致命的な勘違い その2
後夜祭、……それは生徒を発情させて告白へと追い込み、リア充と非リア充とを残酷に峻別する、高校生活における代表的なイベントの一つ。
もちろん、俺はサレンダーしたけどね!
まず、クラスの女子としゃべったことないし!
さて、学園祭の片づけを終えて、後夜祭をすっぽかした俺がクライミングジムに入ってみると、すでに早川、加藤先輩、堀田先輩の三氏は来ていた。
三島さんは、……いないようだ。
「おーすっ、川内君! やっぱり後夜祭には出なかったんだねー」
「こんちわー。……やっぱりって、堀田先輩。俺ってそんな、冷めたやつに見えますか?」
「んー、と言うより、誰にも誘われない感じ?」
ド直球すぎて痛みも感じねえ!
「ちょ、もう少しオブラートに包んで……」
「違うの! 友達がいないって意味じゃないで、女の子に誘われないって意味で言ったの」
「どちらにしろ辛辣!」
「ふふ、冗談! 私たちだってここにいるんだし、寂しい人だよ? それに、一日中水平な校舎を歩いたから、垂直の世界が恋しくなっちゃった」
俺らが話しているのに気がついて、同じく《垂直の世界》が恋しい人間が集まって来た。
加藤先輩と、後ろから早川。あとは三島さんがいれば全員揃うんだけど。
早川がロープを引きずっているところを見ると、登りたいルートの壁にほかのクライマーが取りついているから、順番を待っているのかな。
日曜日だし、結構混んでいるようだ。
「よお、川内。今日は人が多くって、リード壁は待たされるぞ」
「せせ、川内君も後夜祭に誘われなかったんだ。寂しい人間……」
「マジか、大会も近いし登っておきたいんだけど。……あと加藤先輩、小声で言っても、ちゃんと聞こえてますから」
「バ、バレたかっ。……あの、その、ヒ、ヒメちゃんは見かけなかったんだよね?」
「はい、早川と探してみたんですけど……。三島さんのクラスの劇も観に行ったんですけど、そこにもいませんでした」
「そ、そっか……」
やっぱり、みんな気になるのは三島さんのことだよな。何が起きているのかわからないし。
と、加藤先輩が照れながら小さな声で、
「その、げ、劇はどうだった?」
「あー、劇ですか? 劇はホント、クソでしたよ! だよな、早川?」
「ああ、かなりスベってたな」
俺らの批評を聞くと、なぜか加藤先輩が役者のように大げさな表情をして驚くと、震えながら堀田先輩の背に隠れてしまった。
「き、脚本、……私の妹が書いたの」
「ほう!」
もし、「やっちまった」って言葉の意味を辞書に載せるなら、俺の今の心境も書いてくれ。
「いや、その、劇というか、役者が下手だっただけで……劇自体は最高! フォー!」
「うう、あからさまなリカバリーが胸をえぐるっ!」
「でも、役者が下手だったのは本当です! ……劇自体も歯車が抜けた感じでしたけど」
「そう、なん、だ……。ふ、ふみは落ち込むだろうな。何より、み、三島さんが抜けたのが痛かった」
「やっぱり、三島は演者のはずだったんだ。素人の僕が観ても、下手くそなもやし女がいたけど、あいつは代役だったんだな」
早川の言葉に、加藤先輩は少し機嫌を直して、
「そう。げ、劇は観てないけど、その人のせいだと思う! ふみは、よ、夜遅くまでヒメちゃんの役を軸に、劇の脚本を書いていたから、それで……」
「ホント、ふみちゃんってすごいね。クラスメートをみんな敵に回しても、ヒメちゃんの味方になって、配役に口出ししたんだもんね」
「僕はのけ者だった三島を抜擢したのが、かえってあいつらの反感を招いたんじゃないかと思うんですけど」
「ふ、ふみとしては、ほっておくことなんて、で、できなかったんだと思う。みんなと、れ、練習をするうちに、三島さんが打ち解けるように気を使って……」
……あれ、話題が変わったわけではないのに、いつの間にか話についていけないんだけど。
なんで、加藤先輩の妹のフォローをしていたはずなのに、「のけ者」だの「反感」だの、「みんな敵に回して」だなんて、物騒な言葉が出てくるんだ?
言葉の端に、三島さんの名がちょこちょこ出てくるから、何か関係しているのか?
「例の女子グループと打ち解けるなんて無理でしょ。もう二か月は経つし」
「ふ、ふみが言うには、例のグループがヒメちゃんにちょっかいを出し始めたのは五月頃だけど、クラスの人がいじめてきたのは、た、確か六月に入ってからだから、きっと、まだなんとかなると思ったのかも……」
「グラウンドフォールするだけでもクライマーとしてはショックだけど、ヒメちゃんのつらい時期に重なったから、余計に苦しんで心が折れちゃったのかな……」
「れ、連絡も取れないし、どうしたら……」
「僕は学園祭までには来ると思っていたんですけど、このままだと大会にも来ないような気がします」
「えー! でも、そしたら夏休みに入っちゃうじゃない。学校は?」
待ってくれ、一体何を言っているんだ?
今は三島さんの話をしているのか?
例のグループ? いじめ? 心が折れる?
話を聞いているうちに、早川が、加藤先輩が、堀田先輩がどんどん遠くに行ってしまうような錯覚に陥った。
ただこの感覚も、みんなの言葉ですぐに吹き飛ばされた。
「あの、そ、そしたら、……このまま、ひ、引きこもって学校には……わわ、川内君が固まっちゃった! だだ、大丈夫! き、きっと、戻ってくるよ、きっと……」
「ま、俺らなんかよりお前のほうがよっぽど心配しているよな。ここ最近、夜遅くまで一緒に付き合って登っていたし、くだらない話で和ませてやっていたし、三島が落ちたときには誰よりも早く駆け付けてたし……」
「ビレイパートナーだもん、一番近いところで三島さんを見ていたもんね……」
三島さんが、……引きこもり? 俺が誰よりも三島さんを心配している? 一番近いところで三島さんを見ていた?
三人の言葉が、壁に散らばるホールドのように俺の頭を埋め尽くしたかと思うと、急に視界が真っ暗になって、何も考えられなくなってしまった。
「……あの、俺、今日はレストします」
後ろから何か声をかけられた気がしたけど、俺は逃げるようにその場を去った。
ただただ、一人になりたかった。




