廻り出す運命
エリオットといつものように手を繋いで丘を降りていく。
エリオットは、あの神官養成学校で開かれる特別講義にどうしても行きたくないようだった。
しかし、カルボおじさんやお兄さん達に、さすがに特別講義に行かないのは許さないとドヤされたらしく、本当に渋々、行くことを了承していた。
「あーあ、本当に行きたくない。
僕は鍛冶職人にはならないって、何千回も言ってるのに。しかも上にもう鍛治職人になってる兄貴達が三人もいるのに。
あんな、鍛治職人に生きがいを見出してるたくましい兄貴達が三人もいれば、もう十分じゃないか。
親父もなかなか強欲だと思わない?
はあ、本っっ当に行きたくない」
「仕方ないよ、エリオット。
刃物を重要なものとして扱う家業の子は行かなきゃならないって決まりになってるから。
こればっかりは行くしかないよ」
心から行きたくなさそうなエリオットには申し訳ないが、私の一大作戦を成功させるためには、この特別講義は必要不可欠だ。
行ってもらわなければ、困る。
そして、あのことを言わなければいけない。
気が重いけれども。
「それでね、エリオット。
エリオットが特別講義に行く日なんだけどね、私達離れ離れになるでしょ。
だから、念のためその前の日にベモット拘禁の儀式をしてくれればなーって思ってるんだけど。
もちろん毎回じゃなくて良いし、出来ればでいいんだけど」
「!
もちろん良いに決まってるよ、リシュリー。
あの儀式をした方が僕も調子が良いから、そうしよう。
良かった。実はとっても心配だったんだ、リシュリーのこと。
もし離れている間に何かあったらって。
リシュリーはあの儀式をあまりしたくないみたいだったから言わなかったけど、僕も同じことを思ってたんだ」
そう言うとエリオットは、手の絡まりを強めてなんだか近づいて来た。
頬がばら色になっている。目もペロ・アルコのように潤んでいる。
なんかちょっと怖い。
「えっと、別に毎回じゃなくても良いんだけど……
でもそう言ってくれるなら、お願いしようかな」
大図書館での血楔病についての調べ物は、思うより体力を使うかもしれない。
大図書館と言うからには、きっと大きな建物なのだろう。
その中を、どこにあるかも分からない血楔病のことが書かれている本を探す為に、きっと歩き回らなければならないのだ。
そのために、生命エネルギーはあればあるほど良いだろう。
だから、私としてはエリオットが特別講義に行き、私が大図書館に行く日の前の日ごとにベモット拘禁の儀式をしてくれるのはありがたい。本当に。
だけど、あんなに痛くて苦しそうなのに。
しかもエリオットは血が減っているはずなのに。
そんなに、儀式の後調子が良くなるのだろうか。
まあ、とりあえず様子を見てみて、そんなに体力を使わなかったら儀式の頻度を下げていっても良いんだし。と思い、最初のうちは毎回ベモット拘禁の儀式をすることになった。
なんだかとても機嫌が良くなり、距離がとても近くなったエリオットと、色々な話をしながら丘を下っていった。
ビィダのお産があり、なかなか学び舎には行けなかったが、エミルが手紙をくれていたので学び舎のみんなの様子はなんとなく把握出来ていた。
エミルによれば、冬になってからというもの、私やエリオットと同じ今年十六歳の子達は皆、どこかソワソワしている、ということだった。
ついに、結婚が出来る十七歳という年が間近に迫ってきたということで、婚約者が居る子達は結婚式の予定や新居や結婚生活について具体的な計画を立て始めているらしい。
婚約者が居ないけれどこれから見つける予定の子達は、再誕日に向けて好きな人にどうアプローチしようかと浮き足立っているらしい。
再誕日は太陽が復活することをお祝いする日であると同時に、恋する人々が互いに想いを伝え合う日でもあるからだ。
エミルの手紙を読むと、どうやら学び舎全体がソワソワとした恋の雰囲気に包まれているようだ。
約束が出来ない私に、恋というものは縁遠い話ではあるが、人が恋してポッとなっているところを見るのはとても好きなので、早く学び舎に行きたいなと思っていた。
