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リシュリー・アルコは約束が出来ない  作者: 入海詩魚
第一章 一番熟れた甘い果実
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アダンが見た捕食

 タイプ!!


 十二歳の時初めてアダン・プラタスがリシュリー・アルコを見た時の感想である。

 アダンは自分が、こげ茶の髪、黒い瞳、褐色の肌と色素濃い目の見た目をしていたからか、色素薄めの女の子に目がなかった。

 つまり、一目惚れであった。


 リシュリー・アルコはいつも隣に張り付いている異常な美貌の幼馴染みのせいで霞みがちだが、なかなか可愛らしい顔立ちをしていた。

 優しげな眉とちょっぴり垂れた目との間が少し離れていて、いつも少し眠そうに見えるところがまた良し。とアダンは思っていた。

 大きな真っ白い繭の中で微睡む、眠りの国のお姫様みたい、と。

 なんとなく背中には、半透明で繊細な模様の蝶の羽根がついているイメージ、と。

 いつか、いつもしている編み込みをほどいて、波打つ絹のような白い髪を撫でながら、繭の中で一緒に眠れたら夢のようだとも。

 アダンには乙女チックなところが実はあった。


 そして、儚げなあの雰囲気。

 生命力にバカみたいに満ち溢れている自分とは正反対だ。守ってあげたいっ、と思っていた。

 だが、たまに儚げを通り越して生命力自体があまり感じられないような気もしたが、そんなことは重要ではない。

 アダン・プラタスはとにかくリシュリー・アルコと仲良くなりたかったのである。


 だが、それには大きすぎる障壁があった。

 エリオット・フェレールである。

 あいつはヤバい。

 何か並々ならぬ、恐ろしいものを感じる。

 本当に自分と同じ歳なのだろうか。

 一回地獄で生活した経験があるような、底知れぬドロドロとしたものを感じる。

 それはリシュリー・アルコに関してのみ発揮されるのだが。

 最初、特に女子達はエリオット・フェレールに興味を持ってお近づきになりに行ったが、全員撃沈していた。

 面白いくらい冷たい対応をされて、仲良くなるどころでは無かった。涙を流す者も居た。


 一方のリシュリー・アルコは、最初とても緊張しているようだったが(これにもアダンのハートはやられた)、誰とも楽しそうに話してくれたのですぐにみんなリシュリー・アルコを受け入れた。

 しかし、その友達はすぐ女子だけになった。

 エリオット・フェレールのせいである。

 特に何をするわけではない。なんか怖いのである。

 リシュリー・アルコに話しかけようと男子が近寄っていくと、あの大きな形の良い切れ長の目で恐ろしく睨まれる。

 その攻撃を受けると普通の経験しか持たない十代の男子は、蛇に睨まれたカエルのようになってしまうのだ。石のようになってしまう。


 くそっくそっ。アダンは唇を噛んだ。

 ただでさえリシュリー・アルコはたまにしか学び舎に来ないというのに。

 お近付きになり、仲良くなり、もしも出来るなら。

 ここでアダンはいつもポッ、となってしまう。

 もし出来るなら、婚約者になって貰えたらどんなに最高であろうか。

 そして、そして、十七歳になって夫婦になって。

 ここでアダンはいつもキャッ、となってしまう。

 それはそれは沢山子供を作って、みんなでプラタス果樹園で末長く仲良く暮らすのである。

 なんと輝かしい未来であろうか。


 エリオット・フェレールめ。

 俺の輝かしく最高に薔薇色な未来のお邪魔虫め。

 アダンがリシュリー・アルコへの想いを捨てきれないのには一つ理由があった。

 二人の関係性である。

 側から見て、リシュリー・アルコとエリオット・フェレールは死ぬほど仲が良い。

 それはアダンも悔しいが、認める。

 あの仏頂面のエリオット・フェレールは、リシュリー・アルコと一緒にいる時は全くの別人のようになる。

 よく喋り、沢山笑い、地獄巡りの旅の果てにやっと見つけ出した宝物を慈しむような優しい目でいつもリシュリー・アルコを見つめている。

 エリオット・フェレールがリシュリー・アルコをどんなに大切に想っているかは、一目瞭然、周知の事実であった。

 その想いがただの純粋なものではなく、かなりドロドロとした様々な欲望が混じっているであろうことさえ。


 だが不可解なのは、リシュリー・アルコの方である。

 自慢じゃないが、アダンは人間観察が結構得意であった。

 大きくて結構儲かっている果樹園の長男ということは、そういった能力を高めないと悪人にコロリと騙され財産全部持ってかれる可能性が高まるということだからだ。


 アダンが見る限り、確かにリシュリー・アルコはエリオットのことを大切には思っている。

 それは確かだろう。悔しいけれども。

 だけど、心の扉の一番最後の一枚を、エリオット・フェレールに開いていない。そんな気がする。


 それに、二人が学び舎に初めてやって来た時。

 手を絡めてギュッと繋いでやって来た。

 (アダンは未だあんな風に異性と手を繋いだことは無かった。羨ましかった)

