角の生えた大きな女性
「リシュリー!!
リシュリーーー!!
リシュリーーーーーー!!」
エリオットの叫び声は、決してやむことはなかった。
いくら扉から離れても、いくら高度を増しても、どこまでもずっと聞こえ続けた。
「いやーww 怖いっすねwww
やっぱ、愛こそこの世で最も恐ろしきものっすよwww
そして自分、エリオットさんから見事に敵認定されちゃいましたっすわww」
「ジュードさん、巻き込んでしまってごめんなさい。
でも助けに来てくれてありがとうございます。
ジュードさんが助けに来てくれなかったら危なかったと思います」
「いやいや、いいんすよ、いいんすよww
自分、その為に来たんでww
でももっと言って下さいwww
女の子にお礼言われるのは純粋に嬉しいんでww
女の子にお礼言われると、元気出ちゃうんでねww」
「ありがとう、ジュードさん」
「フフww フフフwww」
「本当にありがとう、ジュードさん」
「フフフフフwwww」
「ジュードさん、感謝っす!」
「フフフッ、フフフフ、フフッフwwwww」
お礼を言えば言うほど、ジュードさんは嬉しそうにニヤニヤしていた。大鷲の顔で。
精悍な顔にとても似合わない、ニヤニヤだった。
その様子がとても面白くて、必要以上にお礼を言ってしまった。
いや、本当に心の底から感謝はしているけれども。
そうこうしているうちに、だいぶ高度が上がっていた。
上を見上げると、光の渦のようなものがあった。
直感的に、あそこから出られる、と思った。
「リシュリーさん、もうすぐっすよ。
ここからはフルスピードで行くんでしっかり掴まってて下さい!ww
フワッフワの、自慢のこの羽毛に!www」
私はジュードさんの背中に掴まった。
大鷲姿のジュードさんはフワフワで、鳥特有のお日様のような良い匂いがした。
しかし、その体はとても冷たかった。
まるで生きているとは思えないほどに、冷たかった。
その体から、命のぬくもりというものをどうしても感じられなかった。
しかしなぜか、それは私を深く安心させた。
もしかすると、これまでは誰にも感じられなかった仲間意識のようなものを、ジュードさんに対して初めて感じたのかもしれない。
生まれて初めて本当の理解者に出会えたことを、魂の奥底で感じ取ったのかもしれない。
ふと、私は後ろを振り返って巨大な扉を見た。
先程まで赤い血に染まっていた扉は、元の様子に戻っていた。
鮮やかな色彩も消滅し、古い木材に黒鉄の装飾がされた、最初に見た時の扉の姿に戻っていた。
扉の上部には相変わらずモヤがかかっていた。
私は一心にモヤが晴れてほしいと願った。
扉の最上部に一体何が描かれているのか、どうしてだか異様に気になり始めた。
どこからか風が吹いてきた。
澄んだ、清らかな、気持ちのよい風だった。
その風が、白いモヤをほんの一瞬だけ晴らした。
まるで雲の切れ目から月が現れるように、扉の最上部分が姿を現した。
そこにはやはり、女性が黒鉄の装飾によって描かれていた。
しかし、その女性は、シエラを含めた他の扉に描かれていた女性達とは違っていた。
まず、とても大きかった。
太っているとかそういうことではなくて、サイズそのものが大きい。
他の女性達は皆ほとんど同じ大きさだったが、この女性は他の女性達より圧倒的に大きかった。
変なネーミングであるが、大人間という感じだ。
そして次に、角が生えていた。
耳の上からくるんと、山に住むヤギのような角が生えている。
……あれ? 私は最近、どこかでこれと全く同じような角が生えている人を見なかったっけ……?
確かに、見たぞ。
しかしそれをどこで見たのか、思い出せない。
いつだったのかも、ダメだ。思い出せない。
なにせこの数時間のうちに、かなり凄まじいことが色々起きた。
そのせいで、双角海蛇座流星群が来る前のことを遠い昔のことのように感じる。
もしくは、そのことを思い出そうとしても謎の力が働いて思い出せないようになっている気もするような……
私はとりあえず、角の生えた大きな女性を見ることに集中した。
その女性は、やはり悲しそうな顔をしていた。
しかし、ただ単に悲しそうなだけではなかった。
悲しみだけではなくて、迷いや後悔といったものも、その女性からは強く感じるのだ。
そしてあともう一つ、言葉で言い表しづらい、強い感情をその女性は有していた。
望郷の念、というのが一番近いかもしれない。
その時、女性の唇が動いた。
「帰りたい……帰りたい……」
それは、水の中で発した音のような、ゆらめく響きを持つ声だった。
「どこに帰りたいの?
あなたは一体、どこから来たの?
あなたの故郷は、一体どこ!?」
私は自分でも気付かぬうちに、叫んでいた。
喉が勝手に声を出していた。
角の生えた大きな女性へと、なりふり構わずに大きな声で問いかけていた。
しかし、白いモヤが再び現れ始め、角の生えた大きな女性を覆い隠していった。
みるみるうちに、女性の姿は見えなくなっていった。
最後に、女性の悲しげな瞳と目が合った。
その瞳の中には、私に何かを託そうとする強い意志があった。




