冷たい、青い炎
「なになに!? あたしにも見せて見せて!
って、ギャーーー!!!
何しちゃってんの、エリオット氏!?
リッちゃんのこと愛してるって言ってたのにー!
リッちゃんを連れ帰るために窓ガラスまで割ってたじゃんよー!
なのにシルビアちゃんとあんなお熱いキッスしちゃってさーあ!
浮気男ー! 裏切り者ー! スカポンタンー!」
「メーー!! メーー!!」
ヌッちゃんとステラが窓から外の光景を見て、鼻息を荒くして怒り狂っている。
私の為にそこまで怒ってくれているのは嬉しいが、少し重い。いや、物理的に。
ヌッちゃんは、窓際に座る私の膝の上に身を乗り出し、窓に顔を近づけて外を見ていた。
そしてその身を乗り出しているヌッちゃんの腕や脚が、私の膝の上に乗っていた。
ヌッちゃんの体は少し、いや、なかなか重かった。
「ヌトさんもステラさんもまだまだっすねwww
あれ、エリオットさんがシルビアさんの力を取り込んでるんすよwww
これまで聞いた話から推察するに、シルビアさんは強い退魔の力を持ってるっすwww
リシュリーさんが血楔病の呪いから一時的に解放されたのも、リシュリーさんを縛ってたエリオットさんの術を、シルビアさんがエリオットさんにキスすることによって断ち切ったからっすwww
シルビアさんには呪いをどうこうする意図は無かったとは思いますが、リシュリーさんとエリオットさんに離れ離れになって欲しいと彼女が内心強く願っていたから、術を断ち切る方向に力が働いたんすよwww
でも今は、エリオットさんの力の方がシルビアさんの力よりも強くなってしまってるから、シルビアさんが負けて力を吸収されてるんすwww
シルビアさんにその自覚は無さそうっすけどwww」
「え? まじ?」
「まじっすよwww
だから今は、相当ヤバい状況っすwww」
エリオットがシルビアちゃんの口から自分の口をゆっくりと離した。
何かを飲み込むように、吸い込むようにしながら。
その途端、シルビアちゃんが地面へと膝から崩れ落ち、そのまま地面へと倒れ横たわった。
体中の力が全て抜け落ち、手足はダラリと放り出されている。
エリオットはそんな様子のシルビアちゃんに一瞥もくれず、こちらを見続けていた。
再び大きな星の砂子が流れ落ち、エリオットを照らし出した。
乱れてなお美しいその姿態と、動く口元を。
「リシュリー。やっぱり僕は……リシュリーを行かせられない……
どんな手を使っても、何をしたとしても」
エリオットの口は、そう動いていた。
そして、馬車がカタカタ揺れ始めた。
「来たーwww
リシュリーさん、ちょっとこっちに来て下さいwww
暑苦しいと思いますが、少しの間自分のマントの中に隠れてて下さいwww
あと、エリオットさんがリシュリーさんの心の中に侵入しようとしてきても、決して扉を開かないで下さいwww
もし開いちゃったら、そこで何もかも終わりっすwww
あのヤバイ世界線行きで決定っすwww」
ジュードさんは私の腕を掴み、自分のマントの中へと引き込んだ。
窓とは反対側に位置するジュードさんの左腕の下に私を隠すように入れると、すぐにマントで覆った。
しかし、私がジュードさんのマントの中に入りきるか入りきらないかという時、馬車の窓に敷かれたカーテンがまるで粉々に砕けるように、破けた。
そしてその時、外から丸見えになった窓の真ん前に、ちょうどエリオットがいた。
エリオットと私の目が、ほんの一瞬ではあるが、真正面から合った。
最初エリオットの目は、強い痛みを抱えているような、何かを懇願するような、そんな悲しい目だった。
しかしジュードさんと私の非常に近い距離に気付くと、激しい嫉妬と憤怒の形相へと変わっていった。
瞳孔が開き、唇は震え、顔も青ざめていった。
その様子はまるで、氷のように冷たい青い炎にエリオットが覆い尽くされていくようだった。
「やっべwww 火に油www」
ジュードさんがそう言い終わらないうちに、馬車が大きく揺れ始めた。
その揺れのせいで私の頭がジュードさんの左脇の下に直撃し、「ウッwww」というジュードさんの悲鳴のような声が聞こえてきた。
ジュードさんはその災難を繰り返すまいと思ったのか、左腕で私の肩を抱き、私が動かないように固定した。
馬車はなんとか走り続けた。
しかしこの揺れに襲われ続けながらずっと走り続けることは難しそうだ。
馬車を引く馬の、悲鳴のようないななきも聞こえてくる。
「きゃー! ジュード様、ジャイム様、なんとかなりませんの!?
せっかくここまで来れたのにい〜!
あとちょっとで、リッちゃんは巡礼の旅に出られるのにい〜!」
「ヌト、大丈夫だ。リシュリーちゃんも大丈夫だよ。
ほら、リシュリーちゃん、このヴェネラ貝の貝殻を金色の羊の毛のお守りにかざすようにして持っていなさい。
その二つが協力し合って、リシュリーちゃんを守ってくれる。
ジュード、私は馬の精神を落ち着けるまじないをする。お前は馬車の周りに守護の結界をより一層強く張ってくれ」
ジャイム様はマントの中へと、美しい金色の装飾がされたヴェネラ貝の貝殻を差し込んでくれた。
私はそれを受け取り、言われた通りに金色の羊の毛のお守りの上にかざした。
すると、その二つそれぞれから発せられていた力の波が同調し合い、まるで協和音のような、心地よく重なり合う力の波へと変わった。
金色の羊の毛のお守りの、守りの力が増したのがすぐ分かった。
「了解っすwww」
ジャイム様とジュードさんが、聞き取れない言語の言葉を唱え始めた。
おそらく、ドルミル記念病院からジャイム様の家までの道すがらでジャイム様が唱えていた言語と同じ言語だ。
舌を弾いて出すような、喉の奥を擦り合わせて出すような、そんな発音の、とても古そうな言語だ。
その言語が染み渡るように空間へと広がっていくと、次第に揺れも馬のいななきもおさまっていった。
「今っすwww 御者さん、フルスピードでお願いしますwww」
ジュードさんが外へ向かって大声を出した。
すると、馬車が今までに比べて格段に早いスピードで走り出した。
まさに猛スピードという感じだ。
「とりあえず、なんとかなりましたねwww
まあこれで終わるわけないっすけどwww」
馬車はスピードを落とさず走り続け、ヴェネラの街へと入った。
ジュードさんのマントの中から、大通りの馬車道沿いの風景が流れるように見えた。
いくらエリオットがすごい力を持っているといっても、物理的に馬車のスピードに追いつくことは出来ないだろう。
なんとかこのまま、アイオラス海中湖神殿へ辿り着くことが出来るのではないか。
私はそう思った。
しかし、ジュードさんの方が正しかった。
ダンッ、ダダンッという音と共に、あの蔓が窓の外を一瞬の内に覆い尽くした。