ヴェネラの街に入ると、街の様子はすっかり冬仕様となっていた。
街路樹に、様々な幾何学模様が金色の顔料で描かれたヴェネラ貝の貝殻が飾り付けられ、それがキラキラと輝いていた。
その金色の顔料は、キノル湖の湖底から取れる鉱石を砕いて作ったものらしく、ジャイム様が街へと持って来てくれているらしかった。
そういえば、前にジャイム様の家に遊びに行った時その鉱石を見せてもらったことがあった。
鉱石全体が金色に光り輝いていて、なんだか生きてるみたい、と不思議に感じたのだった。
生き物が発するような温かい光だったのだ。
その金色の顔料とヴェネラ貝がもともと持つ光沢が、朝と昼は日の光を受けて輝き、夜はお店や人家から漏れる人工的な光や月の光を受けて輝いている。
冬中この輝きのおかげでヴェネラの街全体が温かい感じがして、それも私が冬が好きな理由の一つでもあった。
あと、秋にエミルが見せてくれた貝殻キャンドルは店頭に並べられた後、大ヒットした。
巡礼者や観光客だけでなく、ヴェネラの街に住む人達もこぞって買いに来て、今ではレストランやバルのテーブルやカウンターの上でも、おしゃれに火を灯していた。
今も、レストランのテラス席のテーブルの上に置かれているのが見える。
学び舎の帰りにはきっと、あの貝殻キャンドルに火が灯され、美味くて温かい夕食を食べる人達を優しく照らす風景を見ることが出来るだろう。
「ねえリシュリー、今年の再誕日はどこ行く?
去年はキノル湖畔に行ったよね。
ジャイム様にも会えて、ジャイム様が飼ってる羊のステラにも会えて、リシュリーとっても嬉しそうだった」
「どうしよっか。
あらかじめちゃんとジャイム様にお手紙書いておけば、今年もキノル湖畔に行っても良いかな?
ジャイム様にまた来たよって思われちゃうかな?
でも、なかなかジャイム様の家に遊びに行ける機会って無いし、ステラにも会いたいし」
「ジャイム様はそんなこと思わないんじゃないかな。
ステラもきっとリシュリーに会いたがってるよ。
……でも、僕は、今年は出来れば……あの」
エリオットがなにかモゴモゴと言っている。
よく聞き取れない。
どこか遠くの方を見て、更にモゴモゴ言っているので全然よく聞き取れない。
そして、エリオットが何を言いたいか分からないまま、学び舎に着いてしまった。
なんだか学び舎の様子がいつもと違う。
学び舎も冬らしく、至る所に金の幾何学模様のヴェネラ貝が飾り付けられているのでいつもより断然素敵な雰囲気ではあるが、それとは違う。
みんなの様子が違うんだ、と気付いた。
これがエミルの言う、恋の雰囲気?
分かりやすく、こんなザワザワしてるものなの?
ちょっとびっくりした。ロマンチックという感じでは全然ない。ちぇっ。
「ねぇエリオット、なんだかみんなザワザワしてるね」
「うん」
先程までのモゴモゴとは少し違った様子でエリオットが答えた。そして、私を引き寄せ何かから隠すようにした。足早にいつもの席へと歩いていく。
一体どうしたのだろう。
いつもの席に着くと、エミルが来てくれた。
「リシュリー、久しぶり! エリオットも。
元気そうで安心したわ。
あ、リシュリー、大ニュースよ。
なんと今日、転校生が来るんだって!
珍しいわよね。歳はあなた達と同じらしいわ。
どんな子かしら。楽しみよね」
「エミル、おはよう。
そうなんだ。珍しいね。
私、転校生って初めて会うかも。私達は新入生だったし。
どんな子かな、楽しみ」
「あ、来たみたい!
私は自分の所に戻るわね」
そう言ってエミルは自分の席へと戻って行った。
そしてすぐに大教室にセト先生が入ってきた。
「みなさん、おはようございます。
この学び舎で新たに皆さんの友となる方を紹介致します。
シルビア・ティヘラさんです」
そうセト先生が紹介すると、とても可愛らしくてはつらつとした感じの女の子が大教室へと入ってきた。
そして、その姿を見た時、すぐに分かった。
あ、エリオットの運命の人だ。
と。




