金色の羊
ステラと大氷蛇は親しみ溢れるキスをチューーーッと、まあまあ長い事していた。
そのキスは、まだ小さな子供同士が仲良しのしるしを互いに送り合うような、不純な物が一切入って無い可愛らしいキスだった。
「なんか良くわからないけど、良かった……」
ステラが大氷蛇のごはんにならなくて、良かった。
ステラが大氷蛇となぜそんなに仲良さそうなのかは謎だが、とりあえず良かった。
「あのぉ、ステラっち。そちらの氷さん……じゃなくて蛇さん? で合ってるわよね……? とはどういうご関係なのかしら?」
ステラの顔と大氷蛇の顔がやっと離れると、ヌッちゃんがすかさずそう聞いた。
「メー、メー」
「なになに? ずーっと昔からのマブダチだって?
あら〜、ステラっちの交友関係ってものすごいのね〜」
ヌッちゃんは心底感心していた。
いや、しかしそれで良いのかい?
もはやこれは、ものすごいとかそんなレベルを遥かに超えた話だという気がするけれども。
だってさっきまで、その、今はニョロニョロしているステラのマブダチちゃんは、巨大な氷塊だった。
そしてずっと昔って、いつのこと?
大氷蛇が出来たのって今朝だったよね?
今朝っていうのは、今日の朝ってことで合ってたよね? そんでそれは、ずっと昔ではないよね?
しかし羊のステラと私達では、時間の感覚が違ったりして?
ということは、もう私達はステラのマブマブマブダチくらいのマブダチになってたりして?
あれ? そもそも、そういえばステラって、今何歳?
初めて会ったの、まだ私がすごく小さな頃だった気がする。
私の頭はショート寸前だった。
落ち着こうと思ってヌッちゃんの顔を見ると、ヌッちゃんもどこか遠くを見つめて、生暖かいような変てこな顔で夜空に向かって微笑んでいる。
この様子からすると、きっとヌッちゃんもこの現実についていけていないのだ。
しかし、そんな私達を更に錯乱させる出来事が起きた。
ステラの心臓が光り始めたのだ。
「ス、ス、ステラ! 心臓が光ってるよ!」
「メメメーーメメ!!」
「目ん玉見開いてよーく見てなさい、だって?
ステラっちったら、何を始めるつもり〜!?」
ヌッちゃんはまだ寝ぼけている人のような声色ではあったが、段々とこっちの世界へ帰ってきているようだった。
私はステラを見た。
そして私の目ん玉は大きく見開かれていった。自分の意思ではなく、もはや生理現象のように。
その、あまりの衝撃的な光景のために。
ステラの心臓は、その鼓動のリズムや脈打つ様子までもが外から分かるくらいに、まばゆく光り輝いていた。
まるでステラの体の中が、そこだけ外から丸見えになったような感じになっていた。
そして心臓からのみ起きていたまばゆい発光は、心臓が押し出す血からも起き始めた。
光る心臓を通ることによって、ただの血液が光る血液へと変化していくように見えた。
その光る血液はステラの体中を駆け巡り、そしてその血液によって今度は、ステラの全身の毛が金色の羊毛へと変わり始めた。
元々のモコモコの白い毛の下から、光り輝く金色の新しい羊毛がどんどん伸びてくる。
その勢いは恐ろしいくらい早くて、元々生えていた白い毛はどんどん抜け落ちていく。
まるで、ステラがまるっきり違う羊へと変身していくかのようだった。
そして何より驚いたのは、ステラの首の付け根に近い背中の部分から金色の羊毛が特に多く生えてきており、それが徐々に翼のような形になっていったことだった。
「ステラっち……金色になってくわね……」
「うん。翼も生えてきてるね……」
私達は呆然と、ただ呆然と、ステラが変身していく様子を見つめていた。
もちろん二人とも目ん玉を大きく見開かせながら。
今この時も、私達の頭の上ではごく稀にしか見られない規模の流星群が夜空を彩り、無数の星の砂子が夜空中を駆け巡りながらそこかしこへと落ちていっている。
すぐそばには、つい先程まで氷の塊であったはずの大氷蛇が命を持ち、巨大な蛇となって佇んでいる。
そして目の前では、ステラが変身している。
今、私とヌッちゃんは奇跡の前にいる。
紛うこと無き奇跡をこの目にしている。
しかし、あまりに凄いもの、凄いことが目の前で起こり続けると、人は外部の刺激に対して適切に反応出来なくなることを知った。
ただただ、呆然としてしまうのだ。
頭も上手く働かなくなってしまうのだ。
その時、声が聞こえてきた。
それはとても神秘的な声だった。
その声は、男性の声にも、女性の声にも聞こえた。
その声は、老人の声にも、子供の声にも聞こえた。
その声は、人間の声にも、動物の声にも聞こえた。
その声は、虫の羽音にも、鳥のさえずりにも聞こえた。
その声は、幾多の人々、幾多の存在が同時に声を合わせて発しているように聞こえた。
もしくは、その声の中に無数の魂があるようにも感じられた。
「我々はあなたに、巡礼の旅に出て欲しいと思う。
我々はあなたに、あなた自身を見つけ出して欲しいと思う。
我々はあなたに、この世界を再び愛して欲しいと思う」
声が聞こえてくる方に顔を向けると、大氷蛇が私を見つめていた。
そうか、この声は、大氷蛇の声なのだ。
大氷蛇が私を助けようとしてくれているのだと、この声を聞くことによってやっと分かった。
そうだ、金色の羊の毛のお守り……!!
「そうよ! これってまさに、金色の羊の毛のお守りじゃない!!」
「ヌッちゃんも、大氷蛇の声が聞こえたの!?」
「え? いいえ、あたしには何も聞こえてないわ。
だけど今、頭の中にピカーンて閃いたの!
それまでぼんやり、ぼけーっとしていた頭が急にキリッとなってね。
大氷蛇ちゃんの声のことについて聞きたいけど、それはまた後ね。
今はあたし、ハサミを取ってくるー!!」
ヌッちゃんはそう言うと、あの、ヌッちゃんが全速力を出す時特有の走り方でジャイム様の家へと走って行った。
ヌッちゃんが丈の長い草をかき分け走る、ボババババという音が聞こえてきた。
「ありがとう。大氷蛇……さん、あともちろんステラも」
「メーー」
完全に変身し終わり、すっかり金色の羊となったステラが私に向かって歩いてきた。
私はステラのピンクの鼻をこちょこちょとくすぐった。ステラはいつものように、気持ちよさそうに口を開けた。
その時、聞いたことのない男の人の声が聞こえてきた。
「どもーwwアイオラス海中湖神殿からリシュリー・アルコさんをお迎えに参りましたww
おやおや、なんかすごい光景っすねwww」
なぜか語尾にwを沢山付ける、とても整った顔をしているがとてつもなく軽薄そうな感じの男の人が、丈の長い草の中から現れた。




