前兆 その2
「スタート、ボン、ドン、ダン、……イェイ、ゴール☆」
夜になり、奇声が上階から聞こえてくる時間になってから、俺は三島さんとボルダリングルームへ入り、夜の宴に参加していた。
普段は早川も夜の宴に参加しているんだけど、今日は疲れているのか、レストするみたいで早々に帰ってしまっていた。
「今の、説明で、課題、わかった☆?」
「いや、擬音だらけで意味不明なんですけど」
二階堂さんは、俺らが初心者だからか、女の子の三島さんがいるからか、気を使って上裸の野獣たちとは少し離れた壁で課題を出してくれた。
ルートと違って、ボルダリングだと壁が小さいから、即興でホールドを指定して課題が出せるところがいいんだよね。
課題には本人の性格がモロに出ていて、加藤先輩の課題は細々とした動き(ムーヴ)が多く、堀田先輩の課題は筋力よりも技術が必要で、二階堂さんはダイナミックなムーヴが好きだった。
三島さんは筋力があるからか、そんな二階堂さんの出す(超人的な)課題が得意だった。
「あの、この課題ホールド少なすぎません? 人類が登れる気がしない……」
「跳べ☆」
「はい……」
筋肉質な人の脳内って、論理が存在しないよね。
こんな課題を毎日登っていれば、すぐにクライミングのレベルが上がりそうだけど、もう夜の十時を過ぎている。
さすがにこんな時間まで登ると、体がだるくなってきた。
「あんたも登りなさいよ」
「休憩中だ、邪魔するな」
「あっそ」
別にだらけているわけじゃないよ?
毎日一緒に登って、一番三島さんを見ているのは俺だし、三島さんの性格くらいわかっている。
三島さんは誰かが休んでいる間も、釣られずに頑張れる努力家タイプなんだ。
だから、俺が堕落することで反面教師になって、彼女のやる気を引き出しているってわけさ!
で、三島さんの登り(と尻)をぼんやり眺めていると、二階堂さんがそっと近づいて、
「彼女疲れてる、休ませたほうがいいよ」
と、いつものふざけた調子じゃなくつぶやくと、野獣の群れのほうへ行ってしまった。
「二階堂さんと、何話してたの?」
「……いや、なんでもない」
「そう。そろそろ帰ろっか、用心棒よろしく」
三島さんはいたずらに笑うと、改めて「よろしく」と俺の肩を恐るべき力で握ってきた。
こいつ、まだこんなにバカ力が残っているし、なんだか嬉しそうにもしている。
この様子だと、二階堂さんの心配は的外れじゃないか?
そんなわけで、更衣室に戻るまでに、二階堂さんからの忠告は忘れてしまった。




