願いの叶った日
「なんで、リシュリーがそんなややこしい病を患わなきゃならないんだ!
誰だ、そんな物騒な刻印を刻み付けた奴は!
勝手に人の愛娘を呪いやがって!」
滅多なことでは怒らない父さんが怒っていた。
それを見て、ジャイム様が父さんだけでなくその場に居る皆を落ち着かせるように、冷静な声で言う。
「あくまで、不確かな情報だ。
その聖者が果たして本当に実在したのかも、真実は分からない。
それにその刻印は、血楔病の者が己の魂を自ら呪い、刻まれたものだという異説もある。
他の神通力を持つ者が血楔病を診た時、そう視えたという話があるのだ。
神通力を持たぬ私には、刻印を視ることすら出来ぬ。
なので、刻印というものが本当にあるのかどうかについては、確かなことは言えない。
ただ。血楔病に関して、血を求めることの他に確かなことがもう一つだけある。"供物"の存在だ」
「"供物"……」
顔をジャイム様の方に向け、表情が見えないままのエリオットがつぶやいた。
「ああ。血楔病の者が必要とする血は、誰のものでも良い訳ではないらしい。
ただ一人の"供物"を定めて、生涯その血を求め続けるのだという。
聖者の日記によると、その日記に記された血楔病の者の"供物"は、その者の実の兄だったらしい。
創世書に残る、人類で最初に血楔病を患った者についての記述も同じように記されているし、血楔病について残された情報の中には必ず"供物"の存在があるのだ」
それじゃあ、私は。
死ぬまでずっと、エリオットの血を飲み続けなければならないっていうこと?
そんな、そんなことって……
噛まれて、血を吸われて、きっととても痛いのに。
きっと、とても気持ち悪いのに。
それに、生物が生きていく為必要不可欠なものだ。
そのくらい私でも知っている。
自分の為の血を私に奪われたら、エリオットは死んでしまうではないか。そんなことって無い。
「ジャイム様、私、エリオットを殺したくない!
他のものでは血の代わりにならないの!?
どうしてもエリオットを殺したくないの」
「リシュリー、僕は」
「ジャイム様、どうかお願いします!
なんとかエリオットの血を奪わなくても済む方法を教えて下さい」
その時エリオットが何か言おうとしていたが、どうしても聞きたくなくて、遮るようにそう言ってしまった。
エリオットの血を一生、奪い続けなくてはならないなんて。
それはエリオットを一生、無理矢理にでも私の近くに居させなくてはならないということではないか。
それは多分ものすごく罪深いことだ。
決して許されないことだ。
なぜだか足下に吸い込まれていくような恐怖を感じる。
「リシュリーちゃん、お聞き。
まず、"供物"が血楔病の者に血を飲まれ、死ぬことは無いはずだ。
それどころか、"供物"は皆相当に長寿だったという。病気一つせずにな。
もしかすると、血を与えることで"供物"に血楔病の者から、なんらかの見返りの対価エネルギーが渡されているのかもしれぬ。
だからエリオットは死なない。多分だがな。
おそらく、エリオットよ。リシュリーちゃんに血を吸われた時、痛みを感じなかったのではないか」
「はい。全く痛みは感じませんでした。
痛みというよりあれは……
あとそれに、血も出ませんでした。
あ、あと昨日雄鶏のウテに突つかれてケガした傷口が治っていました。いつもなら、こんなにすぐ治るはずないのに」
エリオットが私に噛まれた場所を自分の手でなぞる。確かにそこには傷口は無い。
あの時、自分を抑えられなくて、かなり強く噛んでしまった気がするのに。
「《その血を捧げる時、"供物"に祝福が訪れる》と聖者の日記には記されていた。
おそらく、傷が癒えるのだ。
大丈夫だ。リシュリーちゃん。エリオットはリシュリーちゃんのせいで死ぬことはない。むしろ健康になる」
「でも、一生ずっと、エリオットの血を奪い続けなくてはいけないなんて。そんなことって……
それに、あの時自分が自分じゃないみたいになって怖かった。血を飲みたくて、飲みたくて仕方が無くて、それを自分で抑えられなかった」
「それについては、私のまじないが効くかもしれない。
聖者の日記には血楔病を持つ者の、血への渇望感それ自体はあくまで普通の飢餓感とその質や要素は変わらないと記されていた。
といっても、普通の飢餓感の何百倍も強くはあるだろうがな。
しかし、まじないで抑え込むことが出来るものだと書いてあった。
それに、これは様子を見なければ何とも言えぬが、一度血を飲めばしばらくの間は血を飲まずとも過ごせるのではないかと思う。
いくら対価のエネルギーを貰うと言えども、人間が毎日血を失ってはいくら"供物"でも長寿ではいられなかっただろう。
瞳の色をよく観察するのだ。生まれ持った白銀色に戻った時が生命エネルギーが枯渇した時だ。
その時、再び"供物"の血を求めるだろう」
ジャイム様がそう言い、真剣さを増した表情で私の方を向いた。
「リシュリーちゃん。残酷なことを言うかもしれないが聞いてくれ。
血楔病が発病してしまった以上、君はエリオットの血を定期的に飲まなければ、起き上がることすらままならない状態になるだろう。
世界との繋がりを保てず、死んでしまうことも無いとは言い切れない。
今のところ、"供物"の血に代えることが出来るものは無いのだ。
血楔病を治す方法はまだ、見つかっていない。
申し訳ないが、エリオットから一生血を貰い続けなければならないという事実を今の私が変えることは出来ない」
「そんな……」
エリオットが私の目線に自分の目線を合わせるように、片膝をついた。
そして、絡めていた指をほどいて、私の手を自分の両手で上から包み込み、強い光を持った瞳で私の目を見つめた。
「リシュリー、僕なら大丈夫だよ。
あの時全然痛く無かったし、これからは血になる食べ物を毎日食べるようにするから安心して。
いくらでも僕の血をあげるよ。ずっと、あげるから。
ジャイム様も言っていたでしょ。僕はリシュリーに血をあげると健康になるんだ。長生きも出来るって。
リシュリーは僕の血が必要だし、僕はリシュリーに血をあげられて嬉しい。
これのどこに悲しいことがあるの?
これは、とてもとても良いことだよ」
美しく大きい切れ長の目を優しく細め、私を安心させるように言った。
そして、うっとりと笑った。
出会ったときはまだ幼く美少女のようだったエリオットは、その時次第に少年らしくなっていた。
ふと肩が当たった時や手を繋いだ時に、体の構造や形や、固さが違うことを徐々に感じるようになっていた。
それを、少し怖く感じた。
エリオットが知らない人になっていくような気がして。
だからかもしれない。
ひどく嬉しそうに笑う瞳の中に、とても優しいエリオットの中になんてあるはずの無い邪悪な妖しいものが、その時見えた気がした。
そんな訳無いとギュッと目をつぶった。
また、あのザワザワした感覚がした。




