果樹園
結局、プラタス果樹園に行くことになってしまった。
エリオットがどうしても行ってみたいと言ったのだ。色々な果物を見てみたいと。
私も果物は大好きだし、やはり泥棒ザルの連携プレーに興味があったので、遠足の日が近づくにつれて楽しみになってきてはいた。
そして、今日はもう休息日だった。
昼過ぎにプラタス果樹園で現地集合だから、朝早くエリオットが来てベモット拘禁の儀式をすることになっていた。
あの儀式をした後エリオットはすごく疲れてしまうので、儀式をした後私の部屋で休んで、早めのお昼ご飯を一緒に食べて行く予定だ。
いつもエリオットが色々作ってくれるお礼に、今日は私がキノコとチーズのオムレツをお昼ご飯に作ろうと思っていた。
やって来たエリオットは、いつものシンプルな白い前ボタンの服とは違う服を着ていた。
例のちょっとオシャレな服だ。
服全体は紺色で、立襟になっている。その襟の内側に刺繍が入っているのだ。
その刺繍の形をちゃんと見たことは無かったけど、エリオットの指にあるアザの形と少し似ている気がした。
その服の、青に近い紺色とエリオットの金色の髪の色はとても相性が良くて、エリオットが持つ豊かな色彩を引き立たせていた。
顔色もよりばら色に血色良く見える。
瞳の色も服の色と近いからか、より綺麗に見える。
エリオットはなぜか妖艶な雰囲気を生まれながらに持っている気がしたが、それはこの鮮やかな色彩のせいかもなと思った。
屋根裏部屋がベモット拘禁の儀式のための部屋になってからもうかなり経つが、その部屋へと続く階段を登っていく時のあの気分には慣れることはない。
自分が人の血を奪う怪物だということを忘れるなと、階段を登る一段ごとに言い聞かせられている気持ちになる。
いつもの六芒星の中で、その朝のエリオットはいつもより力が強かった。
腰を抱き寄せる腕の力が痛いくらいで、自分のおへそとエリオットのおへそがくっついて離れなくなってしまうのではないかと思った。
髪を撫でる指も髪の毛一本一本を絡めとる蛇のように動いていた。
いつもより苦しそうな声で浅い呼吸を何度も繰り返して過呼吸になってしまうのではないかと不安だった。
血を吸い終わった後、エリオットが床に倒れこんだ後も離してくれなかった。
ギュウギュウに抱きしめられて苦しかったが、私が血を奪ったせいでこんなことになっているので、動いてはいけない気がした。
なかなか起き上がらないエリオットが心配になって顔を覗き込むと、汗をたくさんかいて苦しそうにしていて、目もぼんやりとして視点が定まっていなかった。
「エリオット、大丈夫?
なんだかいつもより苦しそう。
いつもより痛かった?本当にごめんね。
汗たくさんかいてる。お水持ってくるよ」
「はぁっ、はぁ……っ…ぁ…
行かないで。大丈夫だから、もう少しだけこのままでいさせて」
朝だというのに薄暗い屋根裏部屋で、それから一時間くらい苦しそうなエリオットとそのままの状態で過ごした。
あまりに苦しそうで、申し訳なくて、背中をさすってあげた。
やっと動けるようになったエリオットを私の部屋のベッドに寝かせて、キノコとチーズのオムレツを作って、エリオットへと持っていった。
途中で家の中をどちどちうろうろしていた愛犬のペロ・アルコと遭遇し、ボクにもオムレツおくれ。とウルウルした目で見られたが、太り気味のペロのため、心を鬼にして拒んだ。
ペロや、自分のお腹を見てみるんだ。たゆんたゆんとしてるじゃないか。君はオスのはずだ。
そもそも犬は人の食べ物を食べてはいけないのだぞ。
エリオットは信じられないくらい嬉しそうにしていて、美味しい美味しいと言って食べてくれた。
しかし、まだ疲れて腕が動かしづらいと言い、私が一口ずつスプーンでエリオットの口まで運ばなくてはいけなかった。
私がその原因を作っておいてこう言うのもなんだが、それについてはめんどくさかった。
出発予定時間になるまでにはエリオットは回復し、起き上がるといつものように髪を髪留めで結ってくれた。
その日は編み込みポニーテールで、髪留めは緑色の大きな蝋石で出来た葉の形のものだった。
その日着ていた、茶色に近いベージュのワンピースによく合っていた。
