですくって、エリオットのマグカップの中に多めに入れた。
甘いものは心を柔らかくする。今のエリオットにはきっとこういう、温かくて、甘いものが必要だ。
そして、自分でもちょっとだけジャムをすくって舐めた。
うん、とても甘く美味しく出来ている。
私は自分もフレサの実のジャム入り紅茶を飲むことにした。
私にとっても色々衝撃的なことが起きて疲れた一日だったから、私にもその温かさと甘さは必要だった。
お湯が沸いたので、大きな陶器のティーポットに茶葉を入れてヤカンのお湯を注いだ。
このティーポットはもともとはシンプルな白だったけど、バンダーとミグラとパロマが牧場や動物達の絵を描いてすっかりカラフルで楽しいティーポットになった。
エリオットの調子が良くなりますように、良くなりますようにと祈りながらお湯を注いだ。
もし水になんらかの意識があるなら、私のこの祈りの意識がそこに混じり合って、エリオットを少しでも楽にしますように。
きっとそんなことありはしないけど、もしも水の精霊と呼ばれる存在が今このティーポットの中に居るのなら、少しでも良いからどうか力を貸して下さい。
茶葉が蒸らされるのを待つ間もティーポットに手をかざしながら、そう祈っていた。
こんなことやっても、なんの意味も無いかもしれない。
でも、美味しくなって、と念じながら丁寧にお湯を注いで作った紅茶は、そうじゃなく作った紅茶よりも美味しく出来る気がする。
だったら、その気持ちを込めるか込めないかで起きる何らかの違いが、エリオットを少しでも楽にしますように。
どうか、エリオットが少しでも楽になりますように。元気になりますように。
もしそうしてくれるなら、私の命だったらいくら削っても構わないから、お願い。
自分の心臓のあたりから発せられている白い光が血管を通り、手の先からティーポットに入り、紅茶と混じり合う。そしてそのお茶は光り輝く液体となり、万能の薬となる。
そんなイメージをしてから、エリオットのマグカップへと紅茶を注いだ。
疲れるくらい必死に祈りながら、フレサの実のジャム入り紅茶を作った。
もしこの強すぎる祈りの正体が、呪いに限りなく近いものだったとしても、その代償が私の命だけならそれで良いから、と思いながら。
「エリオット、お待たせ。
フレサの実のジャム入り紅茶だよ。熱々だから気をつけてね」
「本当にありがとう、リシュリー。
すっごく良い匂いがする」
エリオットは自分のマグカップを手で包みこんだ。熱いと思うのに、とても安らいだ表情になっていた。
震えも止まっている。
私達は、食堂のいつもの二人の席に座ってちょこんと並びながら、ゆっくりゆっくり、熱々の甘い紅茶を飲んだ。
ヴェネラの街の雑貨屋で買った、色違いのマグカップで。
エリオットのが青で、私のが白だ。
午後のちょっとだけ気怠げな日差しが、ゆっくりとした時間の進みを更に遅くしてくれた気がした。
「あー! リシュリーお姉、エリオット、こんなじかんにもう食堂にいるー! なんで?」
パロマがやって来た。我が家の可愛いお転婆お姫様が。
オリーブ色の瞳に、グレーの天パのくるくるの髪の毛をいつも二つ結びにしている世界で一番可愛いおチビちゃんである。
かわいいたれ目とそばかすで、のんびりおっとりしてるように見えるが、兄弟の中で一番元気で気が強い。
最近の標的はエリオットで、どうやら髪を私のように編み込めとエリオットに命じたところ、エリオットにやんわり断られたことが原因らしい。
おチビちゃんのお願いを断るエリオットもエリオットだと思うが、それ以来パロマはエリオットを馬にしたり、向こうずねを蹴って逃げたり、色々攻撃を仕掛けている。
でもパロマもエリオットに懐いていて、本当はフェルマー兄さんやバンダーとミグラなど、実の兄達と同じくらいエリオットが大好きなのだ。
「パロマ、エリオットが調子悪くて学び舎を早引きしてきたんだ。だから、いつもみたいなイタズラはやめてあげてね」
「エリオット調子わるいの?
なんだ、つまんないの。せっかく肩車させてあげようと思ってたのに」
「ごめんね、パロマ。
僕の調子が良くなったら、ぜひ肩車させて」
パロマはぷーと頬を膨らませると、すぐ鼻をひくひくさせて私達が飲んでいるものに気がついた。
そして、猛烈にフレサの実のジャム入り紅茶を欲しがったので、ちょっとぬるめの同じものを作ってあげた。
そしてパロマは私の膝の上に座って、私達の真似をしてふーふーしながら紅茶を一緒に飲んだ。
そして、それを嗅ぎつけ冬になってさらに重量感を増したペロ・アルコもやって来たが、彼のために何もあげなかった。
しばらくすると母さんもやって来た。
エリオットのことを説明したらとても心配していたけど、エリオットがもう大丈夫だと言ったら安心していた。
きっと、エリオットの顔色や雰囲気でそれが嘘ではないと分かるのだろう。
もうずいぶん長い付き合いのエリオットのことは、父さんも母さんも、私達と同じ自分の子供だと思ってるみたいだった。
もちろん、私の血楔病のことについての感謝もあると思うけれど。
そして、みんなでヤギ達の防寒着を編んだ。
てっきりパロマは私達の邪魔をしまくるかと思ったけど、どうやら編み物の腕を上達させたいらしく、彼女が集中した時いつもそうなるしかめつらで、一生懸命小さな手を動かしていた。
やってるうちに少し肌寒くなってしまったので、自分の部屋にカーディガンを取りに行った。
クローゼットを開けて、お気に入りのこげ茶のカーディガンを着ると、扉がノックされた。
「リシュリー、入っても良い?」
「うん、大丈夫だよ、エリオット」
エリオットが私の部屋に入ってきた。
「今日はごめん。びっくりさせちゃったよね。
リシュリーがいつも楽しみにしてる学び舎も早退することになっちゃって、それも本当にごめん」
エリオットは私の目をじっと見つめて言った。
本当に申し訳無さそうだ。
「ううん。ちょっとびっくりはしたけど、エリオットも人間だからきっとそういう日もあるよね」
なぜエリオットがシルビア・ティヘラにあんな態度を取ったのかは聞かない方が良い気がした。
「リシュリー、聞いて。
もしかしたらこれから、少し今までと違ったことが起こり始めるかもしれない。
でも僕は絶対に変わらない。絶対リシュリーの側に居る。そしていつまでもずっと血をあげるから。
それだけは忘れないで」
エリオットはとても深刻そうな顔でそう言った。
でも、なんて言葉を返したらいいか分からなかった。
エリオットが手を差し出そうとしたのに、私はなぜだか無意識に、カーディガンの袖の中に自分の手を隠してしまった。