 それを見て、みんな二人は婚約者同士だと思った。当たり前である。

 でもそれをリシュリー・アルコは必死の形相で否定していた。あのちょっと眠そうな可愛らしいおめめを頑張って大きく開けて。ついでに瞳孔も開いていた。


 「私がありえないくらい方向音痴だから、エリオットにいつも手を繋いでてもらってるんだ。

 だから、婚約者同士じゃないよ。絶対違うから。

 私達は仲良しの幼馴染みなの」


 そして。ふふふっ。これを思い出すといつもアダンは邪悪な笑いをこぼしてしまう。

 その時のエリオット・フェレールの絶望的な顔ったら。嫌なことがあった時、いつもアダンはあの顔を思い出すくらいに、愉快な顔だった。


 そしてそれを見た時アダンの心はこう叫んだのだ。


 チャンス!!


 こういうわけで、アダン・プラタスはリシュリー・アルコと仲良くなる機会を伺い続け、なんとか家に誘うところまでいった。エリオット・フェレールの精神的攻撃にも屈することなく。

 しかし、どういうわけだか、プラタス果樹園にリシュリー・アルコだけではなく学び舎の生徒有志達が大量に訪れることとなってしまった。

 一体、どうして…俺ったらアンラッキーボーイ…

 アダンは泣きそうになりながら思った。


 そして案の定、収穫の日、エリオット・フェレールもやって来た。いつものように、体を寄せ合うようにして手を絡めて繋ぎながら。

 キーーッ。人んちでなにイチャイチャしてんだい。

 あ、涙が。だけど、負けない。

 アダンは心を強く持った。

 父ちゃんにリシュリー・アルコを紹介して、外堀埋めてっちゃうぞ作戦に出ることにしたのだ。


 我ながら邪悪な策士だとは思うが、ここ最近のエリオット・フェレールを見ていると時間が無い気がする。

 やつのドロドロが増していっている気がするのだ。

 今日だって、変な色気を大量に発している。

 同じ男だが、たまにクラッときてしまうのでは。というくらい、変に官能的な雰囲気をやつは待っていた。


 そういう訳で、リシュリー・アルコを父ちゃんに紹介しようと呼んだ。

 だけど、返事がない。さっきまで居た場所に行ってみると、居なくなっている。

 エリオット・フェレールも居ない。


 ピンチ!!


 アダンは二人を探しに行った。


 果樹園の端まで来ると、どこからかエリオット・フェレールの声が聞こえてきた。

 泥棒ザルに襲われたか?

 一応心配になって探すと、その声は物置の小屋の方からだった。

 非常に嫌な予感。

 小屋の建て付けが悪くなっている板の間からこっそり覗いて見ると、案の定中でリシュリー・アルコとエリオット・フェレールが抱き合っていた。ように見えた。

 

 あーあ、やっぱりそういう関係だったんじゃんか。

 あーあ、失恋。あーあ、ハートブレイク。

 傷心の旅に出よう。

 そもそも、あいつら人んちでなにやってんだい…


 しかし、ちょっとした違和感をすぐ感じた。

 こちらからはリシュリー・アルコの後ろ姿しか見えないがあまり動いていない。一心にエリオット・フェレールの肩に顔を埋めている。

 なんだか懸命に蜜を吸う真っ白い蝶のようだ。


 一方のエリオット・フェレールの方は、まるでリシュリー・アルコに絡みつく蔓だった。

 四肢や指の一本一本までを、リシュリー・アルコの華奢な体中のあらゆる場所に絡ませ這い回らせて動かし、自分の方へと引き摺り込んでリシュリー・アルコを呑み込み、食べようとする食虫植物のように蠢いていた。

 獲物を絞め殺そうと巻き絡みつく大蛇のようにも見えた。

 その目は狂気と言えるほどの集中力でリシュリー・アルコの存在の全てを瞳に焼き付けていた。


 

 そして、その時。

 エリオット・フェレールがアダンの方を確かに見た。

 

 そして、ゾッとするほど邪悪で官能的な美しい微笑みを作り、ニィッとその笑みを深めると、祈るように天を仰いで目を見開き、大きくのけぞり震えた。

 その地獄に住まう恐ろしい食虫植物の食事によって引き起こされる、聞こえるはずのない蠢きの音がアダンには聞こえてきた気がした。

 ザワザワ、ザワザワと。

 そしてそれはリシュリー・アルコに、より強く、一層深く絡みついた。

 蜜に誘われた蝶の羽根をもぐように。

 魂までその蔓を絡ませ、自由な空へと羽ばたき旅立ってゆくことを未来永劫許さないように。


 それは、まるで捕食だった。


 それは、アダンがこれまで見たどんなものより美しく、恐ろしかった。


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