星をのんだ蛇
「待ってぇ、ステラっち〜!
あなたそんなに足早かったのね! 馬と競争しても勝てるんじゃない?
てか、ステラっちの本気って、一体なんなのー!?」
私とヌッちゃんは、物凄いスピードで走るステラの後を必死で追っていた。
二人とも全速力を出して走ってはいるのだが、丈の長い草をかき分けながら進まなくてはならないのもあって、なかなかステラに追いつけない。
また、単純にステラの走るスピードが異様に速い。
走っている最中にも、バキバキ、ボボボ、ボボーン、という大氷蛇が隆起する音は聞こえ続けていた。
ジャイム様の家の外に出て聞いたその音は、体の奥にまで響いてくるような振動を持つ不思議な音だった。
「はぁ、はぁ……ステラ、やっと追いついたよ」
ステラはキノル湖の湖岸すれすれに立って隆起し続ける大氷蛇をじっと見つめていた。
大氷蛇はいよいよ本当の山のような高さになっており、その姿は紛れも無く蛇そのものだった。
尾へと続く胴体部分には鱗が出来ており、その目や口の造形はよりリアルになっていた。
もはや、その頭を天へ向かってより高く高く突き出そうとする一匹の白い大蛇がキノル湖の湖上にいるようにしか見えなかった。
「きゃー、大氷蛇、こんなにでっかくなっちゃって!
そして近くで聞くと、なおのこと物凄い音ねー!
あら? 今までのとはまた違った音も聞こえてこない? シャーンって感じの音〜」
「うん、聞こえる。シャーンって音。
確かに今までの音とは全然違った感じだね」
今聞こえ始めたシャーンという音は、どちらかというと高い音域の透明感のある音だった。
低く響くような大氷蛇が隆起する音とは少し違う感じがする。
「この音に関しては音源は大氷蛇じゃなかったりして。
……って、ヌッちゃん! 上見て! 上!!」
「どした? って! ええーー!!?
特大の星の砂子がこっちに向かって落ちて来てるー!!
ありえないんですけどー! でもありえてるー!」
頭上では相変わらず数多の星の砂子が、夜空を埋め尽くすように四方八方へと流れ落ちていた。
しかし、その数多の星の砂子の中でも特に大きな、なんなら火の玉みたいな星の砂子がこちらへ向かって落ちて来ていた。
こちらへ向かっている気がする、とかでは無く、その星の砂子はまっすぐこちらへ向かって一直線に落ちて来ていた。
「え? ヤバくない? あれがここに落ちたら、あたし達みんな死んじゃうんじゃない? え? いやん」
「うそ……」
そう言っている間にも特大星の砂子は、まばゆい金の光を発しながらこちらへ落下し続けている。
あれが直撃したら、確かに、確実に、死ぬ。
避難する時間なんてもう無い。
おそらくあのスピードからするに、あと一分もしないうちにあれはここへ落ちてくる。
ということは、私はあと一分もしないうちに死ぬということだ。
色々なことが頭の中を同時並列的に目まぐるしく駆け巡った。
結局、巡礼の旅に出られなかった。
家族に、もう会えない。
動物達にも、もう会えない。
エミルとセト先生の結婚式に出たかった。
二人の子供も見たかった。
そういえばアダンにあの大雪の日以来何の連絡もしていない。アダンにはいつもこんな感じで本当に申し訳なかった。
シエラに何もしてあげられなかった。
シエラの生に新しい意味を与えてあげられなかった。
そして……エリオットと、もう会えない。
もう、二度と一緒にいられない。
決して、二度と。
あれに当たって死ねば、二度とエリオットには会えなくなる。
あれに当たって死ねば、私は本来生まれるはずだった世界へと行くことになる。
その世界には決してエリオットは入ることが出来ない。
なぜならその世界は……
その時、大爆音が鳴り響き、その衝撃で頭の中を駆け巡っていた考え達はどこかに吹き飛んでいってしまった。
もう特大星の砂子が落ちてしまったのかと混乱する頭で思ったが、そうではなかった。
それは、大氷蛇が最後に大きく隆起する音だった。
爆発音のようなその音とともに、大氷蛇の頭が落下してくる特大星の砂子の方へどんどん伸びていく。
それまでに比べてかなり速いスピードで、天へ向かって伸びていく。
大氷蛇は特大星の砂子をただ一心に見つめ、そちらを懸命に目指しているように見えた。
そして、特大星の砂子と大氷蛇とがあと少しで衝突するとなった時、大氷蛇の顎が大きく開いた。
蛇が自分よりも大きな獲物を丸呑みにする時にする、あの上顎と下顎がぱっくり分かれる独特の形に。
そして大氷蛇はそのまま、金の光を纏って落下して来た特大星の砂子を、受け止めるように丸呑みにした。
大氷蛇の口の中から特大星の砂子と氷が衝突し、擦れ合わさる大きな音が聞こえて来た。
ものすごい衝撃が大氷蛇にかかっているはずなのに、大氷蛇にはほんの少しの亀裂も入ることはなかった。
特大星の砂子は大氷蛇の口の中においても光輝いていたが、少しするとその輝きは細かく無数に弾け飛び、大氷蛇の全身へと数多の小さな光が線を作りながら広がっていった。
その様子は、大氷蛇に光の血が通っていくように見えた。
そして限りなく蛇に近い造形ではあるものの単なる氷の塊であった大氷蛇は、本物の蛇になった。
艶かしく深い知性を持った、命ある蛇に。
命を得た大氷蛇は、その巨大な胴体をくねらせながら私達が呆然と立ち竦んでいる湖岸へと近づいてきた。
そのあまりの大きさと輝きの迫力に圧倒されて、大氷蛇の頭が目と鼻の先の距離まで来ても、何も考えられなかった。
今起きた一連のことで脳みそがすっかりショートしてしまっていたというのも勿論あった。
大氷蛇の白い体に無数の金色の血管が浮かび上がっていて、それが不思議な幾何学的な模様のように見えた。
前読んだ図録に載っていた、古代遺跡から発掘された土器にされていた装飾のような模様だ。
大氷蛇は私達をジーーーっと凝視していた。
ふと、嫌な考えが頭に浮かんだ。
次は私達の番?
特大星の砂子をのみ込んで味をしめた大氷蛇の次の獲物は、私達?
特大星の砂子をのみ込んで目下のピンチから救ってくれたのは本当に有り難かったけど、今度は私達、食べちゃう?
冷や汗が出て来た。
私が青い顔をしてそう思っていたところ、ステラが大氷蛇の方に向かって大きな声で鳴いた。
「こらっっ! やめなさいステラっち!
いくら喧嘩が強くても、そんな相手にタイマン張って勝ち目ないわよ!
この中であなたが一番美味しそうなんだから、最初に食べるお肉認定されちゃうわよ!」
ヌッちゃんが焦りながらステラに向かって言った。
だがステラはその言葉に全く動じず、ただじっと大氷蛇を見つめていた。
大氷蛇もステラを見ていた。
そして、ステラ目掛けてその大きく太い首をシュルシュルと伸ばした。
「キャー!! ステラっち!! イヤーー!!!」
「ステラー!!!」
しかし、私とヌッちゃんの予想に反して大氷蛇はステラを食べなかった。
それどころか、大氷蛇とステラはとても仲良さそうにチューッとかわいくキスしていた。
「え?」




