接近
翌日、大会明けの早川と、どう接しようかと考えながらクライミングジムへ入った。
テンションが低いか、あるいは反動でハイテンションなのか?
「あ、ヘンタイ」
「ここ、こんにちはっ」
三島さんはいつものことなのでスルーするけど、珍しいことに、加藤先輩が俺より早く着いていた。
「今日は早いですね。……なんですか、その紙袋は?」
加藤先輩は、萌えキャラがプリントされた紙袋に、何かをたっぷり詰めて持ってきていた。
「あ、あの、昨日考えたんだけど、は、這い上がる手助けはできないけど、ビビ、ビレイならできるかと思って」
「ビレイ? 何のこと……って、うわ!」
その紙袋の中には、誰もがドン引きしてしまうような、グロくてエグい漫画だけが、ぎっしりと詰まっていた!
グロテスク! ラッキースケベに小さな幸せを感じる、小市民な俺には理解できない!
「な、なんですか、これ!? 誰かに布教するんですか?」
「は、早川君に……」
よりによって、早川! あいつみたいなプライドの高いタイプは、オタク趣味なんて全否定してくるのに(そのくせ、クールジャパンは推進したがる!)。
「危険ですよ、加藤先輩! それに、昨日の大会の後遺症が……」
「読みが甘い! ふ、普段漫画を読まない、早川君みたいな食わず嫌いは、そもそも漫画の面白さを知らないでしょ? だ、だから、生理的嫌悪の心拍数増加を、話の面白さと勘違いしやすいのだよ。それに、ち、中二病とプライドの高さは紙一重だから、『誰も知らない漫画を読んでる俺様カッコイイ』と思わせればいいと思って。……エロスだと、変に倫理観発揮する人が多いから、グロいのにしてみた」
……確かに、早川なら「人が怖がることに動じない自分、かっこよすぎ」みたいな感じで、グロい漫画にはまるかもしれない。
わざと、人前で読んでみたりとかしそうだ。
「や、やっぱり、打ち解けるには、やつをオタクにしちゃえば一番いいから。そ、それに何より二次元にはまっていれば、……三次元で嫌なことがあっても逃げ場になる。ソースは私」
一応、打ち解けるための強引な布教だけじゃないで、ちゃんと早川について、加藤先輩流の気を利かせているのか。
早川のために何かできないかって聞かれたときは、てっきり財政の支援かと思ったけど、先輩はメンタルを支えてあげようとしているのか?
「来た」
三島さんが言わずとも、早川が入ってきたのはすぐにわかった。止める間もなく、加藤先輩が果敢に駆け寄ってしまっていたから!
「あああ、あの、あ、はや、は、早か……」
「……キョドりすぎでしょ」
やつれた顔の早川は、面倒くさそうに応対していた。まだ、大会のことを引きずっているのかもしれない。
「あの、これ、漫画。貸してあげる」
「……頼んでないし、興味ないんで」
ああ、やっぱりダメだったか! まるで興味なさそうだぞ?
「うぐっ。とと、とりあえず、読んで!」
「いや、そんな趣味ないんで」
「チラっと、チラ見でいいから!」
加藤先輩がしつこく食い下がるので、早川は強引に話を終わらせようと、バッグから何かの袋を取り出した。
「……それより、僕はもっといいものを持ってきたから」
と、早川が袋から取り出したのは、
「あ、シューズ買ったんだー!」
たった今到着した堀田先輩が言ったように、得意顔の早川の右手には、真新しいクライミングシューズが握られていた。
「ああ、そ、それ、わた、私も欲しかったやつだ!」
加藤先輩も布教活動を忘れて、お世辞ではなくそのシューズに見入ってしまった。加藤先輩の声に反応して、三島さんも気になるのか、首を伸ばして見ている。
「どうです、いいでしょう? 別に大会で勝たなくても買えばいい、金で解決すればいい!」
思った以上に周りの反応がいいからか、早川もいつもの(俗物な)調子を取り戻してきた。
「シューズの中でも、一番人気があるものを買ってきましたよ。何より値段の高さが、良いシューズだと証明しています。あの店員に、上級者モデルだとか言われましたけど、形から入ればいいんですよ。実力なんて後から……」
などと、早川らしい持論を展開しているうちに、虚栄心も満たされたのか、表情も心なしか明るくなってきた。
よかった、加藤先輩が押し問答を始めたときは、早川が機嫌を損ねないかハラハラしたけど結果的にみんなの注目の集まる中でシューズをお披露目できて、ご機嫌になったようだ。
と、加藤先輩はまだ漫画のことはあきらめていないのか、早川のご機嫌に乗じて、なおも食い下がって布教した。
「じ、じゃあ、お祝い! シューズ買った記念に!」
「記念って、なんでそんなに読んでほしいのか……」
「なな、なんでもいいから読め!」
「無茶苦茶な。まあいいや、今は機嫌がいいから借りてやるよ。ただ、この紙袋は恥ずかしすぎるんだけど」
加藤先輩の強引な押しに、嫌がっていた早川もやっと折れたようで、しぶしぶとその紙袋を受け取った。
なんという歴史的瞬間! やっぱり、二次元への愛は最後に勝つ、異論は認めん。
猛烈な親切の押し売りではあったけど、かといって加藤先輩がいなかったら、もしかしたら早川はこれだけ機嫌を直す機会はなかったかもしれない。
そして、早川はいつものように命令口調で、
「じゃあ加藤さん、漫画も受け取ってやったんだ、俺が着替えて降りてくるまでに、登れる用意をしておけよ」
「う、うん、わかった。待ってる!」
「……なんか、素直だな」
普段の辛辣な愚痴がこぼれてこないので、早川は片づかない顔をして更衣室へと上がって行った。
あいつが加藤先輩の心配と歩み寄りに、いつか気づく日が来るんだろうか?
早川がいなくなると、加藤先輩は急いでハーネスを履いたり、ロープをしごいたりと忙しそうで、それでいてどこか嬉々として見える動きで、クライミングの準備をしていた。




