転校生のシルビア・ティヘラ
その転校生の女の子の名前は、シルビア・ティヘラといった。
オレンジベージュの髪をボブカットにしていて、その髪はクルクルとしたパーマがかかっている。
もしかすると、フェルマー兄さんのように天パなのかもしれないが、ほど良いクルクルでとてもお洒落に見えた。そして、その髪型が彼女の活発な印象を更に強めていた気がした。
瞳の色は綺麗な檸檬色だった。太陽の光をたくさん浴びて栄養をたっぷり蓄えたような、健康な檸檬の色だ。
そして、何よりも。
エリオットの隣に彼女が立てば、神様が丹精込めて造った対の人形のように、体のパーツの大きさや色彩が、何もかもがぴったり合うだろう。
エリオットが月で、シルビア・ティヘラが太陽という感じだ。
ちょっと想像してみるだけですぐ分かる。
彼女がエリオットの運命の人だ。
ついに現れたんだ。
これまで確信を持って、ずっと感じていたことが現実となり、私はちょっと衝撃というか感動していた。
結構当たると思ってはいたけど、私の勘、なかなかすごくないですか、と。誰かに自慢したい。
そして、すぐにエリオットがどう感じているか気になった。
自分の運命の人に出逢った時、人はどのような反応をするのだろうか。とても気になる。
さりげなくチラリとエリオットを見てみた。
エリオットは震えていた。しかもかなり強く。
でもその瞳の中には、エリオットには似つかわしくない感情が渦巻いていた。
じっと見ることが出来ないから、そんなに良くは分からないけれど、強いて言うなら、怒りの感情が一番近い気がする。
そして、エリオットは私の手を強く握った。
痛い。とても痛い。骨にヒビが入りそうだ。
「エリオット、どうしたの。
ちょっとだけ手が痛いんだけど」
「ごめん! ごめんリシュリー。
なんでもないんだ。大丈夫、大丈夫だよ。
絶対大丈夫だから」
そう言った後もエリオットは私の手をずっと握ったままだった。指もきつく絡めてくる。
繋がれた手から震えが伝わってくる。
運命の人と出逢った時、人は震えを抑えることが出来ない。
思い浮かべるとなんだかありそうな言葉だが、このエリオットの震えはそれとは違う気がする。
この震えは多分何かに怯えている時の震えだ。
こちらが心配になるくらいに震えている。
しかしなんとなく、エリオットに震えてるよ、と直接的に言うのは憚られた。
だから私は、手を繋いでいないもう一方の手を震えるエリオットの手の上に乗せて、さすってあげた。
本当にとても心配だったから。
エリオットはそれに気がつくと、その私の手をじっと見つめていた。
瞳を震わせながら。
そして次第にエリオットの震えは収まっていった。
手はずっと繋がれたままだった。
そして、シルビア・ティヘラはセト先生に促されて自己紹介をした。
シルビアの家は理髪店を営んでいるということだ。
これまでは、サンティ=ハイメ神領島から少し離れてはいるが同じ神領内の陸地の街で、家族みんなで理髪店をやっていたらしい。
だがこの度、お兄さんが独立することになり、ヴェネラの街に自分の理髪店を構えることになった。
それにシルビアも一緒に着いてきて、お兄さんの店で修行するということらしかった。
そして神官養成学校で開かれる、エリオットも通う予定の例の特別講義が、シルビアがお兄さんに着いて来た理由の一つということらしい。
理髪店はハサミや剃刀が命とも言える商売道具だ。
そのハサミとより良く付き合っていくために、特別講義を是非受けたくて、今からとても楽しみにしていると言っていた。
そしてシルビアは自己紹介を一通り終わらせるとニコッと笑った。
とても華やかな、可愛らしい笑顔だった。
その笑顔に天上からの光が沢山降り注ぐような。
そして、シルビアはセト先生に案内されて、似た学問を必要とする生徒が集まる机へと歩いていった。
だけど一瞬エリオットの方を見た時、パァっとその檸檬色の瞳が光り輝いたのを、私は確かに見た。
エリオットにとってシルビアが運命の人ということは、もちろんシルビアにとっての運命の人がエリオットということだ。
エリオットがそれに気が付いて震えたように、シルビアにも何らかの気付きがあったに違いない。
運命の輪が廻り出した。そんな言葉が頭に浮かんだ。
勉強時間が始まったものの、色々気になりすぎて中々勉強に集中出来ない。
そういえば、アダンとはプラタス果樹園に行った日から会えていない。
あの後しばらく経ってから、そういえばアダンのお父さんに挨拶して欲しいと呼ばれてたんじゃなかったっけ?
と思い出して、真っ青になったのだ。
あの時血に飢えた獣になっていたからといって、挨拶の件をすっかり忘れていたことは言い訳にならない。
そもそも、この言い訳をすることが出来ない。
アダンには是非、手紙ではなくちゃんと直接会った時に謝りたいなと思っていた。
でも、アダンは家業の果樹園が今忙しいらしくて、なかなか学び舎に来れなくなっているようだった。
エミルによれば、ついにお父さんからとっとと婚約者を見つけろと雷を落とされたらしく、乗り気ではないお見合いにも行かされていて、それも忙しい理由の一つらしい。
それにしても、あの果樹園での出来事はとてもイレギュラーな出来事だった。
まず、朝にベモット拘禁の儀式をしてエリオットの血が満ち足りていたにも関わらず、生命力が枯渇してしまったこと。
そして、ベモット拘禁の儀式をしたにも関わらず、血への渇望に乗っ取られてしまったことだ。
今年の秋の始まりくらいから、確かに前に比べて、ベモット拘禁の儀式の効果が弱まってきている気はしていた。
前は、一回あの儀式と一緒に血を奪えば、数週間は血を奪わなくても平気だった。
でもここ最近は、ひどい時で数日で瞳が白眼色に戻ってしまうこともあった。
でも流石に血を奪った当日に、生命力が枯渇することなんてなかったし、何より生命力が枯渇しても体に力が入らなくなるだけだった。
あんな風に、獣のようになるなんて。
私の血への渇望がベモット拘禁の儀式の効果を上回ってしまったということなのだろうか。
一応ジャイム様には何が起きたか伝えており、ジャイム様も一生懸命解明しようとしてくれているようだった。
しかし、アイオラス海中湖神殿で今何かが起きているらしく、今は何よりそちらの方に力を注がなければならない様子だった。
取り敢えずではあるが、あれ以来血への渇望に乗っ取られることは無く、状態も安定していた。
そして何より、自分の力で、大図書館でその手がかりも見つける気だった。
やる気は高まる一方だ。
色々考えているうちに、勉強時間終わりの合図のベルの音が聞こえてきた。
なぜ、折角学び舎に来た日に限って、他の考え事に集中してしまうの?
なにかとてももったいないこと、してなあい?
私は自分に問いかけた。
「リシュリー、中庭に行こう。
どうしても外の空気が吸いたいんだ。
一緒に来て」
すぐさまエリオットが話しかけてきた。
とても急いでいる感じだ。
「うん、良いけど。
珍しいね、エリオットが中庭に行きたがるなんて」
「ああ、今どうしても行きたいんだ」
そう言うと、エリオットは私の手を優しく引き大教室を出て中庭へと向かった。
シルビア・テヘラはさっそく大勢の生徒達に囲まれて元気いっぱいに楽しそうに話していた。
しかし大教室から出る私達の方をチラッと見ていた。




