約束が出来ないということ
今日も昨日と同じくらい快晴だ。
血を奪った次の日は、エリオットの血の効果がかなり強く出てとても調子が良い。
学び舎に行く日はいつも、楽しみで早く目が覚める。
日光に当たっても大丈夫になってから、私の部屋は日の当たらない奥の部屋から移動され、風通しと日当たりの良い今の場所になった。
窓の外から、気持ちの良い風と、眩しいけれど優しく柔らかいお日様の光が差し込んでいる。
どんな朝も好きだったけれど、晴れている日の朝はやはり特別に大好きだった。
そして、ニワトリ達がコケーーッ、コケコッコーッとみんなして声を合わせ、多分朝日に向かって、吠えるようにして鳴いている。
他の家のニワトリをあまり知らないからなんとも言えないが、うちのニワトリ達は異常に威勢が良い気がする。血筋だろうか。
そして、弟のバンダーとミグラが、彼らに割り振られた仕事である鶏舎の掃除とニワトリの餌やりと、卵の採取のために眠そうに鶏舎へと歩いて行くのが見えた。
どちらとも同じくらいの背、同じ顔、同じ茶色の髪、同じ若草色の瞳と、どこからどう見ても双子だった。そして、どちらも同じくらい生意気だった。
「バンダー、ミグラ、おはよう。
今日も鶏舎をよろしくね。
卵取る時はありがとねって言うんだよ。
あと、グレてる何羽かには気をつけてね。
あいつらグレてる上に賢いんだから」
窓から二人に声をかけた。
「あ、姉ちゃん、おはようさん」
二人が双子らしく声を合わせて言った。
「まあね。鶏舎のことは、任せて。
鶏舎は僕らの管轄地だからね。
ニワトリ達も僕らには一目置いてるし」
生意気な感じな調子も同じように合わせて。
そこまで同じようだと、逆にわざとやっているのでは無いかと思うくらいだ。
「私は今日学び舎なんだ。いいでしょ。
何着てこうかなって今考えてるの」
「エリオットに決めて貰えばいいのに〜」
双子の弟の方のミグラが腹の立つニヤニヤした顔で言った。
「服くらい自分で決められるよ。
私だって、何でもかんでもエリオットにやってもらってる訳じゃないんだからね」
「そうですか、そうですか〜。
じゃあ僕らはそろそろ行くよ。
課せられた任務に向かわなければ、ならない」
また何かに影響を受けたのか、最後の言葉は世界の運命を決する戦いに赴く戦士のような感じだった。
この前までは博士に憧れて論理的っぽい口調だったが、今日は戦士っぽかった。
どちらも今十歳なので、そういうお年頃なのだろう。
そして二人とも、私と重ならない日に学び舎に行っているので、そこの友達からも何らかの影響を受けまくっているのだろう。
そして、少し経ってから鶏舎から
「おい、やめろハテ!
バンダーの周りをグルグル回るな!」
というミグラの声が聞こえてきたが、多分大丈夫なので放っておくことにした。
私は昨日付けていくと決めた、蝋石の赤いバラの花の形の髪留めに合う服を選ばなくては。
クローゼットを開けると、どれも気に入っている服達が、おはようと挨拶してくれているように良い匂いで迎えてくれる。
母さんが作ってくれたり、ヴェネラの街の仕立て屋で仕立ててもらった服達。
赤いバラの花の形の髪留めに合うのはどれだろう。
自分にそんなにオシャレなセンスが無いことは分かっているが、考える。
髪留めが赤かったら、服はあまり色がついてない方が良いのではないかという非常に安易な考えにより、ローズグレイの襟付きワンピースにした。
襟のところにエリオットが図案を描いてくれたツタのような模様の刺繍を二人で交代で縫って仕上げた思い出深い一品である。
「よし、今日のヴェネラの街へ一緒に行く友は君にしよう」
ワンピースに着替えて準備をしていたら、私の部屋の扉の前にエリオットが来たようだった。
「リシュリー、おはよう。入っても平気?」
あのザワザワとした感覚がする。
エリオットとその日の一番初めに会う時はいつもこうだ。
深呼吸をするとだんだん落ち着いてくる。
「おはよう、エリオット。どうぞ」
エリオットが部屋に入ってきた。
今日も女神様のように美しい。
しかしエリオットはいつも前ボタンの白い服と、黒か茶のズボンという決まった服装をしていた。
違う服装といえば、たまに少しお洒落な刺繍が襟の内側に入っている前ボタンの服を着ていることがあるくらいだった。