ワンピースに模様がない分、エリオットの紋章が大きく見えるその髪留めがアクセントになっていてそれも良いぞ、と思った。
そして、いつものように手を絡めてプラタス果樹園へと向かった。
プラタス果樹園はヴェネラの街の西のレナトゥス大神殿へと続く道の途中にある。
そちらはあまり行くことが無いで、物珍しい気分だった。
だけどエリオットは、神殿が好きではないようで、神様やそういう系統のもの自体に拒否感があるようだ。
ここは聖地で神領島だというのに。
聖地に住む無神論者。
バチが当たらないか少し心配である。
でも、私も全能の神様が本当に居るかは分からない。というより、居ない気がする。
血楔病のことがあってからは特に、もしも完璧な世界を造れるはずの神様が居たなら、こんな呪われた病なんて存在するのかなと思っていた。
初めて訪れたプラタス果樹園はそれはそれは美しいところで、楽園、という言葉がぴったりだった。
色とりどりの花が咲き乱れ、実りの秋というだけあって、様々な果樹に丸々とした果実がたわわに実っている。
やってきた鳥達はさえずりを交わし合い、楽しそうに歌を奏でていた。
虫達はあっちこっちに飛び交い、蜜を吸い集めていた。
果樹園全体が、命が満ち溢れ次々と湧き出て止まることのない大きな泉のようだった。
泥棒ザル達はまだ来て居なかった。
「それじゃあ、今日はみんなにうちの収穫を手伝ってもらう。
そして、大事なことだから何度も言うが、食べ放題じゃないからな。
全部終わった後、ちょっとずつ好きな果物を食べさせてやるからな。
おい、そこで舌舐めずりしたやつ、食べ放題じゃないぞ。
じゃあ、各自好きに果物を収穫して樹の根本に置いてあるカゴに入れていってくれ」
アダンが先生のようにそう言い終わると、集まった学び舎の生徒達は、わーっと散らばって行った。
みんな普段家業の手伝いか学び舎か、という生活をしているので、こういったイベントに飢えていた。
エミルはセト先生の腕を引き、楽しそうに歩いて行った。そして私の見た感じ、セト先生も嬉しそうな雰囲気だ。なんだか素敵な予感がする。
「まったく、あいつら絶対俺の目が届かないところで果物食うぞ。
最初はリシュリーだけ招待しようとしたのに、なんでこういうことになるんだ?」
アダンが呆れたように言いながら、こちらへやってきた。
とはいっているものの、アダンはたくさん弟がいるためか、親分肌で、頼まれると断れない優しさを持っていることも私は知っていた。
「リシュリー、とっておきの美味しい果実が取れる場所教えてやるよ。
エリオットも来たんなら仕方ない、一緒に取ろうぜ。みんなでやった方が早いからな」
そして私達はアダンとっておきの場所へと向かった。
そこには、太い幹で取りやすい場所に実をつけるナワの樹があった。
これなら、あまり体力を消費せず済むだろう。
一つ一つ、最初にアダンがみんなに教えた通り、丁寧に力を入れて果実をもいでいく。
だんだんコツが分かってきて楽しくなってくる。
エリオットの方を見ると、どこか遠くを見ているような不思議な瞳をしていた。
そして、エリオットを見ている私に気付くと私の方を向き、いつもの優しい笑顔で
「楽しいね、リシュリー」
と言った。
エリオットが楽しくて良かった。本当に良かった。
エリオットが楽しそうな時、私も楽しくなる。
エリオットが嬉しそうな時、私も嬉しくなる。
エリオットには、いつでも幸せでいて欲しい。
そのことに、あのザワザワした感覚のことは一切関係無い。
エリオットはかけがえのない大切な幼馴染みなのだ。
そんな風に私も嬉しくなっていると、その時離れた場所にいたアダンの声が聞こえてきた。
「リシュリー、ちょっと来てくれ。
父さんに紹介したいから、母屋の方に来て欲しいんだ」
せっかく招待してもらったのだ。
挨拶するのが人の道というものだろう、とアダンの方へ行こうと一歩踏み出した時、ものすごい力で腕を掴まれた。
驚いて振り返ると、エリオットが表情の抜け落ちた顔で私の腕を掴んで立っていた。
こんなエリオット見たこと今まで見たこと無い。
その瞳の中は荒れ狂う嵐の海のように混沌としていた。




