怨嗟の声
角の生えた大きな女性の姿を、白いモヤが覆い隠していく。
「あなたは一体誰なの?
この扉の装飾は、この女性達は、一体何を表しているの?
どうしてシエラがこの女性達の中にいるの?」
なのに、女性に対する問いが止めどなく湧き上がってくる。
「あなたは誰? あなたは誰なの!?」
この角の生えた大きな女性のことを、知りたくてたまらない。
まるで狂ったかのように、知りたくてたまらない。
しかし、既にその姿のほぼ全てが白いモヤに覆い隠されつつあった。
あと数秒もすれば完全に見えなくなってしまうだろう。
「待って! あなたは、誰!?」
その時、角の生えた大きな女性に色が付き、鮮やかにまばゆく光り輝いた。
それはほんの一瞬のことだったが、その時目に映った映像は私の脳裏に鮮明に焼き付けられた。
角の生えた大きな女性は、美しい白銀の髪と、美しいエメラルドグリーンの瞳を持っていた。
両耳の上から生えているくるりとしたヤギのような角は、黒珊瑚のように真っ黒だった。
そしてその顔貌は、とても美しかった。
色が付いて、よりそれが際立った。
人間離れしているという言葉が相応しい美しさだった。
その美貌は、精霊や神様といった超自然的な存在を連想させるものだった。
しかしそんな桁外れの美貌を超えて脳裏に一番強く焼き付けられたのは、その腹部だった。
角の生えた大きな女性の腹部からも、赤い血が流れ出ていた。
そして、他の女性達と同じように銀の何かが刺さっていた。
だが角の生えた大きな女性の腹部に刺さった銀の何かは、他の女性に刺さっている銀の何かとは様子が違っていた。
それは、とても長い銀の槍に見えた。
しかもその槍には、銀の鎖が何重にも巻き付いていた。
その巻き付いた銀の鎖ごと、銀の槍は角の生えた大きな女性の腹部を貫通していた。
とても痛そうだ。
見ているだけで、自分の腹部も痛んでくるような気がするほどだ。
私は自然と自分の腹部を手で押さえていた。
しかもその銀の鎖は、まるで植物のように成長し増殖しながら、女性の腹部から女性の体内を侵しているという気がした。
何か良からぬ意図をもって槍に巻き付けられている鎖であることに間違いは無いだろう。
その時、角の生えた大きな女性が再び言葉を発した。
ゆらめく音の美しい声で、私に語りかけてきた。
「リシュリー、私を、見つけて」
そして、角の生えた大きな女性は、白いモヤに完全に覆い隠されていった。
腹部を押さえていた私の手は、自然と腹部から離れた。
「リシュリーさん、今からあの光の渦の中へ突っ込みますww
更に強く掴まって下さいwww
なんならもうギュッと抱きしめちゃう感じでお願いしますwww
優しく、ギュッとしちゃって下さいww
いや、落ちると危ないんでねww
いや、下心とか無いんでww
いや、ほんとにwww
…………
…………まあ、ちょっとはある……www」
ジュードさんはそう言うと、宙に留まり翼を羽ばたかせホバリングした。
そして何度かバサッ、バサッと一際大きく翼を羽ばたかせた後、宙を蹴るようにして脚を動かし大きく上へ飛び上がった。
光の渦へと、周囲の空気を切り裂くようにしながら一直線に進んでいく。
私は言われた通りに大鷲姿のジュードさんの胴体部分に腕をまわして、抱きつくようにしてしがみ付いた。
ジュードさんの体はやはり冷たかったが、心臓の鼓動の音がちゃんと聞こえてきた。
しかし風を切る音と共に聞いたその音は、どこか不自然さを感じる奇妙なリズムを打っていた。
そして私とジュードさんは光の渦の中へ突入した。
その光に触れた途端にとても眠くなった。
現実と夢が反転していく感覚に落ちていく。
この場合、落ちていく夢の方が正真正銘の現実なのだが。
眠りに落ちる時、再びエリオットの声が聞こえてきた。
それは今まで聞いた中で、一番恐ろしい声だった。
「僕は……僕は、どんな手を使ってもリシュリーをその男から取り戻す。
あの女や他の誰かを利用し尽くして、どんなにこの体が汚れたとしても、リシュリーを必ず取り戻す。
そして、永遠にリシュリーと一緒にいる。
もう二度と僕とリシュリーが離れないようにするには、それしか方法が無い。
それしか、僕に道は用意されていない。
リシュリー、忘れないで。
この肉体が誰とつながったとしても、どんなに汚れてしまったとしても、僕の心と魂は……そして僕の血は、僕のこの血だけは、リシュリーただ一人だけのものだということを。
愛してる、リシュリー……」
恐ろしいと思った。
エリオットのその声には、私やジュードさんに対してではなく、何かもっと大きなものへの怨嗟が込められていた。
おそらく神や運命などといった類のものに対しての、強い怨みと憎しみが。
そしてその怨みの源は、きっと、私への愛そのものだ。
愛によって、エリオットは神を怨み、運命を嘆く。
愛によって、エリオットは他の誰かや、自分自身を傷つける。
愛によって、エリオットは私から自由を永久に奪おうとする。
愛が、エリオットをそうさせる。
愛が、エリオットをそんな風にしてしまう。
だからこそこの声はとても恐ろしく私に響くのだと、そう思った。