せっかく美しく生まれたのにオシャレに興味が無いのはなんだかもったいない気がした。
「ローズグレイのワンピースにしたんだね。
とってもよく似合ってる。
その刺繍懐かしいね。二人で頑張って縫ったやつ」
私がこのワンピースを選んだことが、なぜかとても嬉しそうだ。
「ありがとう。この色が一番選んだ髪留めに合うと思ったんだ。
懐かしいね。この刺繍の図案もエリオットが考えたんだったよね。
エリオット、絶対デザインの才能あるよ。
そういえば、髪留めに刻まれてる紋章とこの刺繍、ちょっと形が似てるね」
「まあね」
なぜかなんとなく寂しげな笑顔でエリオットはそう言うと、いつもの物が沢山入っている斜めがけバッグから櫛と、クチナワの花油を取り出した。
今や引き出し一つ分を占める、エリオットが作ってくれた、たくさんの紋章入りの髪留め達の中から赤いバラの花の形の物を取り出してエリオットに渡すと、私の髪を結い始めた。
「どんな髪型が良い?」
「エリオットにおまかせで」
「じゃあ、昨日と同じ解けにくい編み方で、髪型はシニヨンにするね」
あっという間にシニヨンの髪型を作ってくれた。
鏡を見ると正面からでも右耳の後ろに赤いバラの形の髪留めが見えるようになっていた。
エリオットの紋章もくっきりと見える。
全身を眺めてみると、我ながらなかなかバランスがよくオシャレなのではないかと思った。
「ありがとう、エリオット」
「どういたしまして。
でも、くれぐれも体調には気を付けていてね。
もしダメってなったらすぐに言って。僕がなんとかするから」
「分かった。
確かに、最近は昨日みたいに朝とても調子が良くてもああなっちゃうことが、たまにだけどあるもんね。
このことについて、今度ジャイム様に聞いてみなくちゃ。
多分大丈夫だとは思うけど、体の様子をちゃんと見ておくね」
「うん。じゃあそろそろ行こうか」
リュックに荷物を詰めて準備が終わると、エリオットが自分の左手を私に差し出した。
手を繋いでいた方が、もし突然力が入らなくなってもすぐ抱きとめることが出来るからという理由で、エリオットと居る時はなるべく手を繋いでいた。
しかし、そのせいで学び舎では最初、私とエリオットが婚約者同士だというあらぬ噂が立ってしまった。
それを一人一人に違うと説明するのはとっても骨が折れて、面倒くさいことだった。
エリオットは説明するのを手伝って欲しいってどれほど言っても全く手伝ってくれなかったし。
いつもなんでも嫌な顔せず手伝ってくれる優しいエリオットが、あの日は頑なとも言えるくらいに、みんなへ私達が婚約者同士ではないという説明をするのを拒んだ。
『ごめん、それだけはどうしても出来ない』とか言って、ずっと死んだような目で下を向いて座っていた。
そのため、私はその日学び舎に居た数十人への説明を全部一人でやらなければならなかった。
そしてふと見ると、なぜ婚約者でもないのに手を繋いでいるか、頑張って適当な理由を探して私達は決して婚約者同士ではない、とみんなに一生懸命説明している私を、ぬぼーっと亡霊のように見ていた。
あれは怖かった。
あの日のエリオットへのムカつきは今でも覚えている。
そして、その日のエリオットは一日中すごく暗くて無口だった。
なのに、帰り道に繋いだエリオットの手の握力がすごく強くて、涙がでそうなほど痛かった。
その日自分に降りかかったあまりの災難の多さに疲れ果て、異様によく寝てしまったのを覚えている。
確かに学び舎では同じ年くらいの歳の子に婚約者がいるのは結構よくあることだった。
けれど、私達は血楔病というちょっと特殊な事情はあるが、あくまで幼馴染みであって、決して婚約者同士ではないのだ。
私は約束が出来ない。
あの日。最初にエリオットの血を奪った日も、なぜ私が約束が出来ないのかについては結局分からずじまいだった。ジャイム様はなんとか解明すると言ってくれているけれど。
最近、約束ができないという、その意味がだんだん分かってきていた。
それは、自分の未来を誰にも誓えないし、あげることが出来ないということだった。
婚約や、結婚は愛し合う二人が自分の未来を相手にあげることを約束し合うことだ。
約束が出来ない私は、それをすることが出来ないのだ。




