金の渦巻き模様の貝殻キャンドル
「リシュリー、おはよう。
ちょっとだけ久しぶりね」
校舎に入るとエミル・エドラが駆け寄ってきた。
大繁盛のエドラ物産館の一人娘で、最近新しく神殿からやって来たセト先生に只今絶賛お熱中の私の親友だ。
光沢のある美しい長い黒い髪と、琥珀色の瞳を持つ、色っぽい美人である。歳は私達の一歳年上の十七歳だった。
エミルは私に初めて出来たエリオット以外の友達だった。
初めて学び舎に来た時、他のみんなはエリオットと友達になりたがったけど、エミルだけはエリオットに目もくれず、私に話しかけに来てくれた。
さすがに血楔病のことはまだ話せていないけど、約束が出来ないことや、色々と距離は近いけれどあくまで私とエリオットが幼馴染みであることをちゃんと理解してくれている数少ない一人でもある。
エリオットとエミルはあまり話さないけれど仲が悪いという感じではなく、私がエミルの家に遊びに行くのに着いて来てもらう時も、エリオットは嫌そうでは無かった。
「今日のリシュリーの髪型可愛いじゃない。エリオットも本当器用よね。
あ、そろそろリシュリーに会えるんじゃないかと思って、最近うちで売り出そうと思ってるお土産物の試作品持って来てたの。
ちょっと見てくれない?」
「うん、早く見せて見せて。
エミルが作った試作品見るの、私の生きがいの一つだもん。
じゃあエリオット、私ちょっとエミルのところに行ってくるね。またあとでね」
「ああ、先に机に行ってる。待ってるね」
エリオットは少し心配そうにそう言って、一回ギュッと繋いだ手に力を入れると手をほどき、勉強を行う大教室の方へと歩いて行った。
今日は、血を奪った次の日なので杖は無くても大丈夫そうだけど、念のため折り畳める杖をリュックの中に入れてあるし、そんなに心配しなくても大丈夫なのに。
中庭の長椅子に座って見せて貰ったエミルのお土産物の試作品達はどれも素敵で、小さな宝の山のようだった。
ヴェネラの街にお土産物屋が沢山あるのに、エドラ物産館が飛び抜けて繁盛している理由はエミルにありと私は思っていた。
美的感覚が鋭く、他の人が思いつかないようなお土産物のアイディアを思いつく発想力も豊富だった。
いつかエミルがお父さんの跡を取ってエドラ物産館の代表になったら、もっと繁盛すること間違い無しだなと思っていた。
その日見せてもらったものの中で特に一番素敵だと思ったのは、ヴェネラ貝の貝殻を加工して作られた貝殻キャンドルだった。
扇のようなヴェネラ貝の貝殻の中に、良い香りの白い蝋が溶かし固められており、貝殻の外側には金色の渦巻のような縁取り模様が細工されている。
巡礼の旅の終わりに、イハの海の浜辺で見つけた宝物という感じでとても素敵だった。
「どうかしら。リシュリーはどれが一番気に入った?」
「どれも素敵だけど、私はこの貝殻キャンドルが一番素敵だと思ったよ。
貝殻の外側にされてるこの金色の渦巻みたいな縁取り模様がとっても綺麗だし、なんだか海辺の街のお土産っていうのにもぴったりだし。
それに何より、巡礼の旅で見つけた宝物っていう感じがする。
エミルが作る物はなんでも素敵だけどね」
「ふふ、ありがとう。
実は私もこれが一番自信があったんだ。
巡礼の旅から家に帰った後も、この貝殻キャンドルに火を灯して、蝋と海の匂いが混じった良い匂いを嗅いだら、ヴェネラの街のことをきっと思い出すでしょ。良きものとして。
巡礼の旅だから、本当は辛いことも沢山あったはずだけれど、それを見た時、その旅を実体験よりも素敵な旅だったと思い出させるような、お土産ってそういうものでありたいと思うの。
これはそんな、私の理想のお土産像になかなか近いと思うのよね。
品評してもらったお礼に、それはリシュリーにあげるわ」
「え、いつもそう言って色々くれるけど、本当に良いのかな?
