グラウンドフォール その2
翌日、加藤先輩を教室に迎えに行くと、前に話していたように、赤カーディガン氏と楽しそうに(キョドりながら)話していた。
こうして見ると、実に意外なコンビだ。
空気の読める俺は、二人の話のタイミングを見計らって、廊下から声をかけた。
「あの、加藤先輩」
「あ、せ、川内君。あの、じゃあ、赤井さん、顧問の先生に……」
「おー、そんな堅苦しい挨拶なんていらないとは思うけど。一年坊もついてきなよ」
あれ、なんで加藤先輩を呼んだのに。赤カーディガン氏が案内するのか……?
「ちょっと、加藤先輩!」
赤カーディガン氏と距離が開いてから、俺は小声で加藤先輩を呼び寄せた。
「なんで、あいつが案内するんですか?」
「え、だ、だって、山岳部員だから」
山岳部員!? あの、姉御肌な感じのギャルが?
「でも、いじめっ子なんじゃないですか? マジで怖いんですけど」
「だだ、大丈夫。あの人は黒幕じゃないから、単に流されやすいというか、……お、おかげで名前だけ貸すのもいいって言ってくれたんだから」
「……そうですか、結構ちょろい人なんですね」
で、その赤カーディガン氏の案内で職員室へ行くと、太眉でツーサイドアップの、加藤先輩の妹君が扉の前に立っていた。
山に登るような人だし、オタ趣味に興味を示さない普通の人間なのかな?
「お、お姉ちゃん。私を倒さない限り、ここは通さないよ」
やっぱり、異常な人間なのかな?
「ふ、ふみ、わわ、私の話を聞いて」
「何を今さら……! お、お姉ちゃんが話してくれたなら、こんなことには……」
「私が悪かったのは、その、わ、わかって……」
「嘘! わ、わかってなんかいない。のの、のうのうと、山岳部に名前だけ貸して、部活の体裁をとって大会に出ようだなんて、そ、それが、反省していない何よりの証拠!」
この突然始まった、中二病な茶番は一体どういうことなんだ?
姉妹二人して、どもってるから聞き取りずらいし。
そんな俺の疑問を察したのか、赤カーディガン氏が馴れ馴れしく肩に手をかけて、この姉妹の悲劇を説明してくれた。
「なーんか、妹のふみもクライミングをやりたかったらしいんだけど、この通り姉妹して人見知りじゃない? だから、ふみは姉に詳しく話を聞けなかったし、すみも詳しく話せなかったみたいで、勘違いして山岳部に入ってきたんだよ。それを恨んでるんだって」
「くだらなすぎる!」
俺の用事は、山岳部の顧問に挨拶と申込書に署名をもらうだけなんだ。
せっかくのオフを、こんなことに潰したくない!
「ぐっ、……わ、私の調伏の法がまるで効かないだなんて」
「お、お姉ちゃん、それが俗世で登っている人間と、山にこもって怨嗟を力に……」
まだやってるよ! 仲良しじゃねえか!
「はいはい、ふみ、いい加減どきな」
赤カーディガン氏はそう言って、加藤先輩の妹を片手で(物理的に)倒すと、職員室への道を開いてくれた。
「よっちゃん、ちわっす! 昨日連絡したやつら、連れてきたよ」
赤カーディガン氏が職員室へ踏み込むと、入ってすぐの、右手の机に向かっていた女教師が振り返った。
おそらく、これがよっちゃんなる人物で、山岳部の顧問なんだろう。
「いらっしゃいまし。確か、大会に出るから、引率が必要なんでしたっけ?」
よっちゃん先生は、モナリザのように長い髪を腰まで垂らし、異様にでかい黒縁眼鏡をかけていて、枯草色のショールを蓑のように羽織っていた。
いかにも山岳部の顧問といった、地味で落ち着いた感じの先生だ。
「はい、あの、よろしくお願い……」
「あー、固い固い。よっちゃん、暇そうだしいいよね? 申込書にサインくれって」
「ええ、いいですよ。本名じゃないといけませんか?」
「……そうですね。なるべく本名で」
そんなこんなで、よっちゃん先生の承諾と署名は、あっさりといただくことができた。
あとは、渡された入部届を書いて名義上の部員になり、大会にエントリーすればいいわけだ。
これでなんとか、大会に出場できる! 俺の知ってる大会って、エントリーだけで疲労するものではなかったはずなんだけど!
「じゃあ、大会の当日もよろしくお願いします」
「はい、いいですよ。もしよかったら、遭難しない程度に山も登る?」
「……それは、遠慮します」
職員室を出ると、加藤姉妹の戦いはまだ続いているのか、少し離れたところで身振り手振りの攻撃を繰り出していた。
まったく、アホな姉妹だと近づこうとすると、赤カーディガン氏が俺を制して話しかけてきた。
「あのさ、その、……堀田さん元気?」
「え? まあ、加藤先輩も帰って来たし、元気ですよ」
「そう。会ったらさ、よろしく言っといてよ」
「よろしくって、何を言うんですか?」
「うるせーな。私は恥ずかしいから、言葉なんて何も考えてねーよ!」
そう言って俺の背を押すと、赤カーディガン氏は頼むよと言い残して去って行った。
……ったく、仕方ない。今のも一応、デレとしてカウントしてやろう。




