致命的な勘違い その1
三島さんが来なくなってから数日のうちは、気にも留めていなかった。
べ、別に俺が薄情なわけではないし、もちろん無関心だったわけでもない!
これは前に言ったように、いつでも休みが取れるからなんだ。
堀田先輩を中心にクライミングをしているとはいえ、好きで集まっているんだから、疲れたら休む。
部活のように顧問の束縛がないんだから、当然なんだけどね(年間会員パス代も自腹だし)。
この《好き勝手なレスト》を守るために、大会には名前を貸した山岳部の一員として出るけど、終わったら全員退部届を出すつもりだ。
ここまで徹底しているのは、堀田先輩がクライミング部の活動をしていたときのトラウマというより、クライマーの気質なんだろうね。
のんきで、自由で、クレイジーなやつらだから、部活なんて括りが登るのに邪魔になるってことは、一緒に過ごせばわかってくるよ。
だから、今までだって五人全員揃わないで登ることに不思議はなく、「アニメの予約忘れた」とか、「同人誌の即売会に行く」とか、「ゲームのやりすぎでドライアイだから」だなんて、好き勝手休んでいたからね。
……全部加藤先輩だけど。
だからだと思うけど、俺以外も三島さんのことを話題にしていなかった。
三島さんがいないので、俺は毎日堀田先輩にビレイをしてもらっていた。
そう、毎日!
あるいはこのことが、三島さんが気にならなかった本当の理由だったかもしれない。――
「川内君はどこ登る?」
「えっと、じゃあ紺バーの10dを……」
「もうー、簡単なのを登っても、難しいルートが登れるようになるわけじゃないよ?」
「でも、5・11台のルートは怖くって……」
「大丈夫! 私がちゃんと確保するから、思い切って登って! それに……」
「それに……?」
「それに、川内君が上手くなったら、……それだけ私とのレベル差が縮まるから、一緒に話せることも多くなるよ?」
「(一緒に!)フヒっ、え、ちょ、じゃあ黄色バツ印の11b行っちゃおうかなー!」
――とまあ、こんな具合に堀田先輩が思わせぶりな態度で背中を押してくれるので、クライミングも上達するわけで、鼻の下を伸ばしながら浮かれていた。
このままだと俺は、「二次元だけじゃないで、三次元の女の子にも課金する男になってしまうかもしれない!」とも考えていた。
こんなバカな俺の妄想生活は、高校クライミング大会が一週間前に迫った日曜日の学園祭、つまり今日まで、恥ずかしながら覚めなかった。
一緒に回ろうと約束していた早川がぽつりと「今日も三島のやつ、学校来てないな」と言ったことに対して、反射的に「ああ」と返事をしてしまったとき、クライミングジムだけじゃないで、学校にも来ていなかったことを初めて知ったとき、壁から真っ逆さまに地面に叩きつけられるような衝撃で目が覚めた。
三島さんが学校に来ていない!
そんなこと知らなかったが、早川は俺も知っているものと思っているようだし、俺も何も考えずに返事してしまった手前、これ以上その話を聞くに聞けなくなってしまった。
三島さんが学校に来ていない!
学園祭では、他校のかわいい女子を物色して(かといって何もせずに)楽しもうかと思っていたけど、不安や恥ずかしさや後悔で、それどころではなくなってしまった。
「僕らの学園祭って、自分たちで調理ができないからつまらないよな。これじゃあ、来場者はもっとつまらないだろう」
後楽学園では、学園祭で提供した飲食物で食中毒事件が起こっても、学園側では責任を取れないとして、販売するのは調理済みの弁当や、ペットボトル入りの飲料などの既製品だけを売っていた。
だから、シチュエーションによっては超絶美味く感じる、手作りやきそばやポテトやフランクフルトたちは存在できないんだよね。
でも今は、コンビニで買える弁当やアイスが高値で取引される学園祭など、どうでもいい!
「『調理師免許どころか、ロクに料理のできない高校生が、仲間とワイワイ騒ぎながら作ったものを売るのがそもそも間違いだ!』とか、お前は非リア充の僻みで思ってるんだろ?」
「ああ……」
三島さんが学校に来ていない!
早川が俺に何か言っているようだけど、まるで頭に入ってこない。
いつから来ていないんだろう、あの事故があった次の日からか? いや、でも俺たちには挨拶しに来たじゃないか。……一週間以上学校に来てないなんて考えられないし。
「一応、三島のクラスの劇でも観に行ってみるか?」
「ああ……、え? おい、三島さんがどうしたって?」
「まったく、……とりあえず体育館に行くぞ」
劇が行われるのは入学式と同じく、古い体育館だ。新体育館はいまだに工事中らしい。
体育館内は満員とまではいかないけど、意外と人が入っていた。
もちろん素人の劇に集まったわけじゃなくて、夏の暑さから逃れて、空調の設置されている体育館に来ただけだろう。
三島さんのクラスの劇の前に、二つよそのクラスの劇が行われたけど、どちらもシェークスピア原作の、誰でも知ってる有名な劇だった。
日本って、世界で一番シェークスピアの劇を上演している気がするよね。
それにしても、三島さんはクラスで劇をやるというのに学校に来ていないのか。
早川の様子だと、何か重い病といった感じではないんだろうけど。
だとしたら、三島さんに理由なく休まれたクラスメートは、さぞかし迷惑しているんだろうな。
「続きまして、Aクラス一年三組による『青い麦』を上演いたします。脚本は加藤……」
「へー、コレットか。高校生がやるにしては、際どい作品をチョイスしたな。なあ、おい?」
俺は場内アナウンスが入ると、早川のことはそっちのけで三島さんを探していた。
照明係は違うし、高校生らしく、袖から顔を出して観客席から見えてしまっている大道具でもない。もちろん、演者でもない……。
観客席からは見えない、衣装やメイク、脚本なんて裏方の仕事もあるけど、そこに三島さんがいるとは思えなかった。
何の根拠もないけど。
「なんだ、あのヴァンカの役は。青白くてブスで、演技も一夜漬けなんじゃないか? 僕のイメージだと、もっとこう、……細いけど逞しい、三島が適役だと思うんだけど」
早川の言う通り、舞台上では水たまりで溺れたミミズのような女が、金髪のカツラをゆすぶりながら、お粗末な演技をしていた。
それは観客の一部にはウケているけど、他校の生徒はまったく笑っていない。
彼女は《クラス内の道化》といった存在で、笑ってるのも知り合いだけなんじゃないかな。
そうだ、三島さんがいるとしたら、きっとあいつの役をやっていたろう!
演技を見る限りでは、俺の想像もあながち間違ってないんじゃないか?
三島さんが休んだから、代役に困ったクラスメイトは、ふざけた人間を割り振ったのに違いない。
それはともかく、学園祭の出し物の中で、劇をサボることはご法度。三島さんが学校に来なかったからか、劇はどこか歯車の抜けたような感じのまま、しめやかに終幕となった。