品評ってそんな、ただの素人の感想じゃない。
なんだか申し訳ないよ」
「遠慮しないで。
貝殻キャンドルの試作品は家にたくさんあるし、なんてったってうち、お金持ちだからさ。うふふ」
そう言ってエミルは屈託なく笑った。
この笑顔は、無数にあるエミルの大好きなところのうちの一つだった。
「あ、そろそろお勉強の始まる時間ね。行かなくちゃね。
今日もセト先生はきっと素敵だわ。
はあ、私と結婚してエドラ物産館に婿入りしてくれないかなー。
働かなくても私が一生養うって誓うのに」
「アタックしてみれば良いのに。
エミルすごい美人だし、頭もいいし、色っぽいからセト先生だってクラっときちゃうに決まってる」
「なるほど、色仕掛けっていう手もあったのよね。
盲点だったわ。良いこと聞いちゃった。
さあ、大教室まで手を繋いで行きましょう。
エリオットに睨まれちゃうけど、会えた日くらい私もリシュリーと手を繋ぎたいもの」
私達は手を繋いで、大教室まで歩いていった。
エミルの手は柔らかくて、温かくて、安心した。
私にお姉さんは居ないけど、もし居たらこんな感じかなと思った。
だけど、なんとなく本当の姉妹はこんなに仲良くないかも、とも思った。
大教室に着くと、エリオットが座っているいつも私達が使っている机の方へ歩いていった。
エミルは工作の技法や算術が必要とされる生徒達の方へ行き、すぐに友達に囲まれていた。
エミルは、ほぼ毎日学び舎へ来ていたし、その屈託のない楽しい性格で誰からも好かれていた。
「エリオット、お待たせ。
エミルからまた試作品貰っちゃった。
見て、とっても素敵でしょ」
エリオットの隣に座ると、私はそう言って貝殻キャンドルを見せた。
「本当だ、とっても素敵だね。海辺の街の宝物って感じ」
「私も同じこと思った。それにこれ、とっても良い匂いがするんだ。ちょっと潮の香りがして。
帰ったら私の部屋の窓辺に飾ろうっと。
家族のみんなとシェアしたい気もするけど、パロマが今なんでも壊すのにハマってるから、食堂とかには置けないな」
「そうだね。今パロマは小さな可愛い破壊神だもんね。
僕もこの前パロマ専用の馬にされて腰を蹴られまくったんだった」
「そうそう、すっごく面白かった。
あの時のパロマの目の輝き、エリオットにも見せてあげたかったな。らんらんとしてた。
あはは、思い出したらおかしくなってきた」
「えー。リシュリー、僕は結構痛かったのに、面白いってそれはひどいよ」
そう言いながらもエリオットは、とても面白そうに私と一緒に声を出して笑った。
他の生徒とは話さないが、私と話してる時は牧場にいる時と変わらない、私が言うちょっとしたことでたくさん笑ってくれる、いつものエリオットだった。
「よっ、お二人さん、今日も仲良さそうじゃん」
「あ、アダンおはよう。あの果物泥棒のサルの一件はどうなった?」
そこに、果樹園の息子のアダン・プラタスがやって来た。
こげ茶の髪に、ちょっとだけつり目の黒い瞳、褐色の肌と、太陽に愛されているという言葉がピッタリの活発な感じの見た目をしている。
私達と同年齢だけど夏生まれなので、もう16歳になっていたはず。
エミルの話では、果樹園は人手が多ければ多いほど良いということで、お父さんからは早く婚約者を探すよう口を酸っぱくして言われているらしい。
「そうそう、その話を早くリシュリーにしたかったんだよ。
それがさ、あいつ、仲間連れて来たんだよ。
自分だけじゃ、どうしても俺に勝つことが出来ないことを悟ったらしく、悪の徒党を組みやがったんだ」
「嘘、単独犯から組織犯罪に!?」
「本当なんだよ。リシュリーにも見せてやりたかったよ、あいつらの連携プレーをさ」
「えー、見てみたかったな。一体どんな連携プレーを繰り出すっていうの」
隣のエリオットは先程までとは別人のように、無口で無表情になっている。
学び舎にいる時エリオットは基本的に誰とも関わらないが、特にアダンのことは一番苦手に感じているようだった。
なんだかエリオットの周りの空気が冷えていっている気がする。
机の下で、エリオットの冷たくなってしまった手が私の手に絡みついてきた。
「本当か!?じゃあさ、今度うちに遊びに来いよ。父さんと母さんと弟達にも俺、いっつもリシュリーのこと話してるんだ。紹介したら喜ぶぞ。決まりな」
エリオットの手の冷たさと、絡みつく強さが増した。心配になって見ると顔が青白くなっていた。
そこに勉強時間始まりのベルを鳴らしながら、セト先生が大教室へと入ってきた。




